歯車は人知れず緩やかに動き出す
リンドール家の現当主ジークリードは頭を抱えていた。
先程、早馬で愛娘の適性検査結果が伝えられたからだ。
2回目の適性検査の前に様々な事をして結果が芳しく無いのは分かっていた。
だから、今回の結果も想像通りと言えば想像通りなのだが……
魔力測定不能とされた者は爵位を返上しなければならないとされているのが許し難い事実だった。
これで娘は家を出なければならない。
そう思うだけで胸が張り裂けそうだ。
そして、自分がとても憎らしくもあった。
何故ならジークリードは元々、貴族の出ではなく、市井の出。
ジークリードの父の営む商店は昔ながらの活気ある店だったが、ジークリードの手に渡り始めた頃から経営が右肩上がりになった。
また、その頃に出会った妻・メイデンとの結婚話が持ち上がった時には婿養子にならないかという話になって貴族の仲間入りが出来ると両親は両手を叩いて喜んだのだ。
しかし蓋を開けてみれば結婚後の舞踏会では「男としての恥を捨てた」だの「貴族になれない貴族」と笑い者にされた。
そして、その数年後、店で取り扱っていた薬が国で大流行していた病の唯一の特効薬と分かると国から爵位を貰った時には貴族の間で持て囃されはしたが、
息子の中に魔力持ちがいない者がいると分かると、「やはり、穢れた血が混じるからだ」と噂された。
しかし、メイデンは全く気にする事も無く、「持つ者も、持たざる者も、貴族も市井の者の気持ちも分かる大人に育つわね」と微笑んでいたが、
ジークリードには、あの言葉が今も深く心に刺さっていた。
そして、愛娘・アンツェローズが魔力持ちでは無いと分かった今、またドス黒い気持ちが辺りに充満していくような気がした。
「はぁ。」
大きな溜め息と共に、ジークリードは頭に流れている悩みを吐き出そうとする。
しかし、吐いても、吐いても、悩みは底を知る事なく湧き上がる。
娘が帰るまでには、この鬱陶しい自分が何とか普段通りになる事だけを祈って溜め息と悩みを吐き続けた。
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「アンが魔力測定落ちした……」
そう、念を込めて兄弟に送るのは長男のリードだ。
内政の仕事に関わっているリードは皇太子の第一夫人と名高い、妹・アンツェローズに関わる情報が手に入りやすい所にいる為、他の兄弟に情報を逐一、送る係になっている。
そして、その念を受け取った4人は、ひっきりなしにお互いに念を飛ばし始めたのだった。
時を遡り、1回目の適性検査結果で魔力測定落ちをした後、妹に優しい言葉を掛けながら5人の兄は様々な事を教え始めた。
リードは料理や救急の手当の仕方を。
ジウローグは護身術や狩の仕方を。
トゥーリォは街で売られている商品の目利きと交渉術を。
ソンフォードは学校の長期休暇の期間に色々な場所に連れて行き、色々な生活様式を体験させ、
リッツマイルは、生魔法を使わずに出来る動物や魔獣との接し方を教えた。
そのおかげで、2回目の適性検査結果でスキルの項目で様々なスキルが高レベルで追加された。
そして、それは女性が旅を一人でもしていけるだけのレベルの高さだった。
けれど、魔力は身に付かなかった。
それを突きつけられた兄達は爵位返納制度というものを酷く憎んだ。
そうでなければ、妹と一生、一緒にいられたのに……と。
体中に張り巡らされた思いの丈を滾らせながら……
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母・メイデンは、とある場所に来ていた。
古い記憶を呼び起こしてきた場所は、とても思い出の地とは呼べない場所になっていた。
日差しが程良く当たる敷地からは、よく草が育ち、生え放題の伸び放題。
管理されていないと分かるほど家の外壁には蔦が伸び、家には入れそうにも無く、ガラスの窓には埃で部屋の中が見え辛かった。
その光景が町にある家の中でも広めの家ではあるのに、家と比べても広い庭と無法地帯のように色々な草が生えている事によって、荒野にポツンと佇む小屋のようだ。
そこを魔法で掻き分けて家の前まできたメイデンは小さな声で挨拶した後、ドアノブに手を掛けて中に入って行くのだった。
爵位返納の儀が行われるのは3ヶ月後。
それまでにアンツェローズと過ごせる時をどのように過ごすか、
家族は皆、必死になって考えていたのだった。
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