第1章 「手負いの忠臣、園里香上級大佐」
「堺県おとめ戦記譚~特命遊撃士チサト~」シリーズの第9話「時を越えた出逢い、時空漂流者救出作戦」の登場人物である、園里香が戦死するエピソードです。
第9話に登場した時は、大日本帝国陸軍に所属する17歳の少女将校でしたが、それから15年程の年月が経過しています。
所属組織は人類解放戦線に改称され、珪素生命体との戦争も終結。
人類解放戦線の援助で復興された戦後の社会体制に不満を抱いたテロリストとの戦争である、「アムール戦争」における出来事です。
撤退した敵軍の防衛用基地を接収する形で設けられた、人類解放戦線の前線臨時司令部。
その古びた医務室で鎮座するベッドの上に、私の身体は横たえられていた。
「園里香上級大佐、お気を確かに御持ち下さい!」
年若い衛生隊員が応急措置を施しながら、私に向かって懸命に呼びかけている。
しかしながら、もう助からない事は私自身がよく分かっていた。
取り替えられた真新しい包帯は、傷口から溢れる鮮血と脳漿でみるみる汚れていくし、輸血と一緒に静脈から注入され続けている医療用ナノマシンも、今の所は目に見えた働きを見せていない。
私の身体の損傷は、それ程まで深刻だった。
爆発の直撃を受けた右半身なんかは、特にひどい。
右腕は肩から木っ端微塵だし、右脇から腹にかけては大穴が開き、大事な臓器を幾つも吹き飛ばされてしまっていた。
常人なら即死レベルの重傷を負った私を生かしているのは、少女期から定期的に投与されている生体強化ナノマシンと、人類解放戦線の前身である大日本帝国陸軍女子特務戦隊に徴兵される切っ掛けとなった特殊能力サイフォースだった。
だが、それももう長くはないだろう…
我が人類解放戦線の降伏勧告に応じて投降した敵の捕虜が、事情聴取の席で企てた高官暗殺の自爆テロ。
特殊な生体部品を移植された人間爆弾は、金属探知機やレーダーに感知されにくい反面、通常の爆弾を用いた自爆テロよりも殺傷力が低いという欠点がある。
そのため、咄嗟に組み伏せた私の身体で充分に爆発を抑え込み、高官達の命を救う事が出来た。
その代償というのが、今の私の有り様だ。
「くっ…はぁ…」
私は左半分が辛うじて残された口元を何とか動かして、息の漏れる不明瞭な呻き声を漏らした。
それにしても、左目だけで物を見るというのは、何とも勝手が違ってしまう。
もっとも私の場合、右目どころか、右脳を頭蓋ごと消し飛ばされてしまったのだから、普通の隻眼とはまた別の視界なのだろう。
お陰で状況把握も覚束ず、何とも頼りない。
「恐れながら…園里香上級大佐の負傷は甚大です!率直に申し上げて、閣下には刺激が強すぎます!」
ドアを隔てた廊下では、私の副官がヒステリックな金切り声を上げていた。
誰かと激しく言い争っているようだけど、残された右耳も損傷著しく、聞き取るのは一仕事だ。
だが、口論の相手は見当がついていた。
私に副官として宛がわれた中佐階級の義勇隊士が敬語で応対する相手は、自ずと限られるからだ。
「その身を犠牲にして、自爆テロから私を守ってくれた部下を見舞ってやれず…何が師団長だ!何が少将閣下だ!」
私の予想は正しかった。
声の主は、私の所属する人類解放戦線第4師団の最高司令官でいらっしゃる、伏見山桃枝少将閣下に他ならない。
「下がっていろ、奈良土梨夢中佐!貴官では話にならぬ!園里香上級大佐!」
「あっ…!伏見山桃枝少将!」
副官を振り切ってドアを張り開け、我が敬愛の少将閣下が医務室へ雪崩れ込んで来られた。
軍靴の足音の確かさから察するに、少将閣下に大した負傷はなさそうだ。
だが、私が横たわるベッドに駆け寄ろうとした足音は、その数歩前でピタリと止まってしまった。
「うっ…!園里香上級大佐、何と惨い…」
代わりに聞こえてきたのは、ハッと息を飲む音と、驚愕の呻き声だ。
「ですから申し上げたのです、伏見山桃枝少将閣下!正直に申し上げて、この惨状は副官である私でも正視に堪えません…」
私の副官はそこまで言うと、医務室の床に座り込んで泣き崩れてしまった。
中佐の階級章を付けた軍服の肩が、嗚咽に合わせて微かに震えている。
どうやら今の私は、相当にひどい面相をしているのだろう。
「御無事、ですか…?伏見山桃枝少将?」
「うっ…?ああ!大事無いぞ、園里香上級大佐!」
私の声に促されるように、伏見山桃枝少将はベッドへ歩みを進めた。
「恐れ、ながら…もう少しお近づき頂きたく存じ上げます…上手く身体を起こしかねますので…」
「ああ…!見てくれ、園里香上級大佐!貴官に守って貰ったこの身体だ!」
やがて意を決したように、少将閣下はベッドに横たわる私の顔を覗き込まれるのだった。
着替える時間も惜しまれたのだろう。
将官仕様の軍服には返り血こそ付着しているが、五体満足で掠り傷1つ負われていない。
10代の少女だった頃の面影を色濃く残す若々しい美貌も、背中まで延ばされた艶やかな黒髪も、少しも損なわれていなかった。
「済まない、園里香上級大佐…私達を守る為に、貴官1人をここまで傷付けてしまって…」
「いいえ、少将閣下…閣下が御無事で何よりです。憎むべきは、紅露の奴等であります…」
頭の中では、私は左右に激しく首を振っていた。
しかし、脊椎も骨も著しく傷つけられた私の動作は、情けなくなる程に緩慢だったろう。
それでも私は、押し留めずにはいられなかった。
私如きの為に、敬愛なる少将閣下の美貌を曇らせる訳にはいかないからだ。