5話 これからについて
名前はエゼルミア、年齢は141歳。実年齢はともかく、森妖精である彼女の外見年齢は中学生くらいであろうか。
身長はお世辞にも高いとはいえず、140cmを少し超えたくらい。
スタイルは少女らしいスレンダーで細身なもの、女性として完成する前の少女らしい瑞々しさに溢れている。
ふわふわとした黄金の髪に翠の瞳を有した美貌は、世の男ならだれもが目を奪われるものだろう。
……そんな彼女は今、冬眠前のリスを思わせる勢いでスナック菓子を食べ続けていた。
「カリカリカリカリカリ……」
「おー、いい食べっぷりだ。さあ喰いねえ。もっと喰いねえ」
「優香ー、追加のポテチを持ってきたわよ」
「愛ちゃんグッジョブ!さあさあ喰いねえ。どんどん喰いねえ」
追加が来るたびに、ブラックホールを思わせる勢いでスナック菓子が彼女の胃袋に消えていく。
そして僕がその光景を眺め始めてから十数分後ーー
「御馳走様でした」
締めにコップ一杯のお茶を飲み干し、そんな事を言うエゼルミア。
彼女の周囲には、空になった袋が山のように積まれている。
「お粗末さまでした」
大量の空袋を片付けながら、優香さんが機嫌よさそうに答える。
「いやぁ、女の子が美味しそうに食べる姿って、本っ当にいいもんですねー」
と、どこかで聞いたようなセリフを言いながら、ちらりとこちらを見るのは愛さんだ。
金と蒼のオッドアイを持った美女は、どこか悪戯っ子のような表情でこちらを見ながら、
「さて庸次君、一度は殺し合いになりそうだった彼女のこんな姿を見て、なにか一言」
「いえ……あの時の自分は正気を失ってましたし、いま思い返しても悪い夢の中の出来事みたいな感じなんですが」
「あー、瘴気汚染の典型的症状だね。そういや美卯っちの神酒を使っても完治しなかったって言ったっけ」
「愛ちゃん、それまぢ?美卯っちの神酒使って治らなかったケースって初めて聞いた」
「らしいですね。それも自分の処遇を決めるのに、問題になってる一つだとか」
完治していないというケースでは目の前の森妖精も同じだが、『治せなかった』と『治さなかった』ではまるで異なる。
これから先の治療法もほとんど同じらしいのだが、傷ついた精神と存在を保護するために『治さなかった』エゼルミアと、瘴気が完全に同化していたために『治せなかった』僕では対応が変わるのは当然だろう。
……当然のはず、なのだが。
「へいへいへいへい、よーじくん。よーじくんが食べれるって言ってたお菓子が届いたよー」
と、汐織さんが満面の笑みでお菓子を持ってくる。
ここに来てからの自分の待遇は至れり尽くせりと言ってもいいものである。
何故に彼女たちはこんなに親切にしてくれるのか、正直言って困惑している。
「そりゃあ美少年がいれば、親切にするのは当然でしょう!」
「汐織んってば、ちょっとは下心を隠そうよ」
「上もある程度の好き勝手は目をつぶってくれるけどさ、ほどほどにしないと怒られるよ?」
……心を読まれた!?
「一般人の思考程度、表情と雰囲気から把握できずしてなにが紫玉級ダンジョンダイバーか!」
「それができるの汐織ん限定」
「その無駄な観察力を、もーちょっと真面目に使ってくれればねえ」
汐織さんの発言に苦笑で答える優香さんと愛さん。否定しないという事は発言の中身は事実という事なのだろう。
……まぁ、そうだとしても汐織さんたちから見れば、『雨に濡れた子犬を拾ったから世話をしている』な感じだろうか。
どちらかと言えば、面倒ごとを運んできた方が多いこの無駄に整った顔も、たまには役に立ったと言える……の、か?
うん、なんか、めっちゃ複雑。
「さて……ちょっと真面目な話するけど、庸次くんって好き嫌いが激しいっていったっけ?」
「う゛……、はい、その通りです。昔から注意されてはいるんですが、こればかりはなかなか……」
「で、エゼルミアちゃんはどうなの?」
「恥ずかしながら、食べなれた食材でないと怖いです。こちらの揚げ芋は、故郷の森でも似たようなものがありましたので……」
「なるほどねー」
僕らの言葉を聞いて複雑そうな声を漏らす優香さん。いったい何か面倒ごとがあるのだろうか。
「二人のこれから先の治療法なんだけどね、どうやら食事療法が中心になるらしいのよ」
……へ?
「具体的に言うと、一定量以上の瘴気を吸収して育った食材を浄化した上で調理したものを、一日に400g以上摂取すること」
どーゆー事ですか?
「二人とも、自分の体がどうなってるのかの説明は聞いてるでしょ?」
それはもちろん。
なんでも僕の場合は『肉体、精神、存在が瘴気と一体化した状態』。美卯さんが言うには、『数十年ものの土鍋の奥の奥まで、すっぽんの出汁が染み込んで固まっている』みたいなものだそうだ。
で、治療法としては土鍋から出汁のみを分離するようなものだとか。……うん、そりゃあ難しいわ。
そしてエゼルミアの場合は『砕けかけた精神と存在を、瘴気が接着剤替わりとなって繋ぎとめている状態』。
つまり、壊れかけた食器を接着剤でくっつけているようなもので、治療法としては精神と存在が自己修復するのに合わせて、少しずつ瘴気を浄化、除去するのだと。
「なのでね、治療法が浄化して無害化させた瘴気を取り込んで薄めていくってのしかなさそうなのよ」
なるほど、つまり土鍋から出汁が染み出てこなくなるまで、ひたすらお湯を注ぎ込む……と。
……気が遠くなるな。
エゼルミアも同じ理屈だ。接着剤となった瘴気を、浄化した瘴気で融解させるという事なのだろう。
で、一気にやると精神と存在が崩壊するから、食事療法で時間を掛けながら、傷の治癒に合わせてゆっくりやると。
「瘴気は『奈落』の中じゃ量と密度の多寡こそあれ、偏在してる。そしてこの『奈落』の中じゃ畑もあるし家畜も育ててるから、浄化された瘴気を含む食糧の摂取は難しくないわ。。
でも、一定量以上の瘴気ってのが問題でね。多分『奈落』の地下80層以下に出てくる魔物を狩って、ジビエにするのが最善かな」
その発言に思わず微妙な顔になる。
ジビエ自体は問題ない。実父は元々秩父のマタギ出身で、幼いころからジビエは食卓に上っていたし、僕自身も獲物の解体や料理は手伝っていた。
が、魔物なんていう未知の生き物を食べるなどぞっとしない。
だいたい僕の偏食の原因は、幼稚園の頃に実父と父さん、そして兄さんや姉さんと行ったハイキングの際に拾い食いをしてお腹を壊したのが原因だ。
幼いころに刻まれたトラウマは簡単に克服できるものではなく、十五歳になった今でも食べなれたものしか受け付けないのだ。
「……それは、未知の食材を使った料理を食べねばならないということでしょうか?」
と、暗い顔で尋ねるのはエゼルミア。
「そうなるわね。貴方はお肉が食べれないとかあるの?」
「いえ、故郷の森では狩った獣は貴重な食糧でした。ですが、毒を持っているかもわからない、捌き方もわからない獲物を食べるというのは……」
ああ、彼女も僕と同じ理由か。
それもそうだ、生まれてからずっと同じ場所で地産地消の生活をしていれば、毎日の食卓は必然的に似たようなものになる。
そしておそらくは採集型の社会で生きていて、薬などの入手が難しかったであろう彼女にとって、食中毒などの脅威は相当に恐ろしいものであったと思われる。
「んー、どんな魔物も内臓を避けて、中までしっかり火を通せば食べられるものだけど」
「理屈ではそうだとわかっているのですが……」
「未知というのは、どうしても怖いというわけね」
申し訳ありませんと、そう頭を下げるエゼルミアだが、そんな彼女に対して優香さんは気にした風もない。
「気にすることはないわよ、臆病ってのは生きてく為に必要な武器だからね。そんな理由なら仕方ないわ、こっちで対策を考える」
と、あっけらかんと言い放つ優香さんに、僕らは頭を下げる事しかできなかった。
そんなやり取りから数時間後。
「本部から連絡が来た」
開口一番にそう口にしたのは吾郎さん。どうやらあれからすぐに地上のダンジョン管理本部まで足を運んでいたらしい。
なんでも前例のない状況なので、報告書だけではなく実際に僕らを見た印象などをお偉いさんに説明する必要があったとの事である。
「おかえり、思ったより早かったね」
「ダンジョン内部の話だからな、政府も俺らにゃ強くは言えんさ」
『奈落』という力こそすべてな無法地帯。
そんな無法地帯を管理下に置くための実力部隊である彼らには大抵の事は現場の判断で許される権限が与えられており、時と場合によっては超法規的手段も許されるとのことである。
過去、ダンジョン内を通じて交流を持った世界で平和条約を結んだ国。
そこは条約締結の翌日に条約を破棄し、侵攻を仕掛けてきたという事件があったらしいのだが、それを察知した優香さんが侵攻部隊を全滅させ、逆侵攻を掛けてその国の首脳部を文字通り皆殺しにした事があったらしい。
そして、その世界との入り口を完全に封鎖してから『現場の判断』で事件を政府に報告したらしいのだが、そんな真似をしでかしても無罪放免になったというのだから恐ろしい。
また他にも『異世界召喚』などという美辞麗句で他世界の住民を拉致していた世界、『異世界転生』という名目で死者の魂を弄んでいた超存在。
何十、何百という数のそれらを半ば独断で滅ぼし、『現場の判断』で何一つ悪びれずにいるという。
……あれ?この人ら、すんげえ性質悪くね?
「失敬な、あたしらはあくまでもお国のためを思ってだね……」
「そうだぞ。俺らみんな血税で育ててもらったわけだからな。その恩を返すために心を鬼にしてやってるのよ」
……シビリアンコントロール…………。
「あ~!?聞こえんな~!?」
……まったく、この人らは‥‥‥‥‥‥。