広い視野
「さて、元の画像情報を拡張して補足するアプリケーションはこんな感じかなぁ」
「教授、バッチ改修したんでレビューしてもらっていいですか?」
「おー、流石早いね。どれどれ…。んーー…なるほど? あーなるほどなぁ! 確かにこれは効率的だ!」
「ありがとうございます」
「さてそれじゃあ、この部分だけちょっと変えて…よし、それじゃあ映像データ見てみようか。対象となる人の前後だけ解像度上げよう」
「了解です」
そうして俺は監視カメラの映像を再生し、教授と見だした。
暫く見ていると、23:32分のログに、不審な人物が玄関前に訪れていた。
俺はその場面で映像を止めて、
「どう考えてもこれですよね?」
「どう考えてもこれだね」
「このデータ、社員さんが出社する時間まであるんですが、一応見てみますか?」
「まぁ一応見ておこうか」
俺はそう言って再び再生したが、一応直人から聞いていた時間ともあっていたので、途中からコマ送りで見ていった。
「どう考えてもこれしかないね」
「ですね」
「ではこの人が映像に映りだしてから消えるまではっと…」
「23:28 ~ 23:37のこのあたりですかね」
「だね。ここだけトリミングして、アプリケーションで解像度あげよう」
「了解です」
そして俺は動画をコピーして、それを編集ソフトでトリミングし、変に圧縮しない設定にして、斎藤教授の言われたところにアップロードした。
「さて、どれぐらいで終わるかな…」
「あ、やばい。CPU足りなそう。一回止めます。処理のピークってこの直後あたりですよね?」
「そうだね」
「4倍ぐらいでいけるかな…」
「んー3倍だとちょっとぎり過ぎるかもしれないからねぇ…。余裕持って5倍ぐらいはいっとこうか」
俺はクラウドサーバーにcpuの追加をリクエストする。
「しました。ではもう一回実行します」
「さーて…」
そして10分後無事に解像度が最大に向上したファイルが出来上がった。
斎藤教授は出来上がったファイルを再生しながら、
「んー、やっぱり結構古めの監視カメラだから、これぐらいが限度だよねぇ…」
「もっと解像度良くなるとどんなことわかるんですか?」
「推定年齢や体重や、他の画像との一致判定ができるようになるよー」
「これでは?」
「厳しいねぇ…。なので、このデータから今度は実際はどうか推定させて拡張させよう」
そういうと斎藤教授は別のアプリケーションで、出来上がったファイルを読み込んだ。
「さてと、とりあえず、一番顔が見えてるここを拡張させてみようか…」
そう言ってクリックすると、画像が入れ替わるように、綺麗になった。
「す、すごいっすね…これあれですか? 元の信号から周辺信号導き出して拡張してるんですか?」
「おー! いい着眼点。これは大学で前に研究してたやつを引っ張ってきて改変した、ちょっと違うアプローチのやつだから今度教えてあげるよ」
「ありがとうございます」
「さてさて、この画像から、今度はデモグラフィックを推定させよう」
「了解です」
「えっとね、画像解析のこのapiを拡張させちゃおう。バッチ部分をこんな感じで変えれる?」
斎藤教授は自分のモニターでテスト的にやってみせる。
「あー、なるほどですね! 大丈夫です」
「そしたら私がapi本体の改修するからそっちの部分お願いね」
「了解です」
俺達はそうやって、少しずつ犯人らしき人物の情報を解析していった。
明確な目的を持っていて強烈にアドレナリンが出ているからか、一向に眠さを感じない。
なんなら、今やっていることから、「あーこれあの部分でも使えるな」って感じで閃いたりもしている。
今一番いい状態だ。
そしてデモグラフィックの推定と、マスクとサングラスを取った顔の推定が完了したのは午前7時だった。
「うーん!!! 推定28歳~29歳。男性。身長167cmで体重82キロ。黒髪。サングラスとマスクをしてるから顔はわからないけど、マスクを取った顔の推定はこんな感じっと」
「なんでしょう。推定した顔ですが、バーチャル配信者の追っかけとしてはなんかあり得そうな顔してますね…」
「そうだねぇ。でもそんな過激なことをやりそうな感じでもないけどねぇ」
「ですね…」
「これで探せますかね?」
「無理だろうね。それに推定情報が多すぎるから証拠としても弱い」
「ですよね…」
「まぁ、サイバー警察のシステム相談も受けてる私が言うんだから間違いないと思うよー。さーて湯月くん問題です! ではこの次のアクションは??」
斎藤教授は椅子をくるっと回して言った。
んー…。
警察が言っているんだから監視カメラの映像以外の物はないってことなんだろう。
斎藤教授曰くこのままでは証拠能力はない。
なにかできることあるのか?
「す、すいません…」
「ふふふ! 湯月くん? 学問というのは一つの探求でもあるけど、物事を探求するには広い視野も必要なんだよ? この場面見える?」
「はい」
「この子、向かい側には歩道があってガードレールの切れ目も丁度あって車も来ないのに、道を渡らず右に曲がったよね?」
「そうですね」
「右に曲がった先は大通りに繋がるT字路」
「はい」
「こういう場合人ってさ、大体の人が歩道を歩いていてかつその先のT字路を左に行く場合、目の前を車が何台も通り過ぎてタイムロスしそうな場合を除いては、ほぼ100%ここで歩道に渡ると思わない?」
「な、なるほど…確かに…」
「そう。なぜなら、そっちの方が早く歩けるから。両脇に常に人がいる新宿や渋谷とかだと成り立たないけど、ここは違う。声かけられたりしないか不安だから早く立ち去りたいもんねきっと。ちなみに、T字路を右に曲がる場合でも、真面目な人だったら歩道に渡る人もいるんだけどね」
「は、はい…」
「でも、この子は渡らず右に曲がった。と言うことは?」
「T字路を右に曲がる…」
「そう、正解!!!! これ行動心理学だから。時間のある時にでも勉強してみるといいよ」
「勉強になります…」
なるほどな…。
プログラムを利用するのは人。
人はロボットじゃない。
だからたった一つの事象だったとしても、結果的に様々な要素や学問によって成り立ってるってことか…。
逆にそれが考えられていないものは、独りよがりでしかないってことか…。
大学ってこういう勉強の仕方するのかな?
だったら来年から通ってもいいかもしれない…。
「なので、この子は大通りを右に曲がったと仮定して、このあたりの監視カメラの映像を見せてくれるところを探して、この画像と一致判定しよう。もしかしたら、夜だしサングラスとか逆に目立つから外してるかもしれないし、暑いからマスクも取ってるかもしれない。もっと情報がわかるかも!」
と、斎藤教授はマップをディスプレイに表示してマウスを動かしながら言った。
「なるほどですね」
「なので、全部のアプリケーションが今回はweb上にある! もしかしたらその場でだったら見せてあげるよ? ってこともあるかもしれないしね!」
最初からそこまで読んでたってことか。
斎藤教授凄いな…。
後で知ったことだけど、日本の情報処理界隈では、ものすごく権威のある人だったんだよな。
俺ももっと頑張らなきゃな…。
「ということなんで、監視カメラの映像提供とかは弁護士さんとかいた方がいいと思うから手配できるかい?」
「はい」
「私は一度家に帰ってシャワー浴びて着替えて、大学には今日は欠勤と伝えてからもう一度来るね」
「了解しました」
斎藤教授はそう言うと、ゆっくり立ち上がり手をひらひらさせながら手ぶらで研究室を出ていった。
俺は直ぐに直人に通話をかけた。
「おーなんかわかったか?」
「あぁ、推定年齢とかサングラスとマスク外したらこんな感じの顔だと思うってとこまでは」
「すげーな…」
「ただ、斎藤教授もこれでは探せないし、証拠にはならないって」
「そうか…」
「ただ、こいつが向かった先の監視カメラの映像とかを提供してもらえれば、一致判定させて特定できるかもしれないって」
「なるほど!」
「それで監視カメラの映像開示は弁護士さんがいた方がいいって」
「わかった! すぐ調整する! すぐ研究室行くわ!」
「了解」
俺は通話を切って、ふぅっと一息ついて、椅子にもたれるように座った。




