吟遊詩人は闇の中で明かりを灯す
アンツェローズは悩んでいた。
リード兄さんとテイマー市場に行った日からスワローリンクとの新しい生活が始まったのだが、思ったよりも難しい。
あの日、帰りの馬車の中でリード兄さんに‘大丈夫か?’と問われ、
私は‘大丈夫だよ!鳴かぬなら鳴くまで待とう、だよ。兄さん。’と明るく答え、兄の心配を上手く交わしたのだが、早くも挫折しそうになっている。
なぜなら、スワローリンクが家にきた日から餌を食べず、どんどん弱ってきているし、
餌や水の交換などで鳥籠を開けると羽をバタつかせて、警戒している時に鳴く声を発していたけれど、今では鳥籠の隅で小さくなっているだけだ。
それに、クジで当たった新生活応援グッズの中に入っていた「魔物全集」や「テイマーの心得」という本の他に「スワローリンクの全て」や「保護魔物の懐かせ方」という本を本屋から取り寄せたりもしたが、自分のスワローリンクに使える情報は得られなかった。
餌を食べられるようになるだけでもして欲しかったアンツェローズは、
スワローリンクを世話していた店主に話を聞こうと通信装置を起動させ、あの店へと連絡を取る。
「あの、数日前、そちらのお店で保護したばかりのスワローリンクを買った者なんですけど。
スワローリンクが餌を食べなくて、そちらでは餌やりどうしてましたか?」
そう、恐る恐る聞いたアンツェローズは、店主の発した言葉に耳を疑った。
「あ〜、あの時の。あの鳥、餌はこっちでも食べてないんですよ。人馴れしてない魔物は基本的に餌や水なんかの摂取選択権を魔物自身に委ねているんです。じゃないと、こちらが被害を被るので。」
この間は保護と言っていたけれど、そんなの、まるで飼い殺しだ。
アンツェローズは、更なる核心に踏み込む。
「そ、それじゃあ、水も食べ物も取らない魔物は死なせるという事ですか?」
「嫌だなぁ〜。いくら魔物でも腹が減ったら自分から進んで食べますよ。それをしない魔物は、‘それ’を望んでいるって事ですよ。」
店主はあっけらかんとしながら、嫌に明るい声でそう淡々と話すだけ。
この前はあんなに丁寧な説明をしてくれた店主だったのに……
帰ってきた言葉が意外すぎて、その後どんな風にして通信を終えたか分からない。
けれど、先程とは比べ物にならない位の大きな穴が私の心の中にでき、その闇が私自身を襲った。
それからというもの色んな事に手をつけ、独自に試したが、一向に良くなる気配は訪れない。
そればかりか、数日経ったある日、スワローリンクは、ついに鳥籠の中にある止まり木にさえ止まることをやめて、鳥籠の床面に寝る姿勢のまま動かなくなってしまっていた。
それを見たアンツェローズは何もすることが出来ずにいることが辛くなり、そして目の前に迫っている出立の日が来る事に目を背けたくなっている。
それでも、スワローリンクの世話をするべく飲み水が入っている皿を手に取り、部屋から出ると、侍従達が忙しなく動いているのが見え、声をかける。
声をかけられた1人の侍従は、ソンフォードが旅から一時帰宅していると伝え、それを聞いたアンツェローズは、すぐさまソンフォードの元へ駆け出して行った。
ホールに向かえば、ソンフォードと両親が話しているのが見え、アンツェローズは早る気持ちを抑えて兄にゆっくりと近付き挨拶する。
「お帰りなさい、ソンフォード兄さん。無事に会えて嬉しいわ。」
すると、アンツェローズに気付いたソンフォードは、急にアンツェローズに抱きつき、
「あぁ、アン。僕もアンの出立の日に間に合って嬉しいけど、こんな顔をさせてしまっていたなんて悲しいよ。」と大げさな身振り手振り付きで返事を返した。
しかし、ソンフォード兄さんは自分よりも小さく幼い見た目で言葉を発しているので、言葉と見た目年齢のチグハグさに笑えてくる。
昔からソンフォード兄さんは変身魔法が得意であるのだが、旅に出る時は必ず変身をし、そのまま見た目を変えずに帰ってきては、家族を楽しませた。
なので、いつものように私は笑みを浮かべながら魔法を解いてもらうようお願いすれば、10歳年上の(いや、でも少し幼く見える)見慣れている見た目に戻り、帰ってきた時に行う抱擁を改めてした。
「それで、父さん達から聞いたけどスワローリンクをパートナーに迎えたんだって?」
そう、優しく切り出した兄の言葉に私は小さく頷き返し、自室に向かいながら悩みを打ち明ける。
アンの部屋に着いたソンフォードは思ったよりも険しい顔をした後、スワローリンクに回復魔法をかけ、そして自分の従魔であるスワローリンクとワイルドバードを収納魔法の中から部屋に放ち、アンと共に部屋を後にしたのだった。
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