メルテ・ローズ1
わたしの名前はメルテ・ローズ、元グルンレイドのメイドだが、今はアドルフ様の元で働いている。
「メルテ、今日はきつかった……」
「よくできておりましたよ。」
「そうか?」
アドルフ様が少し嬉しそうな表情をする。
「明日は何をするんだ?」
「今日と同じく基礎魔法と攻撃魔法の訓練です。そして午後は異世界学の授業を行います。」
「わかった。明日も頼むぞ。」
「はい。かしこまりました。」
わたしは何千回と繰り返してきた礼をする。顔を上げたときにもアドルフ様と目が合うということは、わたしの礼をずっとみているということだろうか?その瞬間ふいっと、アドルフ様は目をそらした。
「ふ、風呂に入る!」
そう言ってそそくさとお風呂にいってしまった。ヴィート領の屋敷には水を浴びるという文化しかなかったので、わたしが無理を言ってお風呂を用意していただいた。
「新人のくせに、生意気。」
アドルフ様がいなくなってすぐにそのような声が聞こえた。……おそらく、その角を左にまがった扉の先にある休憩室からだろう。その程度の距離ならば、わたしの観測魔法でも観測できる。元グルンレイドのメイドは、ご主人様に危害が及ばないようにいかなる時も周囲に気を配るということが徹底されている。
「本当にそうですよね。なぜあのような娘にご主人様は……」
この屋敷に来て3日という時間が流れたが、ここに元からいたメイドたちにはあまり私は歓迎されていないようだ。それもそうだろう、元々序列があったはずのここのメイドたちの中に、急にアドルフ様の側近という立場に着いた新人がやってきたのだ。疎ましく思うのも納得がいく。
「一度痛い目を見せた方が良さそうね。」
そんな声が聞こえたが、私は別に気にすることなくご主人様の部屋の掃除に向かった。
—
次の日の朝、私の着替えのメイド服が汚れていた。
「あら?どうしました。メルテさん。」
私と同じメイドの一人がそのようなことを言ってくる。後ろに立っている人たちもどこかニヤついた表情をしていた。
「私の服が汚れていると思いまして。」
これはどうみても意図して汚されたような跡をしていた。普通に手で洗濯をしたらシミになってしまうだろう。
「そう、それは不幸でしたわね。」
嫌がらせ……なのだろうか。グルンレイドにいたときには無かったことに少し驚く。こんなことをしてもなんの生産性もないではないか。……一体何がしたいのだろうか。何か意見があるのならば、私に直接いってくるといい。それで喧嘩になったら……リアは決闘で、アナスタシアは話し合いで解決……だった。懐かしい。
「それじゃあ、私たちはお仕事があるのでこれで。あなたも早く着替えて仕事をしてちょうだいね。」
そういうとどこかへと言ってしまう。私はメイド服を手に持ってみると、やはり泥水がべっとりとついていた。
「ウォーターアロー」
本来であれば水の槍を生成する魔法だが、それを限りなく弱めてただの水を生成する魔法をとなえる。
「サイクロン」
これも規模をかなり縮小して唱える。汚れを全て落とし、そして乾かす。後はシワを伸ばせば完了だ。ふむ、フィオナさんに教えてもらった時短洗濯術が役に立つとは。まあ、その方法を使っていたフィオナさんはカルメラさんに怒られていたけど。
綺麗になったメイド服を着て、そして仕事用の靴に履き替える。……が、その瞬間に何かがつぶれたような音が聞こえた。
「……尖った、石?」
靴の中をよくみてみると、そこには尖った石がいくつか散らばっていた。私は常に全身に魔法障壁を張っているので特に問題はなかったが、普通だったら足の裏に怪我をしてしまうのではないか?そんなことを考えながら、私は仕事に向かった。
「あの」
「何かしら?」
先ほどのメイドたちに私は声をかける。
「靴の中に入っていた石はあなたたちがやったことですね?」
「なんのことでしょうか?」
これもまたにやにやしながら受け答えをしている。まあ、精神魔法で相手の思考を少し読んだところ、彼女たちで間違いないのだが、本人たちはそれを否定していた。
「シンクロナイ……いえ、やめておきます。」
精神支配魔法を使用して、自白させようかとも考えたが、結局それをしたことで何も変わらないと思いやめた。
「ふふっ、シンクロ?何を言っているの?」
嘲笑が至る所から聞こえる。……確かに私も魔法を唱えるときに魔法名を口にすることはあまり好きではない。何も言わずに魔法を発動できるのであれば、そちらの方が効率的ではないか。笑われるのも納得だ。私はカルメラさんみたいな無唱詠唱ができるようになりたいと常日頃から思っている。
「何かあったのか!」
そばを通りかかったアドルフ様がそのようなことを口にする。私がこのメイドたちに嫌がらせをしたとでも思っているのだろうか、かなり神妙な顔持ちではある。
「なんでもありませんよ。少しお話をしていただけです。」
私は自分の無実を証明する。私は弱いものいじめをするような心の狭い存在ではないのだ。挑むなら強い方がいい。
「そうか……なら、いいんだ。」
アドルフ様が去った後、メイドたちはそそくさと私から離れていった。




