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暗殺者リリィ

私の名前はリリィ。私がやってきた領地を収めているのは、今王国周辺で最も恐れられている貴族、グルンレイド辺境伯である。目的はただ一つ、辺境伯を暗殺するため。そのために私はメイド見習いとしてグルンレイドの屋敷に侵入することになった。


「本日よりグルンレイドのメイドの素晴らしい作法を身につけるためにやってきました、リリィと申します。短い期間ですがよろしくお願いします。」

茶色の短い髪のメイドに頭を下げる。この人が私の指導役らしい。数多の潜入捜査をこなしてきた私にとってはメイドになりきるというのはとても容易いことだ。教わることも特にないだろうが、わからないふりをすることも重要だ。


「へー、ここに派遣されるなんて珍しいね。私はフィオナ・ローズ。よろしくね!」

すごくテンションの高い人だと思った。たたずまいも美しいと言えるようなものではなく、本当にメイドなのだろうかと疑いたくなる。が、仕事ができるかどうかは関係ない。もうすぐこの人は私の隠している短剣によって動かなくなってしまうのだから。彼女が後ろを向いた瞬間、私はスカートの中に隠した短剣を取り出し、背中につきさす。


ガギィン!

「……え?」


しかしそんな音とともに背中に突き刺さることなく短剣が止まった。


「……ん?」

そうしてメイドがゆっくりとこちらを振り向く。ま、まずい!もう私が敵だということがばれてしまっただろう。早く始末をしなければ……


「準備万端だね!」

「は……?」


「やっぱりグルンレイドのメイドとして、剣や短剣は常備しておくべきだよね!」

「そ、そうですね。ははは……」

ば、ばれてない?いや、それとも気づいていないふりをしている可能性もある。しかしここで下手な行動をして騒ぎになるほうがリスクがある。おとなしくしているべきか?


--


早速メイドとしての仕事が始まるようだ。まずは屋敷の中の掃除らしい。メイドの仕事としては基本中の基本。私が学んでいないはずがない。ということで完璧に仕事をこなす。


「おー!すごいじゃん、リリィちゃん。ここにきて学ぶことある?」

フィオナさんは普段の行動は気品のあるものとは言えなかったが、掃除に関しては魔法を使用して次々に綺麗にして言っていた。……メイドって魔法使えるっけ?いや、グルンレイド辺境伯のことだ。金にものを言わせて魔法を使える者すらもメイドとして雇っているのだろう。なんと恐ろしい。


「ここのメイドたちはみんな魔法が使えるからねー。」

「なっ!」

どれほどの金をもっているのだ……。しかし、この中で私一人が魔法を使えないとなると、それこそかなり浮いてしまうのではないだろうか。ということで私も魔王を使用して掃除をすることにした。


「こ、こんな感じでしょうか?」

魔法で水を生み出し。床を伝わせ、風邪魔法で乾かしていく。暗殺者として魔法の使用は必須スキルだ。


「やっぱりすごいね!」

そう褒められると悪い気はしない。

……気が付くと全ての場所を綺麗に掃除してしまっていた。うっ……早くフィオナさんを動けないようにしないといけないのに。


--


「次は……あれ?リリィちゃん?トイレかな?」

私はほとんどの魔法を使えるが、その中でも最も得意なのが隠密魔法だ。音もなく空間に溶け込むことができる。訓練を積んだ魔法士ならまだしも、ちょっと魔法が使えるだけのメイドには破ることはできないだろう。そうして背後からまわって、今度は確実に仕留めるために首を狙う。……今だ!


「あ、いた。」

私が飛び出そうとした瞬間にこちらを向いた。な、なぜばれた!


「短剣をもってどうしたの?」

「あ、いや、これは……」

とっさのことで短剣をしまうことを忘れてしまっていた。これはまずい。


「やっぱりリリィちゃんって……」

くっ、ここまでか。私は強硬手段に出る準備をする。


「短剣派なんだね!」

「……は?」

「私も剣よりは短剣の方が好きなんだよ!だってちっちゃくてかわいいし。」

言ってることはちょっとよくわからなかったが、特に怪しまれている様子ではなかったようだ。自分でやっておいて何だが、ここのメイドの警戒能力は大丈夫か?それともこの人が特別に鈍感なだけなのだろうか。


「ははは、あーそうですね。私も実は短剣派なんですよ。」

今日から私は短剣派になったようだ。


--


人形かと思った。

「あ、スカーレット様、こんにちは。」

フィオナさんがそう声をかけていたので、人間なのだろう。真っ白い肌に、それよりも真っ白い髪が揺れていた。私の身長も低いほうではないが、私よりも高い。なのにおなか周りは私より細いってどういうこと?ちょっと待って、フィオナさんもよく見ると私よりおなかが細いんですけど。この中では私が一番太っている……だと?


「こんにちは。フィオナ。それと……新しいメイドかしら。」

「研修しに来たらしいです。」

この真っ白い人も私たちと同じような服を着ていたのでメイドということだろう。が立場的にフィオナさんが敬語を使っているので高いと言える。


「はじめまして。リリィと申します。短い期間ですがよろしくお願いします。」

その瞬間鋭い目が、私を見据える。


「フィオナ、この子、何かおかしなことしていなかった?」

「いえ、そのようなことはありませんでした。逆にすごいんですよ!さっきだって……」

この人はまずい。まだ出会って数秒だというのに私が怪しいということを嗅ぎ取っている。早く始末しなければ!


「そう、フィオナがそこまでほめるなら問題ないでしょうね。」

それじゃあ、といってスカーレットというメイドは後ろを向いてどこかへ行ってしまう。暗殺するなら、今だ。フィオナさんにも気づかれないようなスピードで。私はスカーレットさんの懐へと潜り込む。が、消えた?さっきまで背を向けて歩いていたはずなのに、一体どこへ!


「どうしたのかしら?」

私の背後から声が聞こえた。……いつの間に!


「やっぱりあなた、怪しいわね。少し話を……」

こ、ここまでか。私は全力で始末するために魔力を練り始める。


「わーっ!さすがリリィちゃん!」

聞きなれた声が聞こえた。今度は一体なんだ……。


「スカーレット様これ見てください。」

「ん……?あっ、床がへこんでいるわ。」

「リリィちゃんは、このへこみにつまずいてスカーレット様がけがをすることを防ごうとしたんですよ!」

え、そうなの?いや、そういうことにしておこう。確かに目を凝らさないと分からないが、大きくへこんでいるようだった。


「きっとルナちゃんの仕業ですね。」

「……カルメラに報告しておいて。」

「かしこまりました。」

そのようなやり取りがあった後に、私の方を向く。


「……あなたを疑って悪かったわ。あなたは立派なメイドよ。」

「あ、ははは、ありがとうございます。」

ばれてない……の?


--


「今の時間ならご主人様も空いてると思うから、挨拶をしに行こう。」

チャンス到来。この機会を逃せば、この広い屋敷でグルンレイド辺境伯に再び会うことは困難だろう。私は暗殺プランを再確認しながら、フィオナさんの後ろをついていく。


「ここだよ。」

巨大な扉の前に立たされていた。……ここ、城だっけ?少なくとも一介の辺境伯が持っているものではない。そしてゆっくりとその扉が開き始める。


「ほう、貴様か。」

心の奥底に響くような声が聞こえた。全身が震えだすのを感じる。そうして私は顔を上げる。


「っ……!」

戦慄した。おびただしい量の魔力が宙を舞って、空間すら歪ませている。国王の玉座よりも立派だと言われても信じてしまうほどの玉座に、辺境伯は座っていた。圧倒的な力に押しつぶされそうになる。


「こちらは本日よりグルンレイドのメイドを体験しに来たリリィと言います。」

「ほう。」

フィオナさんは今までの態度とはうって変わって、しっかりとした言葉づかいや作法になっていた。


「こっちこい。」

「は、はひっ!」

私は震える足を必死に抑えて、ゆっくり一歩ずつ近づいていく。本来であれば今が絶好のチャンスなのだが、これ以上早く足が動かない。


「ご主人様。グルンレイドのメイドを体験、というのはいささか怪しくはありませんか?」

そばに立っているメイドがそのようなことを言う。ここでばれてしまったら、もうなすすべなく私は殺されるだろう。本能で感じる、この辺境伯を殺すことはできない。


「魔法を使用して、質問してもよろしいでしょうか。」

「かまわん。」

っ!おそらく尋問の時などに使われる精神操作系の魔法を使われるのだろう。そうなってしまうと私は本当のことしか言うことができなくなってしまう!……が、そんなことがどうでもいいと思えるくらいに、この圧倒的な魔力密度のせいで私は倒れてしまいそうだった。


「三つほど質問をします。あなたはそれにこたえてください。」

あっ……まずい、頭がぼーっとしてきた。


「あなたはメイドとしてここに仕事をしにきたのですか?」

えっと……あなたはメイドの仕事をしましたか、という質問か。確かに私はここでフィオナさんにメイドの仕事を体験させてもらったから、一応仕事をしたということになるだろう。


「……はい。」


「嘘ではないようですね。次の質問です。あなたはグルンレイドに害を与える存在ですか?」

まずい、さらに頭がぼーっとしてきた。えっと……あなたはグルンレイドですか?……何を言っているのだ、私はグルンレイドではない。


「いいえ。」


「これも嘘ではないようですね。では最後の質問です、ご主人様に命をかけることはできますか?」

命、と言った?うまく聞き取れなかったが、おそらく命が惜しいかとかそのようなことだろう。……死にたくない。私はこころのそこから答える。


「はい。」


「っ……あなたのその気概は十分に伝わりました。すでにご主人様に命を懸ける覚悟まであるとは……。私の失礼な言動を許してください。」


何やら頭を下げているような気がする。が、もうだめだ。悪くない人生だった……。そう思いながら意識が途切れた。


--


目が覚めた。

「……ここは。」

私はグルンレイド辺境伯に殺されたはずだ。しかし周囲を見渡してみると、そこには美しい部屋が広がっていた。


「目が覚めた?」

「……フィオナさん。」

「リリィちゃん、急に倒れちゃうんだからびっくりしたよ。まあでも仕方ないよね。あのメイド長めっちゃ怖かったし。」

そうだ、私は魔力酔いで倒れてしまったのだ。


「でもメイド長もかなり反省していたから、許してあげてね。」

「は、はい。」

私が返事をすると、フィオナさんは立ち上がり、トレイの上に乗っていた料理をテーブルの上に並べる。


「おなかすいたでしょ?立てる?」

「だ、大丈夫です。」

私はゆっくりと立ち上がり、フィオナさんが手招きをしている方へと歩いていく。……やっぱり夢でも見てるんじゃないか?


「あの、私は……どうなるのでしょうか。」

「どうって、普通に研修するんでしょ?」

なんということだ、私が暗殺をしに来たと知っておきながら、それでもなおメイドとして研修をうけていいといっているのか!


「……ありがとう、ございます。」

グルンレイド辺境伯はなんと心の拾い方なのだろう。そんな方を私は殺そうとしていた?……私は使えるべき相手を間違えたのかもしれないな。


「さ、食べよう。」

きっと研修が終わって戻っても、任務の失敗とみなされ殺されることになるだろう。


いっそこのままここのメイドになりたい。心からそう思った。

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