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3話 紫玉級ダンジョンダイバー


 神酒ソーマ、汐織さんがそう言っていた飲み物のおかげか、僕ので中で暴れていた意志はすっかりなりを潜めている。

 肉体的な疲労も、精神的な倦怠感もなく、完全なベストコンディションだ。

 さあ、これで僕が置かれている状況が説明してもらえるのかーーと思ったら、二度手間になるから森妖精エルフの少女の治療が終わるまで待って欲しいとの事である。

 拒否することなど出来るはずもない。

 そもそも彼女たちがその気なら、僕など一瞬でバラされて巨大ネズミの餌だ。

 しかしそうはならず、拘束は解かれ、唯一の荷物であるリュックサックも没収されず、『お腹がすいたら、これを食べてて』と僕も良く知る固形栄養食まで手渡される状況である。

 ここまで至れり尽くせりな対応を受けて、文句を言ったら罰が当たるだろう。


 ただ待っているだけというのも暇なので、周囲の様子を確認してみる。

 僕が座っているのは普通のソファー。

 テーブルを挟んで対面には汐織さんが座り、缶コーヒーを片手にスマホを弄っている。

 つい先ほどまで彼女の下半身は巨大な蜘蛛のそれだったのだが、今は普通に人間のそれである。

 『椅子に座るには邪魔でしょ?』と簡単に言っていたので、どうやら自在に姿を変化させられるらしい。

 ちなみに服装は上半身は変わらずデニムのベスト。下半身も同じ生地を使ったデニムパンツで足元はクロックスという、先ほどまで化け物相手に無双していたとは思えない格好である。

 周りの光景は、これもまたありふれた普通のロビー。

 そこいらのオフィスビルにお邪魔すれば、どこでも似たような光景が広がっているだろう。

 ……一歩外に出れば、巨大なネズミやゴキブリ、蝙蝠などが襲い来る危険地帯であるというのに、思わずそのことを忘れそうになる。


 「あー、色々と疑問に思ってるだろうけど、ちょーっと待っててね。話すと長くなりそうだから、全員集まってから話したいのよ」


 きょろきょろと忙しなく視線を動かす僕を見かねてか、汐織さんがそんな事を口にする。

 いや、それは全然かまわないのですが……って、『全員集まってから』?

 たしか森妖精エルフの女の子の治療が終わるまでって話じゃ……

 と、そんな疑問を口に出す直前に自動ドアが開き、外から数人の男女が入ってくる。

 そしてその全員が、汐織さんや美卯さんと同じ首飾りを付けていた。


 「ただいまー。えーと、その子が報告にあった漂流者?」


 「おかえり、早かったね。うん、それともう一人いるけど、今は美卯っちが薬を飲ませてる。もうすぐ終わると思うよ」


 入ってきたのは男性が3人と女性が2人。

 男性3人がずいぶんと個性的な容姿をしているのに対して、2人の女性はこれまた美人揃いである。


 先頭を歩いていた男性は、なんというか球形であった。

 年のころは20才くらいだろうか、身長は160をいくらか超えたくらい。

 しかし、その横幅は広く、体は分厚く丸く、まるで手足の付いた大ダルマといった感じである。


 次いで入ってきたのは、凄まじいまでの巨漢。

 肩まで伸びた天然パーマの黒髪と、もじゃもじゃの髭のおかげで年齢は掴みにくいが、背丈は3メートルに迫るのではないだろうか。

 また体格もごつごつとした骨太な巌のごときものであり、並のヒグマ程度が相手なら力で捻じ伏せられそうな偉丈夫だ。


 その次に並んできた黒人の男女はおそらく兄妹だ。

 年齢は多分30前、漆黒の髪に、黒檀の肌。そして男性の方は右目が金に左目が蒼。女性の方は逆に右目が蒼に左目が金のオッドアイ。

 両者とも中肉中背であるが、まるで古代ギリシャの彫刻が命を持って動き出したかのような、そんな美貌を持った兄妹である。


 そして最後の一人は小柄な女性。

 おそらくは僕と同年代。つまり多分15才~16才。身長は150cmあるかどうかといったところか。

 ベリーショートの髪に丸眼鏡をかけた、どこか小動物を思わせるような愛嬌たっぷりの可愛らしい女性であった。


 彼らは僕を興味深げに見ると、友好的な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 最初に声を掛けてきたのは、大きな球形の男性。


 「性癖は奴隷ハーレム。紫玉級ダンジョンダイバー、『刃の嵐ブレイドストーム』『人間にして次元神たるもの』五十嵐いがらし吾郎ごろうだ、よろしくな」


 第一声がそれかい。

 自己紹介の最初が性癖っておかしいだろ、おい。

 と、混乱する僕に畳みかけるように声を掛けるのは、オッドアイの持ち主である美しい兄妹。


 「性癖は男装少女。紫玉級ダンジョンダイバー、『鳥人』『人間にして天空神たるもの』武林たけばやし瑠偉るい。愛の兄だ、よろしく」


 「性癖は女装少年。紫玉級ダンジョンダイバー、『超人』『人間にして大地神たるもの』武林たけばやしあい。瑠偉の妹よ」


 ……いや、だからね?

 ここじゃ最優先で性癖を教え合わなきゃいけないの?

 しかも、ギリシャ彫刻みたいな美形が大真面目に『男装少女』だの『女装少年』だの、シュールにも程がある……


 「性癖はデブ専の逆ハー、100キロ以下は恋愛対象外ね。紫玉級ダンジョンダイバー、『黄金剣』『人間にして猿神ハヌマンたるもの』猿渡さわたり優香ゆうか


 ……だーかーらー!

 なんなの?いったいなんなの?地獄か、ここは?

 だいたい、僕と同年代の女の子の性癖がデブ専の逆ハーって、なんなの?どうなってるんだよ一体?


 「……お前ら、一般人をからかうのもいい加減にしろ」


 ……からかう?ああ、そうだよねと、藁にも縋る思いで残る最後の一人であった、巨漢の偉丈夫を見上げる。

 天然パーマな長髪の隙間から覗く彼の瞳は驚くほどに穏やかで理知的で、この人の言葉ならば信じられるとーー


 「性癖はドラゴンカーおせっせ。紫玉級ダンジョンダイb」


 「虚偽の性癖情報を流すな」


 「ひでぶゥッ!!」


 横から口を出してきた汐織さんに、偉丈夫が回し蹴りを放つ。


 文字通り目にも止まらぬ速さ、音速を超えたスピードで振るわれた足は衝撃波を放ちつつ彼女を捉え、汐織さんをはるか彼方まで吹き飛ばす。


 「……紫玉級ダンジョンダイバー、『大巨人デイダラボッチ』『人間にして巨神たるもの』岩清水いわしみずひろしだ」


 「えー、ふつー」


 「ヒロちゃんってば、なに綺麗に纏めようとしてるのよー」


 「そうだぞー。こんな奈落の底だからこそ、遊び心が大事なんだって」


 「俺ら同士でじゃれ合うんならともかく、右も左もわかってない素人を巻き込むな。しかもお前らの性癖自体は事実じゃねえか。どこまで冗談かわからねえよ」


 ……ああ、そうか、事実なのか。

 と、遠い目で現実逃避を始めた僕の事などお構いなしに会話を続ける彼ら5人。

 森妖精エルフの少女の治療を終えた美卯さんが僕らを呼びに来たのは、その数分後のことであった。





 「はあ……、混乱させちゃったみたいね。ごめんね、みんな、悪ふざけが大好きだから」


 「いぇーい」


 「うぇーい」


 苦虫を噛みつぶしたような顔で声を絞り出す美卯さんと、その横で囃し立てる武林兄妹。

 大人ってのは、もっと落ち着いてるものだとばかり思ってたんだけどな……


 「あと、私の自己紹介がまだだったわね。紫玉級ダンジョンダイバー、『仁術の申し子』『人間にして医神たるもの』薬師寺やくしじ美卯みうよ」


 「ちなみに性癖は、愛が重い系の幼馴じm、へぶらっ!!」


 美卯さんの後ろでそんな事を語る汐織さんに、美卯さんのアッパーカットが決まる。

 座った状態から上半身の捻りを使い、生み出された力を余すところなく拳に乗せる、芸術的なまでの一撃だ。


 「馬鹿は放っておいて……さて、君たちの名前とここに来ることになった経緯をもう一度お願いしてもいいかな?」


 「東京都S区在住、山岸庸次です。T大付属高の一年生、15歳。電車に乗って、新宿で降りたはずがこんなところに来てしまいました」


 「“光る風の森”に住まうエルフの一部族、“紫紺の蕾”が一人、エゼルミアといいます。141歳。海より上ってきた侵略者を相手に戦闘中、足を滑らせて川に落ちたところまでは覚えているのですが……

  気づいたら、あの石の塔が並ぶ街で正気を失った状態で暴れまわっていました。改めてお礼を述べさせていただきます」


 鈴を転がすような美声で訥々と語り、深々と頭を下げる少女。

 無人の新宿で俺が襲い掛かった相手であり、つい先ほどまで美卯さんが治療をしていた相手でもある。

 まるでアニメの世界から飛び出してきたかのような幻想的な可愛らしい少女であり、何気に彼女を見る、いつの間にか復活した汐織さんの視線に邪なものが混じっている気がする。


 「エゼルミアちゃんね、あたしの名は東雲汐織、君の純潔を狙っている!」


 「ちょっと黙ってろ、そこのスパイダーUMA」


 「あべしッ!」


 何度目になるのだろうか、常人ならば即死するような一撃を、コントの突っ込みの感覚で受けた汐織さんが吹っ飛んでいく。

 ……まったく話が進んでないような気がするのは、間違ってないよね…………?

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