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調合師の徒然草  作者: 紫ノ乃芽 透子
プロローグ
2/12

始まりの日の物語

終わりは、いつだって突然で、

私が私である理由は不確かで、

未来は時に理不尽で、

私はひっそりと息を潜めて眠るしか無かった。


----------------------------------------------------


(きざ)み年9934年。

ここは、リッツヴェルグ王国のとある貴族の屋敷。


いつもなら敷地内で賑やかに遊ぶ子供たちの声と従者達が奏でる耳心地の良い生活音などが屋敷近くを取り巻いているのだが、

今日は、そんな日と打って変わって嵐のまえの静けさのように包まれていた。


ただ、奥の間を除いて。





「ジル、妻は大丈夫なのか? やっぱり近くに居た方が……」

そう言いながら、部屋の中を右往左往するのは、この家の現・当主のリンドール・ジークリード。

その横で頭を抱えながら冷ややかな目で主人を見ているのはこの家の執事長ジルだ。

「旦那様、落ち着いて下さい。奥様にとって一番重要なのは落ち着いた旦那様である事ですよ。それに、前の事を思えば部屋に入った時点で旦那様は神の御使(みつか)いになるかと……」

「ジル!そんな怖い事を主人に言うな!想像出来てしまうだろう!」

そう目くじらを立てながら言うジークリードは、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。


10年前の夏の日、結婚してから初めて子供を出産(むかえる)とあってジークリードは浮かれに浮かれまくった。

心配する侍従を余所に、お菓子や花、書物や母胎珠(ぼたいじゅ)(安産になると言われている薄桃(うすもも)色の(たま))などを毎日のように妻・メイデンに送り、

出産の時には手を握りながら、どれだけ妻を愛して居るのかを念仏……いや、呪詛のように語り続けた。

我慢し続けたメイデンは堪忍袋の尾が切れて寄り添っていたジークリードに今まで溜め込んできた思いの気を当て、壁を何枚も壊しながら行った1キロ先の部屋の壁まで飛ばした。

ジークリードは鼻血を出しながら、その場で意識を飛ばしていたのだが、それはリンドール家の影の歴史に深く刻み込まれるであろう歴史的事件である。


その時を踏まえてのジルの言葉は、ジークリードを恐怖の底に落としつつも、妙に不安を取り除くものであった。


落ち着きを取り戻したジークリードは、10年前の夏の日からの今までに思いを馳せた。


産まれた子供は5つ子で、家の中は一気に賑やかになり息吐く暇も無かったが、親身になって働いてくれる侍従達のお陰でなんとかなった。

巷では双子が一般的であった為に、リンドールは穢れたと言う者も居たが、侍従達は嫌な素振りをする事もなく、逆に今まで以上に尽くしてくれて感謝しかない。


そのお陰で、5人の子供たちは臆する事なく自分らしい個性の強い5人になった。


1番始めに産まれたリードは、努力家で勉強する子に。

2番目に産まれたジウローグは、誰よりも強くなろうとする逞しい子に。

3番目に産まれたトゥーリィは、面白い事が大好きで周りを明るくする子に。

4番目に産まれたソンフォードは、自由気ままで掴み(にく)い所があるが優しい子に。

5番目に産まれたリッツマイルは、悪戯っ子で手を焼くが、兄弟の仲を取り持とうとする子に。


今では学校に通うようになった5人の子供達。

日々の勉強や体術に励み皆、最高得点模範生(ティンクル)になった。

次に帰ってくる頃には新しい家族が増えていると思うと、また、この屋敷も賑やかになるな、と少し心待ちになっている自分が気恥ずかしい。

ふと、近くにあった窓辺から火照った頬を冷やす風を拾っていると、ジルの呼ぶ声が聞こえて奥の間、メイデンのいる場所へ向かう事にした。


「おめでとうございます、旦那様。お産まれになったのはお嬢様にございます。奥様にお名前をお伝え下さいませ。」

メイデンの居る部屋の前でジークリードに、そう伝えたジルは、中にいるメイド達に目配せをして人払いをするとジークリードに一礼し、その場を後にした。


静かになったホールでジークリードは気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をしてからドアを開け、メイデンの(もと)へ近寄れば産まれたばかりの娘を抱きながらベッドに横たわる最愛の妻が素敵な笑みを浮かべながらこちらを見ている。

その瞬間、ジークリードは言葉に表せない感情が身体中に広がり、静かな涙と共に腰を落として表した。




「はぁ……。何、泣いてるんですか。命を掛けた妻に少しは労るとか、子供を見て何か思ったりとかないんですか?そんなに泣かれると、こちらもどう反応して良いか分かりかねるのですが……」

妻、メイデンは呆れていた。

部屋に入ってきた夫が15分以上も、嗚咽しながら泣いている事に。

初産の時、ジークリードは気を失っていたので出産後、初めて会った時には感謝の意を表しながらメイデンをずっと抱きしめていた記憶があり、今回も同じだろうと思っていたのだが、こうも泣かれるとは想像していなかったのだ。


その後、ジークリードは、さらに10分泣き続け、やっと収まった頃には待つのを諦めたメイデンの寝顔が目の前にあるだけ。

娘はメイデンのベッド横にある赤ちゃん用のベッドに寝かせられ、安らかな寝顔を覗かせていた。


その寝顔を見ると親バカなのだろうが、とてもこの世の者とは思えないほど美人で聡明、愛らしくもあり、まるで天からの御使(みつか)いかと思うほどだ。

そして、どことなく史実に残る初代リンドール家当主、アンツェローズ様に似ている気もする。

そう思ったジークリードは、アンツェローズと命名する事に決めた。

皆様のフォローやコメントなどの応援を下されば幸いです。

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