人間観察3
「こんばんは、今夜はどのような要件でしょうか。」
言葉の丁寧さとは裏腹に、鋭い目つきが私たちを突き刺す。
「いや、ここを攻撃しようってわけじゃないよ。ほら。」
そういって私は通行証をすぐに見せる。これで痛い目にあったからね……早めにこれは見せておかないと。
「ミクトラさんの……失礼いたしました。」
そういって頭を下げる。その所作が滑らかすぎて、目を奪われてしまう。
「私はグルンレイドのメイド、クレアと申します。本日はどのようなご要件でしょうか。」
「えーっと……ちょっと挨拶をしにね。一応ね。」
なんか変な感じの説明になってしまったが、まあ、ニュアンスを汲み取ってくれ。
「かしこまりました。ご主人様への謁見ということですね。今夜はすでに日が落ちておりますので、明日によろしくお願いいたします。宿泊場所はご用意いたします。こちらへどうぞ。」
すらすらとそのようなことを言って、クルリとターンをする。そうしてこの大きな道をゆっくりと進んでいった。
「……野宿のつもりだったんだけど。」
「いつも通りにね。」
「えぇ。」
私たちは顔を見合わせるが、せっかく宿に泊まれるのだからおとなしく後ろをついていくことにした。
「私たちが今歩いている場所はメインストリートといい、真っすぐ進むとご主人様のお屋敷へとつながっております。」
歩きながらメイドが何やら説明をしてくれるようだ。
「そしてこちらには様々なお店が並んでおります。あちらがお菓子を販売しているお店、そちらが異世界の物品を販売しているお店です。」
どれも初めて見るもので、興味が尽きることはなかった。
「本日はこちらにお泊りください。」
案内された場所は……魔貴族の城だろうか?
「……すごいわね。」
「おっきぃ……」
サナは上を見上げて今にも後ろに倒れそうになっていた。
「その前に、ここでは人間化の魔法は不要ですので解かせていただきます。」
その瞬間に私たちは本来の姿に戻ってしまった。
「これでは……」
「問題ありません。私たちのメイドにも魔族の方はおりますので。」
恐る恐るこの宿の中に入ってみる。
「いらっしゃいませ。」
すると人間の受付が何の驚きもせずにそう挨拶をする。普通であれば驚き叫び、逃げ出すはずだ。
「ここでは外の常識は通用しません。あなたたちが私たちの敵でない以上、何の不自由もなく生活することができます。」
敵になった瞬間……いや、考えるのはやめておこう。
「それでは私はこれで失礼いたします。後はこちらのホテルの案内にしたがってください。」
失礼いたします。そういってメイドは帰ってしまった。
「ご案内いたします。」
そんな声とともに、私たちは部屋まで案内されていった。
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「それではごゆっくり。」
扉がしめられるが、私たちはまだ動けないままでいた。……やはりここは魔貴族の城の中なのではないか?目に入るもの全てが超一級品だった。
「キサラ、すごい。」
「サナ……さっきからそれしか言ってないよ……。」
でも確かにすごい。建物も、景色も、そしてここにいる人間達も。
「私たちが見ていた世界って、案外狭いものだったのかもしれないわね。」
魔族として生まれて、そこからは戦いに明け暮れる日々。狭いというよりは、知ろうとしていなかっただけだと思うけど。
「……これから、どうする?」
「……どうしようかしら。」
輝かしい部屋の中で、私とイリーナは顔を見合わせる。
「どうするって……出かけるしかないでしょ!」
そういってサナが窓から外へ飛び出す。……飛び出す!?
「ま、待ちなさい!」
イリーナは額に手を当てて首を振っている。サナ、また勝手なことを……。魔石も持っていないでしょう?どうやって買い物をするつもりなんだ……。
「私達もいこうか。」
「そうね。」
そうして、私達も窓から夜の町へと飛び出した。