眼下に未来を見据えよ
神々は神界へ去って長く世界の頂たる我らは暇を持て余していた。
我は「始まりの黒竜」。
長老のうち我は全身、一点の明るさもなく黒い。
我の子らも黒いものだから、「始まり」と付けて辻褄を合わせてみたものである。
属性も見た目通りであって、大変に分かりやすい。
長い時をかけて、長達や古株の者らと言い合って我らは竜という名になった。
星が数千は巡ったころ、我らは増えたことに気がついた。
増えたものだから、狩場が足らぬ。
そういうわけで、我らは移動を始めた。
大陸中に竜は散った。
そこで面白い者たちを見つけた。
彼らは稚拙ながらに魔法を使い、短命で、知能があった。
これを「小さき者たち」と名付け、見守っていた。
戯れに小さき者たちを驚かせてみれば、小石や小枝を構え、我らの威容に震えるばかりである。
我らは笑った。大いに笑った。
この者らは知恵はあるが弱く、到底我らにかなわない。それがひどくおかしかった。
大空を広く飛翔する我らを見上げるものはいなかった。
精霊は自慢気であった。彼らのうち、半精霊種に類するものたちは着実に歩みを進めているらし かった。
精霊はドヴェルグに、エルフェンだと自慢した。自分の子らを自慢した。
他にも小さき者はいるらしい。しかしまだまとまった数を確認していない。
どこぞで隠れ潜んでいるのだろう。
我らは食べ、大いに眠った。
再び眠りより覚めたとき、戯れに小さき者たちを驚かせに行った。
「小さき者たちの群れ」の近くに我は降り立つ。
彼らは鋭利な木の棒を振り上げ、尖った石を振り上げた。
彼らなりに努力はしているらしい。
我は苦笑した。そんなもので我が鱗は傷つかん。
尖った石が光り、投げつけられた木の棒は燃え上がった。
・・・?
何が起きた?何をした?
魔法か?だがこのような魔法は聞いたことがない。
途端に彼らに興味が沸いた。
見れば彼らは未知の者であった。半精霊でもないようだった。しかし、50ほどの群れだ。
群れの中央では「それなり」の大きさの獲物を急ぎ処理しているようだ。
巣のような「何か」の中に忙しなく出入りしている。
眼前には先ほどの「魔法の石」、「魔法の木」を持った者たちが、今も我に闘志を向けている。
強い群れだ。狩っても旨味のない群れだ。
もとより狩りに来たわけではない。戯れに来たのみである。
一声上げて、引いた。
眼下に一瞥し、ふと思う。
無から沸いた小さき者。それも不思議な魔法を使う。
次に眠りから覚めるころ、まだ我らの鱗に届くまい。
その次も彼らの刃は届くまい。
だが、その次は?その次の次は?
妙な胸騒ぎがした。
水場の近く、魔物の少ないところには、小さき者の群れが点在している。
ねぐらにて物思いに耽る。
太陽が回った。3千は回った。小さき者の使う物を「道具」と名付けた。
もう百万ほど暗闇が朝陽に照らされた。我は「道具」を生むを「技術」と呼んで恐れた。
数えきれないほど時が廻ったのち、これを「文明」と呼び、未来を予見した。
ドラゴンに知恵はあれど、道具を作る技術も無い。あるのは鱗と爪牙のみ。
竜は遥か太古より在りながら、追いつかれ、やがて追い抜かれよう。
古の威容を保ちながら、新しきを取り入れず古きまま滅びるだろう。
空は我らの物なれど、大地は耕され、馴らされる。
谷は我らの物なれど、やがて拓かれ、世界は我らを追いやるだろう。
我らは魔のものとされる。それは文明の有無においてである。
時は旧石器時代も始まったのか怪しい時代。
一頭の竜が文明を予感し、一番開化してはいけない種族が文明開化を始める・・・