さしあたっては道具を使おう。山とか。
我は貴重な睡眠時間を大幅に削り、小さき者の真似を始める。
まずは巣を変えよう。ただの洞穴はもはや、巣ではないらしい。
そうさな、あの山をこちらへもってきて、あの山をそちらへもってきて・・・
この山を削って、あの川をここへ流せば、立派な巣になるだろう。
(注:しばらくは竜族独自のダイナミックな内政が行われます。繊細な内政は期待しないでください)
で、だ。我は始まりの竜。黒竜よ。
群れを眼下に住まわせるのはどうか。
こう、この崖下の山々を根こそぎかき回せば、まあよかろう。
それ、この山は横の山の上だ。ドシャッ
その山はも少し上だ ズシャッ
山が足りん。持ってくるか ドガッドドドッズシャーー
山はこれでよい。 川はこれでよい。 滝もよい。
『我が子らに告げる。住処を用意した。疾く住め。』
他愛無い。
火を起こすのに苦労幾年月も苦心した輩にできることが、竜たる我に出来ぬ道理もない。
おお、さっそく来たか。子らが集まると相変わらず空が黒いわ。ワハハハ!
さて、道具を作ろうではないか!いざ、我が子らのもとへ行こうぞ。これは竜族全体に関わるこ と なれど、我が黒竜種が先んじよう。
「主様?」「なにこの濁流」「私たちは濁流種として生きていくのね」「俺が住んでた山が・・・」
長たる我が先んじてこそであろう。濁流が清流となるとき、混沌の山が元からそんなだった気が してくる時、「文明」は花開くのである!
まずは石を切り開いてみるか・・・
濁流は清流となるも魔を含み黒々として、あまりにも乱暴に詰まれた山々は元からそんな風景だっ た気がしてきた頃。
我ながら渾身の一振りが出来上がった。
我でも分かった。
住処から道具を作るのは少し、いや大分マズいと。
多少遠いところなら、まあ良いだろうと。
程よい石山に前足を穿った。破砕音が響き渡る。前足を引き抜く。あたり一面何もかも粉々で あった。
我は学んだ。素材が柔らかすぎると。
我は旅をした。
結果、何とか壊れない物が手に入った。
鉱脈ごと引っこ抜いたように見えるそれは、事実、鉱脈を引っこ抜いたものである。
剣というにはあまりにも武骨すぎるそれは実際、鉄の塊である。かなり頑丈でレア。
我は初めての「道具」を愛した。
我はあまりの嬉しさに、「始まりの竜」達を訪ねては自慢し、子らに自慢して見せた。
白竜はバカを見る目をしていた。
「皆、それぞれに励み、それぞれに営むものです。あなたは・・・その禍々しいオーラを放つもの を担いで何をしているのですか」
悔しかった。悲しかった。一番仲がいいと思っていたのに。
火竜は楽しそうだった。
「ちいとばかし黒竜の。旦那の掲げてる巨大な塊には覚えがあるなぁ。いやぁ暇してたんでね。オレも探してくるよ。」
水竜は3百年くらい呼んでも出てきてくれなかった。
地竜を訪ねた時に、事件は起きた。
「あぁ、そいつぁ・・・龍鉱石だ。なんでまたそんなもん持ってんだよ。よくまぁ鉱脈ごと掘り当てたもんだ。何万年同じところで眠ってたらそうなるんだ? 相当固ぇだろうよ。自分の脚に落っこどさねぇように気いつけな。鱗の一枚や二枚じぁ済まねぇだろうからよ」
ということがあったんだ。風竜よ。
「それがどういう絡繰りで胴体から鉄を生やすことにつながるんです?」
我が「鋭利な木の棒」を見たと言ったではないか。想像したまえ、もしこの鉱石が敵の手に落ちたとしてだ。これを「鋭利な木の棒」のような道具にされたら・・・
我らは成すすべなく殺されるのだぞ?
それが分からぬのか?風竜の。
「いや、全然わかりませんけれども。分かりたくもありませんけれども。ところでその「鋭利な木の棒」ってのを「槍」と名付けたらどうかと思うんですが、どうですかね、黒竜の。」
「槍」か。そうだな。今よりそう呼ぶこととしよう。しかしだな、主とてこのような「極めて固いもの」を槍の形にされれば容易くその鱗が突き破られることくらい分かろう?風竜の。
「龍鉱石なんかそうそう手に入りませんし、それこそ竜にしか扱えませんよ・・・。しかし小さき者たちの力が”道具”なるものにあるとは我らには気づきようもない話でしたな。」
そこよ。風竜の。我らもまた道具を使うべきなのだ。もはや鱗に爪牙、翼で足りる時代は終わった のだ。
我らもまた変わらねばならん。
さしあたっては、風竜の。誰も取ってはくれなんだこの鉄の塊、我が首から外してはくれまいか?