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6話 上層へ


 「で、僕らの処遇はどうなったんです?」


 明後日の方向に逸れかけた話を無理やりに元に戻す。

 故意にやっているのか天然なのか、彼らは話を頻繁に脱線させて会話の流れを支配する。

 こちらが思わず突っ込みたくなるような話題を入れつつ流れを変え、彼らが望む方向に話を誘導するのだ。


 ……しかも愉快犯的に、特に意味もない場所でもやってくるから性質が悪い。

 木を隠すなら森というが、この人たちは冗談と軽い態度でその奥にあるナニカを巧妙に隠している。

 その事を、僕の中の意志は敏感に察知していた。


 「とりあえずはダンジョンダイバーとして、自分の食い扶持は自分で稼いでもらう感じだな。治療に必要な『一定量以上の浄化した瘴気を含む食材』も無料タダで融通するわけにもいかんし」


 それはそうだろう。

 ジビエ肉の多数がそうであるように、安定供給のできない食材など高価になるに決まっている。

 ましてや『浄化した瘴気を一定量以上含む食材』なんてニッチな代物、相当に需要が少ないであろうことは想像に難くない。


 「流通に乗ってない訳じゃないが、明らかにゲテモノ扱いだからな。俺らも本業をおろそかにしてまでそっちの手助けするのは無理だわ」


 ごもっとも。

 日本で28人しかいないという紫玉級ダンジョンダイバー。そんな彼らを僕らに付きっきりにさせるなど、明らかな無駄遣いである。

 なにより僕も、人様の世話になってばかりというのはプライドが許さない。


 「とゆーわけで、二人がダンジョンダイバーとしてやっていけるまで、生活に必要な分の金は汐織がポケットマネーで用意するそうだ」


 ふぁッ!?


 「にゅっふー。美少年と美少女を養うのって、女の浪漫だよね……」


 その意見には、全力で異議を唱えさせて頂きたい!


 「諦めろ。どっちにせよ衣食住が必要なのは確かだし、汐織にとっちゃガチで小銭だ」


 詳しく聞くと二人がダンジョンダイバーとして活動するための道具の購入費、さらに当面の生活費などを考えると、大卒初任給の3カ月分程の金額が必要になるらしい。

 そして基本的に危険と隣り合わせのダンジョンダイバーは高給取りであり、紫玉級ダンジョンダイバーともなれば年収はかるく億を超えるとの事である。


 「特に汐織の場合は並行世界の『幻想型世界』で領地を持ってるしな。そこで採れるレアメタルを日本に輸出して大金を稼いでる」


 「ふふふ、現在日本で流通しているプラチナの3割があたしの領地で産出したものだったり。そんで、その世界じゃあたしは正真正銘の貴族だったりするのだ」


 「その世界の統一国家の女王様には、汐織が山のように貸しを作ってたからな。プラチナ、モリブデン、マンガンなんかを要求するだけ売ってくれるんだ」


 ……まぢですか。


 「そんな訳だから、おとなしく養われなさいな。どうしても嫌だっていうなら、返済計画も見積もるわよ」


 あー、えー、うーん。

 すいません、お願いします……。




 僕がささやかなプライドを売り渡してから十数分後。

 僕らが今までに滞在していたビルの屋上に、この場にいる9人全員が集まっていた。


 「さて、じゃあ地下1層に上がって登録を済ませてくる」


 「いってらー」


 「お土産はいつものサークルが出してる、鬼〇の刃の薄い本でいいからなー」


 「売り切れてなきゃ買ってくる」


 ……ええい、本当に軽いな、この人たちは!

 ちなみに同行者は汐織さんと吾郎さんの二人である。

 汐織さんは僕らの第一発見者としての責任があり、吾郎さんは上層に上る際の運び屋のようなものらしい。


 ……運び屋?


 「などと、よーじくんが疑問に思ってますぜ、ゴローちゃん」


 「ああ、俺は『人間にして次元神たるもの』だからな。ダンジョンの階層なんて異界間を移動するショートカットは俺の権能を使うのが一番だ」


 「なるほど、お世話になります……って、じゃあ吾郎さんや汐織さんもそうですが、紫玉級の方々って全員マジの神さまって事ですか?」


 「正確には神格を手に入れた……、神クラスにまで存在を昇華させた半神半人だね」


 「まさか俺ら28人、全員が神格を得るとは想像もしなかったよなぁ」


 「だよねー。みいちゃんが『人間にして竜神たるもの』になった時には、追いつける気がしなかったのに」


 「うんうん。人間、諦めなければ夢はかなうんだよ。なあ、そうだろ相棒!」


 「スト限星3ライダー乙」


 また話が脱線していく……!

 心の中で焦りながら、会話の主導権を奪われぬように声を上げる。


 「すいません、これから僕たちはダンジョンダイバーの登録に行くんですよね。なにか注意することとかありますか?」


 「……なんかあったっけ?」


 「どーだったっけ……?」


 「名前が書けるなら大丈夫じゃなかった……?」


 あれ?なんか、ガチで悩んでいらっしゃる?


 「いや、あたしら基本的にハック&スラッシュ専門の戦闘狂だし、そーゆー事務的な事は疎いというかなんというか」


 「美卯っちが比較的頭脳担当に近いけど、この子だって典型的な学者バカだしねー」


 「病人と怪我人と、その治療以外の事は正直言って興味ないわ」


 「スト限星3キャスター乙」


 読めん……この人らの考えが、まるで読めん……!

 そんなこんなで、ああ、僕はこの人たちにずっと振り回され続けるのだなと、そんな諦めと共に上層への移動を開始した。






 ぶぉん、と、そんな音と共に僕らは透明な球に包まれる。

 次いで轟音と共に巨大な光の柱が立ち昇った。

 一瞬の間を置いて僕らを包む球はふわふわと浮かび、光の柱に呑まれていく。

 そして、完全に光の柱の中へと入り込んだ瞬間ーー、


 「きゃあ!!」


 「うおッ!?」


 軌道エレベーターが実用化されたら、このようなものになるだろうか。

 僕らを包む球は、凄まじい勢いで上方へと運ばれていく。


 「凄いでしょ。普通に移動すれば半年はかかる道のりを、わずか2時間弱に縮める『人間にして次元神たるもの』の権能は」


 驚きのあまり僕に抱き着いたエゼルミアを引きはがし、自分に抱き着かせながらそんな言葉をいう汐織さん。

 ……うん、本当にブレないな、この人。

 そんな僕の思いと裏腹に、眼下では無人の新宿がどんどんと小さくなっていく。

 逢魔が時を思わせる、薄暗い街並み。

 人影は無く、ときおり奇怪な巨大生物が走り回る魔境。

 建物も、路地も、僕の知る新宿そのままであるのに、似ても似つかぬ風景をぼんやりと見つめる。

 たとえ外見だけだとしても、こんな場所に知っている街並みが広がっているという事実には違和感しかない。


 「そういえば、ここは地下255層って言ってましたっけ。ここより上層もこんな感じで町が広がってたりするんですか?」


 「いや、どうやらこの層は特別っぽい。俺らもつい先日にこの層に到達してな。まずはベースキャンプを設置して、さて手分けして探索を……なんて出発した矢先に汐織が君たち二人を見つけてきたんだがーー」


 「つまり、皆さんもこの層については詳しくないと」


 「ああ、そしてここから上層については……見た方が早いな」


 その言葉と共に僕らを包む球は次元の壁を越え、254層に到達した。


 --そこは異界の法則に支配された、全くの別世界だった。

 天には極彩色の光を放つ、漆黒の太陽が輝き、

 大地を覆う砂礫は、鈍角のみで構成された黄土色の三角形をした真珠で出来ていた。

 ところどころに生えている木々は、朱鷺色の葉と甘草色の樹肌を持った正四角形をしており、

 はるか彼方にはかすかに昏く光る、油色の魚類の群れが大空を泳いでいた。

 また大気に含まれる○×こそは、未知にして悍ましき■●★■をーー


 「はい、落ち着こうか」


 視界が暗転する。

 汐織さんの糸が顔に巻き付き、視界を塞いだのだと理解するのに数秒の時間が必要だった。

 254層の風景は、ちらりとでも視界に入っただけで僕という存在が根こそぎから変質していくような恐怖を感じる。

 まるで僕の中にある意志が僕の中から浸食していくのに対して、あの空間に満ちているナニカは外から僕を呑み込みに来ているようであった。


 「……ありがとうございます。なんなんですか、あれは?」


 「ダンジョンってのは、地下に潜れば潜るほど元の世界から離れていくのよ。ここまでの超深層にまでなれば、物理法則のレベルから別物になるわ」


 「じゃあ、255層の新宿はーー」


 「ゴローちゃんの言う通り『特別』っぽいのよねー。しかも付け加えると、よーじ君やエゼルミアちゃんみたいな漂流者が100層以下で発見されたのは初めてになるわ」


 ……どうやら僕たちは汐織さんたちにとっても、初めて尽くしなレアケース中のレアケースだったようである。


 「お偉いさんたちが二人のダンジョンダイバー登録を急ぐのは、多分そんな理由もあるだろうね。登録に必要って名目で、色々と調べられるんじゃないかな?

  まあ人道的な理由もあるし、登録ができないってことは無いはずだけど」


 これはまた……ずいぶんと大事になっているような気がする。



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