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17話 挑発


 地下28層の第5ベースキャンプから式神の強力ごうりきが運ぶ籠に乗って、約一時間。

 28層の入り口付近に設置された第1ベースキャンプに到着する。

 周囲の環境は高度3000m超えの高山、その山頂付近に建てられた山小屋に入り、手続きを済ませて地上へのワープゲートへと移動する。

 このワープゲートは吾郎さんが次元の裂け目を創り、そして固定化したものだ。

 使用料のイメージは新幹線程。行き先の階層に応じて値段が変わり、ほぼノータイムで移動が可能という神の御業としか思えない技術である。

 そして第1ベースキャンプに向かうまでの籠を運んでいた式神。

 これは現在、関西の『三つ巴螺旋』を探索中の『人間にして星神たるもの』が作り上げた、魔力さえ注げば誰でも使える符術で作成されたものである。

 いわゆるファンタジーものの小説に出てくる土人形ゴーレムとほぼ同等の性質と性能を持ち、また内部に組み込まれた魔物避けの呪によって魔物に襲われることもない。

 魔物を完全に駆逐し、また新たに発生もさせないための結界を張っているのは地下3層以上。

 それより下層で生活する人間にとってーーダンジョン内部に生活基盤を移した異世界人を含むーー、生きてくために必要不可欠な耐久消費財扱いでもあったりする。


 当人たちはただの半神半人だとか言ってたけど、こんなものを作れるとかフツーに超越者だよな、あの人ら……


 そしてワープゲートを潜り抜け、僕らが深坂区の中央駅に出たのが朝の9時半。

 さて、これから何をしよう……


 「一度家に戻るよ。着替えて、そこから一時間後に最寄り駅に集合。いいわよね?」


 「……らじゃ」


 僕に考える暇など与えないと言わんばかりに、これからの行動が仕切られる。

 一人になったり余計な時間があったら、また暗い方向に物事を考えてしまうと読まれているのだろう。

 たしかにこうして振り回されている時は、他の事を考えなくてもよい。


 「時間厳守でね。変に時間を掛けて、余計な事を考えないよーに!」


 「いえす、まむ!」


 そんな会話を交わしながら電車を乗り換えて借家へ向かう。

 深坂中央駅から急行でおよそ20分の運動公園前駅、そこから徒歩10分の距離にある、キッチンと水回りを共有する一部同居型の二世帯住宅。

 商店街からも徒歩5分と、いくらか訳アリではあるものの、ここが実に住み易い我ら二人のホームである。

 なんで二人で二世帯住宅に住んでいるかというと、瘴気に汚染されたこの身の浄化のためだ。

 浄化に必要不可欠な魔物肉。それを毎日摂取するためには、どうしたって僕とエゼルミアは同じメニューを食べねばならない。

 必然的に最低でも調理と食事は共にしなければならないのだが、そのためには生活を共にするのが一番効率的だ。

 かといって、一つ屋根の下で生活するには無理がある。……主に、僕の精神衛生上で。

 ということで最初の頃は同じアパートの隣部屋を借りて暮らしていたのだが、汐織さんがどこからかこの家の話を聞いて僕らに持ってきたのである。 


 ちなみに訳というのは、この家に住んでいたダンジョンダイバーは、ほぼ全員が入居一月以内にダンジョン内で変死するor行方不明になると言うものだったのだが、その原因はすでに解明され、解決済みである。

 解決のために知恵を出してくれた『シティガンナーズ』には、その意味でも感謝しかない。

 なお、僕らやシティガンナーズが解決できなかった場合は、紫玉級の人らが直接出張る予定であったと。

 汐織さんが言うには『人の命を数で数えなくならなきゃいけない立場になったから、こんな口実でもなきゃ、たった月に数人の被害の事件のためには動けないのよねー』とのことであった。


 ……偉くなんて、なるもんじゃないよね。


 「さあ、ちゃっちゃと着替えて、すぐに出かけるわよ。こーゆーのは、勢いが大事だからね」


 うん、確かにエゼルミアの言う通りだし、なによりこんな事は今の立場でなければできない事だろう。

 頭を切り替えて、無理やりにでも楽しむことにするか。


 「なら運動公園にでも行こうか?たしか今日はフリーマーケットがやってる日だしね」


 「フリマ!いいよね。さあ、行こう!!」


 と、そんな満面の笑みを浮かべるエゼルミアを見て、たまにはこんな日も悪くないな、なんて思えるのであった。





 「……なに?あれ?」


 「良い子は見ちゃいけません」


 運動公園で開かれるフリマを目当てに足を運んだ僕らであったが、当の運動公園付近は異常な熱気に包まれていた。


 『かなまら!でっかいまーら!!』


 『かなまら!でっかいまーら!!』


 『かなまら!でっかいまーら!!』


 『かなまら!でっかいまーら!!』


 なぜに神奈川は川崎の金山神社。その、かなまら祭りが開かれてるん……?

 この場所は東京都は新宿の地下に広がる『深坂区』。その中央部に対するベッドタウンの運動公園前駅周辺だというのに……


 「かーなーまーら!でっかいまーらぁ!!」


 と、放心していた僕の目に入ってきたのは、ひときわ目立つ美声で掛け声を張り上げていた一人の麗人。

 紫玉級ダンジョンダイバー『人間にして破壊神たるもの』のリョウさんだ。

 あの人は誰もが目を奪われる美貌をひけらかし、男性器を模した神輿を台車に乗せて曳いている。

 そして無意味な程に楽し気な顔で神輿を曳き、缶ビールを片手に持って笑っていた。


 「なにをやってるのだろうか、あの人……」


 「ちょっと行って、聞いてくる?」


 「そーするか……」


 ここで見ていても始まらないと、リョウさんの元へ向かう事にする。

 で、この神輿の練り歩きが一段落したら改めて話すという約束を取り付け、それまでは祭りを楽しんで来いと放り出されることになった。


 ……あの、こんな下ネタオンパレードなお祭りをエゼルミアと一緒に回れというのは、拷問ではないでしょうか?


 「……リョウさん、いったいあんなところで何をやってたんです?」


 「何って、ただお祭りに参加していただけだが?」


 「『ただ』って……かなまら祭りがなんで深坂区で行われてるんですか?」


 「そりゃあ、地下28層で行われてる狒々の駆除。それで解放された瘴気の消費のためだな」


 と、祭りが一段落した後、近くのファミレスでコーヒーを飲みながら、何でもない事のように語るリョウさん。

 詳しい話を聞くと、ダンジョンの魔物というのは人間の負の想念ーーいわゆる瘴気が具現化・物質化し仮初の命を得たものが大半だという。

 そして今回のように大量の魔物が駆除されると、それらの魔物を構成していた瘴気があふれ出る。

 その大量の瘴気を祭りという神事を行う事によって集積し、さらにお祭り騒ぎによって消費するのだという。


 「瘴気版のマネーロンダリングというか……まあ、本来ならば使えないエネルギーを一時的に使えるようにして、それを街の活力に変えるってわけだ」


 わかったような、わからないような……


 「ちなみに、金山さまを勧請して、かなまら祭りをやってたのはお祭り騒ぎをやりやすいからだ。なんだかんだで『深坂区』も夜の街関係の人間は多いからな、彼ら彼女らが羽目を外すには最適だろ?」


 想像以上に実利的な理由だった!?


 「今回の狒々の駆除。お前ら二人の活躍は聞こえてきてるぜ。『創造神』『賢神』『鬼神』は忙しくて手が離せないからな、報告はまずオレの所に来るんだ」


 「はあ……」


 そこまで話したところで、リョウさんの顔が悪戯っ子のように歪む。


 「ちなみにあのノルマな。あれは未達が前提で組まれてるんだが……気付いてたか?」


 「え?」


 「あの数字は、オレたち奈落担当の紫玉級12人が何もしなくても問題なくなる数字な。ぶっちゃけ、今回の狒々の駆除は一匹も駆除できなくても問題はなかったんだ」


 ……は?


 「美星みほしが……『人間にして星神たるもの』が創った式神の符術は知ってるだろ?あれのオレらしか起動できない特別版があってな。起動に時間はかかるが、2~3体も使えば地下28層で騒いでるサルどもを30分で殲滅できる」


 ……ということは。


 「オレたちが動けないってのは嘘じゃないぜ?ただ遠隔操作できる兵器があるってことを言ってないだけでな。依頼をだしてやらせてるのは、他の連中をサボらせないためよ」


 あ?なんだと?


 「どうせ、オレたち以外の人間に任せたって上手くはいかない。でも、何もやらせないのも体面がわるいからな。そんな訳で、一応は依頼をだしてるんだ、失敗が前提の依頼をな」


 ふーん……

 と、そこまで聞いたところで、僕の体が勝手に動く。

 テーブル越しにリョウさんの顔面に向けて、渾身の右ストレートを放っていた。


 「怒りでリミッターを外してこの程度。だからお前らを戦力に数えることはできないんだよ」


 しかし、僕の右拳はリョウさんの指一本で止められている。

 そしてリョウさんの顔に浮かんでいる表情は、失望でも怒りでもなく諦め。

 リョウさんの仲間以外が、自分と同じ領域に来れるはずがないという諦観であった。


 「なるほど……」


 そんな僕らのやり取りを横で見ていたエゼルミアが静かに声を出す。

 だがその声は、今朝、僕に向けられていたようなものではなく、底冷えのするような、静かな怒りを秘めたものである。


 「一つお聞きしたいのですが、ならば、わたしたちがリョウさんたちに追いつくまで、どれだけ待っていてもらえますか?」


 「いつまででも。100年でも、1000年でも、56億7000万年だって待っててやるさ」


 「ありがとうございます。……その余裕をいつか絶対に消して見せますね」


 その言葉にリョウさんは満足げに笑うと、伝票を手にカウンターに向かう。


 「その日が来ることを楽しみにしてるぜ」


 去り際に掛けられたその言葉が、妙に僕の耳に残っていた。


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