8話 ダンジョンダイバー登録
「さあさあ、やってまいりました、ダンジョン管理本部!」
この『奈落』地下1層に出てから徒歩で5分ほど。到着したビルの前で、やたら高いテンションのまま宣言する汐織さん。
「まあ、深坂区の区役所なわけですね」
「それは言わない約束だぜ、おとっつあん」
誰がおとっつあんですか、誰が。
汐織さんの軽口を聞き流しつつ入り口に向かう。
区役所のなかにダンジョン管理本部があるという話に最初は驚いたが、よく考えてみれば当たり前の事である。
ダンジョンとダンジョンダイバーが生み出す富が経済や生活、その全ての基盤となっているのなら、役所が大なり小なり関わっているのは当然だ。
区役所に足を踏み入れた直後に、吾郎さんは区長と副区長に話を付けてくると言って別れ、
僕らはどこにでもありそうな自動ドアを通り、汐織さんの案内のままにダンジョンダイバー登録の係へと足を運びーー
「お久しぶりです、姐さん!」
なんか、そんな事を言うガラの悪い連中が集まってきた。
年齢はみな20過ぎくらいだろうか?
全員服装は、灰色の都市迷彩服。
髪型は金髪だったり赤と緑のメッシュだったりと、いくつも開けられたピアスホールと合わせて、僕の地球ならチンピラにしか見えないものだ。
そんな強面の彼らが、子犬のような笑みを浮かべて汐織さんに話しかけていた。
「おうおう、久しいな、皆の衆!あんな可愛いショタっ子だった君らも大きくなって……ド畜生め」
「無茶言わんでください。子供の姿のままじゃ戦えないじゃないですか」
「そうですよ、姐さんみたいに外見に左右されない能力なんて持ってないんですから」
えーと、この方々は?
そんな自分の疑問を察知したか、汐織さんが僕に向けて口を開いた。
「紹介するね。この子らは赤玉級ダンジョンダイバーのパーティ『シティガンナーズ』。昔あたしらが世話をしてた……よーじ君達の先輩かな?」
「あ、今日から俺らも青玉級です。これでようやく地下80層以下の深層探索ができるようになりました。……で、この子ら誰です?」
なるほど。ついつい軽い彼女らの言動に騙されそうになるが、汐織さんたちはこの街の重要人物だ。
先ほどの、ダンジョンダイバーは小中学生のなりたい職業3年連続ナンバー1だという言葉を信じるのなら、その頂点の一つである彼女の存在はさぞや大きいものだろう。
そんな彼女たちが、後進の育成に手を出していないなど、ありえない事だ。
そして、汐織さんが世話をしたという彼らの当然といえば当然の質問に、彼女は所々を誤魔化しながら説明する。
地下255層で保護されたという事は伏せつつ、瘴気に汚染されたという事実をオブラートに包んで、特に深刻な状態でないよう故意に誤解させる形で話してーー
「つまり、顔がいいだけの漂流者が、顔がいいって理由だけで紫玉級の方々の保護を受ける……と?」
……うん、汐織さんのあの説明じゃあ、そう聞こえるよな。
「よぉし、わかった。じゃあ、お前らはさっさと登録を済ませてこいや。済ませたのなら俺ら『シティガンナーズ』と訓練な」
「登録を済ませたばかりの新人が、紫玉級に次ぐ青玉級パーティーに訓練を付けてもらえるなんて、ありえない好待遇だからな。感謝しろよ」
すいません、その『訓練』って『イビリ』ってルビが振られてません?
僕らを見る『シティガンナーズ』の人たちの視線は、お世辞にも友好的とは言い難い。
その視線に込められた意思は『イケメン死すべし、慈悲は無い』と雄弁に語っていた。
……これ、いったいどーするんですか?汐織さん!?
登録自体は数分で終わった。……終わってしまった。
なにしろ僕らのしたことと言えば、名前の記入と証明写真の撮影。それに指紋、網膜、静脈認証の登録に、DNA情報を登録するために髪の毛を数本提出したくらいである。
本来ならば住所不定無職の家出少年扱いになり多少なりとも時間が掛かるらしいのだが、身元保証人に紫玉級ダンジョンダイバーの汐織さんがなるという事で、なんの問題もなく完了したのだ。
あの、その、できれば、もーちょっと時間を掛けてやってほしかったなぁ……
僕らがいる場所は、区役所地下のダンジョンダイバー訓練場。
利用料はワンコインで筋トレから武器の扱い、ダンジョン内での行動のノウハウなどが学べる場所である。
なんでも、ダンジョンダイバー養成校の生徒たちは毎日のようにここへ通い詰めているのだとか。
そして僕は今、プロレスで使うようなリングやサンドバック、ダンベルに縄跳びなどが用意された部屋の中央で、『シティガンナーズ』の一人と向かい合っていた。
「さあ、いよいよ世紀の一戦が始まろうとしております。ルールはKOもしくはレフェリーストップのみという変形のテキサス・デスマッチ。
通常のテキサス・デスマッチでは、KOもしくはギブアップのみという形式で行われます。
しかし、試合放棄による終了という結果になるのを防ぐため、『シティガンナーズ』の要望でギブアップではなく、レフェリーストップという形に変更となりました。
さて皆さま、テキサス・デスマッチといえば、1975年7月25日に行われました、ジャイアント〇場VSフリッツ・フォン・エ〇ックの一戦を思い浮かべる、オールドファンも多いのではないでしょうか。
古き良き日本のプロレス。その輝きが、いま、ここに蘇ろうとしています!」
「青コーナー、透玉級ダンジョンダイバー。162cm、53kg……“ハンサムボーイ”山岸ィ、庸ゥ次ィィイ!!」
ねえ、なに?なんなの?これは?
「赤コーナー、青玉級ダンジョンダイバー。『シティガンナーズ』所属。182cm、90kg……“バードアイ”百瀬、ツバぁサァァア!!」
だから、なんなの?いや、マジに!
……そしてそんな僕の困惑などお構いなしに、ゴングが鳴る。
「さて始まりました、“ハンサムボーイ”山岸庸次選手VS“バードアイ”百瀬翼選手のシングルマッチ、時間無制限一本勝負!
なお、この試合はギブアップではなく、レフェリーストップで決着がつくという変形のテキサス・デスマッチルールとなっております!
そして実況はわたくし、紫玉級ダンジョンダイバー、『人間にして次元神たるもの』五十嵐吾郎。解説は」
「ファッキン!ガッデム!アスクヒム!!
なんだコラ!エー!フザケンナ、タココラ!アァイム、シオリ!!」
「解説は、紫玉級ダンジョンダイバー、『人間にして蜘蛛神たるもの』東雲汐織さんにお越し頂いております!
汐織さん!よろしくお願いします!!」
「はい、よろしくお願いします(ぺこり)」
……ねえ、二人とも、なにをやってるんですか…………?
「さて、全国3000万人のプロレスファンのお約束を済ませたところで、訓練場の二人に注目してみたいと思います。
あー、どうやら山岸選手、戸惑っているのか動きが鈍い!それに対し、百瀬選手。余裕たっぷりという態度で、山岸選手を睨み付けています!」
「ああ、あれはね、百瀬選手は山岸選手を視姦してるんですよ」
「なるほど!!」
なるほど、じゃないでしょー!!
「プロレス業界のお約束ならば、“ハンサム”というニックネームは“ネイチャーボーイ”と同じように皮肉で言うケースがほとんどです。代表的な例で言えば、ミスタープロレスと呼ばれた、“ハンサム”ハーリー・レ〇ス!
だが、この“ハンサムボーイ”山岸庸次はモノが違う!御覧の通り、セパレートタイプのコスチュームを着れば、女子プロレスのリングに上がっていても違和感のないような美少年であります!」
「女子プロレスを性的な目で見ている人がいるというのは“超世代の旗手”が証言していますからね。
彼が女子プロレスのリングに上がれば、絶対にそういう目で見られると思いますよ」
「女子プロレスのリングに上がる、男の娘レスラー!需要は絶対にあるはずだ!彼の今の服装が、普段着であるのがモッタイナイ!!
さあさあさあ!今からでも遅くはない、観客が求めるようなコスチュームに着替えるべきだ!!」
「まったくですね、あたし個人としては昭和の新〇本プロレスのレスラーが着ていたような、黒のショートタイツがいいと思うのですが」
「昭和の新〇本プロレス、ストロングスタイルを象徴する黒のショートタイツ!山岸選手がそのコスチュームを着るのなら、ストロング〇林選手もにっこりだ!!」
なんか、本気で頭が痛くなってきた……
「あー、面倒ごとに巻き込んですまないな……」
吾郎さんたちの喋りを聞いている内に、どこか態度が柔らかくなった百瀬さんがそんな事を言う。
……本当だよ!
「俺らもしばらく紫玉級の人らには会ってなかったんだが……そういえば、こんな人たちだったわ……」
「……紫玉級の人でまとめちゃって大丈夫なんですか?」
「ほとんど全員がこんなノリだからな……。悪い人たちじゃないんだけど」
ぅわーい……
僕ってばひょっとして、とんでもない人らに借りを作ってるのかなぁ。
「おおっと!?二人の空気が変わったぞ!?汐織さん、これは一体どうなっているのでしょうか?」
「ひょっとして、愛が芽生えたんじゃないですかね」
………………
「なあ、さっさと戦って、ぱぱっと終わりにしないか?」
「ええ、そうですね。そうしましょうか」
そういうことに、なった。