18話 狩りの準備
「むーかーつーくー!」
「……あの」
「むーかーつーくー!!」
「……エゼルミアさん?」
軽々しく声を掛けれないような、そんなピリピリとした雰囲気を隠そうともしないままにエゼルミアは歩く。
そして、ある場所でピタリと止まり。
「食べるわよ」
「…………はい?」
「ヤケ食い!そして栄養付けて、明日からガンガン狒々を狩るわよ!とりあえず今回の駆除依頼のノルマ総数、他のダンジョンダイバーが未達分は全部わたしたちでやるわ!」
「いや、流石にそれは無理……」
「やるの!あのすました綺麗な顔を、ギャフンと言わせてやるんだから!」
と、そんな風に怒りを隠そうともせずに叫び、足を止めた場所の目の前にある暖簾をくぐる。
いや、あの……エゼルミアさんー?
「メンカタメダイ、ヤサイカラメマシマシ、ニンニクフツウ」
チャレンジャーだな……
あの小さい体の、どこにそんな入るのか。
いや、この濃厚こってりで油ギトギトな系列店を選ぶあたり、やけっぱちになっている可能性も。
しかし彼女がこうして注文をだした以上、自分は知らんぷりなんて真似ができるはずもない。
それはそのまま、全国5000万人のジロリアンを敵に回す行為なのだから。
「メンフツウ、ヤサイマシ、カラメニンニクマシ」
ただ今の時刻は午後の4時、夕食が入らず大量の夜食が食べたくなるなんてことが無いように、ボリュームは控えめで。
ラーメン通を名乗るにはまだまだ未熟なこの身ではあるが、ラーメンを食べるならば他の余分なことは考えずにラーメンの事だけに
集中したい。
そして、親の仇のような勢いでラーメンを掻き込むエゼルミアを横目で見ながら、僕は僕で久しぶりのラーメンを堪能する。
……自分よりも激しく怒っている人が横にいると冷静になるってのは本当だよな。
僕がこうして落ち着いていられるのは、エゼルミアがこうして怒ってくれたからだろう。
ならば、僕の役目は彼女の行動を見ながら、落ち着いて全体を把握することだ。
と、僕もこの時は自覚していなかったが、つい今朝まで僕の頭から離れずにいた暗い思いは、綺麗さっぱりと消え去っていたのである。
そして食事の後は、準備、準備、そのまた準備だ。
まずは泊りがけで駆除を続けるために、寝泊まりをするテント。
これには魔物避けの呪が仕込まれており、テントを組み立てた状態ならば半径20m以内には魔物はまず近づけないし、飛び道具を使って襲う事もできない。
階層に応じて強さの異なる呪が使われ、当然深層用になるにつれて値段は上がっていく。
今回の地下28層での使用ならば、地下40層までの使用を想定された中層用1型で十分だ。
長期間、森に籠るための食糧。
とりあえず一般的なものとしてはレトルトの麦飯とフリーズドライの味噌汁を数種類。
それにドライフルーツとナッツ類、チーズにビタミン剤も忘れずに。
携行食には板チョコとゼリー飲料を用意した。アウトドア……特に今回のように長期間かつ強度の高い活動では携行食の重要性は非常に高い。
もしも遭難したり動けなくなったりした場合は、最後の命綱になることも十分に考えられるので、多めに準備する。
僕たちのみに必要なものであるが、魔物肉。
泊りがけで駆除するからといって、魔物肉の摂取を怠るわけにはいかない。
なので一度家に戻り、魔物肉を使った常備菜を作ることにする。
まるまる一匹確保しておいた、地下81層に出没する巨猪。この肉をミンチにして、そぼろにする。
今回の予定は4泊5日。一日の最低摂取量が400gだから、必要なのは二人で4kg。
アクシデントに備えて、6kgも作っておけばいいだろう。
ついでに体を温めるという効能も期待してショウガを多めに入れ、さらに塩味を強めに効かせる。
……うむ、普通に美味しい。帰ったらもう一度作り直すとしよう。
これをいくつかのタッパーに分け、僕とエゼルミアで半分づつ持つ。
行動を共にする疾風丸の事もある。
疾風丸用のドッグフードを余裕をもって準備し、トレーナーさんに長期間のレンタルする旨を連絡して申込用紙に記入。
水については、この世界独自の魔術具を使わせてもらう。
見た目はどこにでもある、竹の水筒。
しかしその底には仏教における十二天が一つである水天の梵字が刻まれており、魔力を注ぐと清水が湧くというものである。
おのれ……僕たちが部活中、水の確保にどれだけ苦しんだことか……
いや、過去を振り返るのはよそう。今は手持ちの道具をいかに使って狒々を駆除するかだ。
この水筒が予備を含めて1人2つ。
アウトドアに限らず、人の活動に水の確保は最重要事項。保険は掛けておくに越したことは無いだろう。
さらにランタンやガスコンロといった明かりや燃料類。
ザイルに着替え、毛布といった雑貨類。
そして、僕のダマスカス鋼のフクロナガサにエゼルミアの山刀などの武器類一式。
無論長期戦になる事も考えて、手入れ道具も忘れない。
次いで、汐織さんからお守りとして渡された古の印をポーチに入れる。
地下28層の地形については宝玉に地図が保存されているし、現在位置も表示されるので問題ない。
「こんなものかな……?」
思いつく限りの道具を用意し、リュックに詰める。
相棒がその気になっているのだ、僕にはその思いに全力で応える義務がある。
--さあ、本気の狩りを始めよう。
「偶然に庸次くん達と会ったから、煽っておいた。あんな感じで良かったか?」
「上出来。悪いね、憎まれ役をさせちゃって」
「なーに、あれはオレの……いえ、わたしの本音でもあるからね。あれで本当に追いついてくれるならいくらでも憎まれるし、追いついたのなら土下座したっていいわ」
「おい涼子よ、口調を地に戻してまで言う事なのか?」
「当然。だってわたしにとって大切なのも信頼してるのも、みんなだけっていうのは本当。でも彼らがわたしたちに追いついたら……、わたしたちが『特別』じゃなくなる日が来たら素敵だと思わない?」
「……ああ、そうだな」
「本当にそんな日が来るのなら、ね」
「ちょっと、夢の無い事を言わないでよ」
「いや、壁を超えさせるのに怒りのパワーを使うのは定石だけどさ、あんな煽り方をして潰れたらどうするんだよ」
「庸次くん、悩んでるみたいだったからね。だから鬱屈した思いのベクトルを誘導しただけじゃん」
「危ない橋を渡るなぁ。パワハラと紙一重じゃねえか」
「反骨心を刺激するのは、逆境を乗り越えるために必要なモチベーションを得るために一番手っ取り早いからね。ただ相手を否定するんじゃなくて、そのイライラの矛先をきちんと望む方に向けてやるのが大事」
「……そのうち刺されるぞ、お前」
「覚悟の上よ」
「ん、じゃあこれからについてだけど、庸次くんたちの行動を隅々まで監視。たまーにちょっかいを出して、刺激を与えながら周囲に変わった事がないか調査って感じでいいかな?」
「だね、今のところ不自然なところもないし」
「でも、しばらくの間みいちゃんが留守にしてるからね。無理は禁物だよ」
「わかってるわ、こっちでも地下255層の制圧を急いでる。ここを勢力下に置けば簡単に干渉はされないはずよ」
「へえ、やっぱりあそこは特別だったのか」
「どうやらあそこが邪神の王が創造した世界との境界線っぽいのよね。東京の外は神話生物の巣窟よ」
「了解、そっちは任せるわ。その代わりに上は任せて。あいつらには指一本触れさせない」
「ええ。--さあ反撃を開始するわよ」




