俺の視聴者さん
ゆきはさんとまりんさんと、OPEXの耐久配信をしていたら、ゆきはさんから急に個別のメッセージが来た。
え?
莉乃愛の声?
俺はそこに書かれた文章に驚いて、恐る恐るドアの方を見ると、莉乃愛がドンっという感じでパジャマで立っていた。
俺は直ぐに、声を出しているジェスチャーをしながらパソコンを指すと、莉乃愛も気づいたようで、両手を合わせてゴメン! みたいな感じでドアを閉めた。
俺は一旦、キャラを目立たない場所に移動させ、ディスボをミュートにして、イヤホンを外し、ドアを開けた。
「ご…ごめん…ノックしても返事がなかったから」
「あ、いや、ごめん、俺がホワイトボードかけるの忘れてた」
「アークも配信中じゃなかったから、てっきりプログラムで徹夜する気かと思って…」
「ご、ごめん…。ちょっと今日はイレギュラーで俺は配信してなくて、ゆきはさんの配信に参加してる感じなんだ」
「そうだったんだ…」
莉乃愛はそう言いながら少し下を向いて、悪いことをしてしまったみたいな感じになっている。
「あ、あの、今回は俺が完全に悪いから気にしないで…」
「うん…大丈夫?」
「うん、本当にりのあは悪くないから気にしないで。それじゃ、まだ途中だから俺戻るね」
「うん、わかった! 徹夜はダメだからね!」
莉乃愛はそう言うと部屋に戻っていった。
そしてゲームに戻ると、ゆきはさんの配信では声の主に対するコメントが多く流れていた。
その場はまりんさんの強引な話題振りでなんとかなり、その後は200キル耐久配信をナナイロの様々な方と進めて、終わったのは3時前だった。
配信が終わり、俺はOPEXを閉じて考え出した。
今日はとりあえずなんとかなったけど、これ大丈夫かな…。
幸いなのは俺が配信していなかったことだろう。
俺の配信が付いてたら、俺の視聴者さん達だと恐らくもっと特定が激しくなる。
だって俺に女の香りなんてこれまで1ミリもなかったもんね。
しかもそういう分析とか好きそうな人多いし…。
一言「あっくん」とだけ入ってしまっただけだし大丈夫だろう…。
まぁ俺の方は最悪しょうがないか。
そんなことを思いながら俺は寝た。
そして次の日、昼前ぐらいに起きてコーヒーを取りにリビングに向かうと、
「あっくんおはよー!」
「お、おはよう」
莉乃愛はダイニングテーブルで母さんと何か話していたようだ。
「昨日大丈夫だった?」
「あ、うん、昨日はとりあえず大丈夫だったよ」
「そっか! よかった!」
「あ、うん。逆にごめんね」
「うんん! でも徹夜はダメだからね!」
「う、うん…」
徹夜はしたくてしてるわけじゃないから、正直守れる自信がないんだけど…。
俺はそう思いつつ、コーヒーを持って部屋に戻り、プログラムを始めた。
「ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
あまりにもなんだか気味の悪く、耳障りの悪い感じのサイレン音にびっくりしてドアの方を見ると莉乃愛がスマホ片手に立っている。
「うっわ、これめっちゃ嫌な音…。ってか夜ごはん! ノックしたら返事してよ!」
「ご、ごめん…」
毎回この色んな音シリーズやられるのかな…。
俺がノックに気が付けばいいんだけど、本当に気が付かないんだよな…。
これどうしよう。
何か対策しないと、流石に莉乃愛にも悪い。
俺はそんなことを思いつつ、リビングに向かった。
そして全員でお節料理の残りをつまみつつ夕飯を食べた。
今日は朝からプログラムをやっていて配信をしていないので、配信でもしようかと思い、俺は部屋に変えるとネットを立ち上げ、自分のチャンネルを見た。
そして固まった。
なんと、昨日の「あっくん」の部分が切り取られて、いくつかの動画が公開されてしまっている。
『女フラに焦りまくる人気OPEX配信者アーク』
『日向ゆきはの所に女を連れてくるアーク』
こんな感じのタイトルで、もうすでにそこそこ再生されてしまっている。
アークのSNSを見ると、「あっくん」についての考察コメントなんかもご丁寧に頂いている。
やばい。
まさかこんなに「あっくん」の一言が盛り上がると思ってなかった。
俺は急いで動画の概要欄から切り抜き師の方々のSNSに削除依頼の連絡をして、他にはないかSNSを調べだした。
が、時すでに遅かった。
何人かの人が、女性の声の主の年齢等を考察したりしていて、SNSではアークに女がいたみたいなこともつぶやかれている。
これは本当にまずい気がする。
俺が身バレするのは最悪しょうがない。
むしろそこまで隠していたわけではなく、別に顔なんか映る必要がないと思っていただけだから、別にそれについてはそこまで何も思わない。
ただ、このままほとぼりが冷めなかった場合の莉乃愛は違う。
もしこれで特定でもされようものなら、モデルだから本人は困らないかもしれないけど、現行の生活環境を問題視される可能性がある。
うちは善意で莉乃愛を居候させているが、正式な法的な手続きを取ったわけではない。
むしろ、莉乃愛のお父さん次第では法的には認められなくなってしまう。
ネット民は悪い人達ばかりではないが、正直そういう重箱の隅をつついたような指摘は非常に多い。
顔が見えれば、莉乃愛の事情を聴いた上でそんなことを言おうものなら、コミュニティからつまはじきにあってしまうであろう莉乃愛の状況ではあるとは思うけど、ネットであれば変な正義感を振りかざすことが出来る。
それにネットは短い文章しか記載されず、そこに感情がのらない。
リアルでは表情や仕草から読み取れるような主語や修飾語も、ネットの省略した文章だと善意からの指摘だったとしても、読み手の感情次第で悪意として働くことも往々にしてある。
そっちがまずい気がする。
莉乃愛も母さんも今の生活をいたく気に入っていると流石の俺でもわかる。
しかし、それが予期せぬことで壊れてしまい、莉乃愛が元の生活に戻らなければならなくなるのはいいことではない気がする。
法的とかそう言うのは置いといて、普通に莉乃愛の為にもこのままの方がいいと思う。
どうする。
女の人の声一つでここまで大事になると思ってなかった。
流石俺の視聴者さんと言うかなんというかだが…。
俺はSNSを色々調べつつ、対応策を考え始めた。




