15話 将来の話
「よう、お疲れさん」
フードコートで夕食を終えてのんびりと談笑していた僕らに、そう声が掛けられる。
声の主は、ダンジョンダイバー登録の日からなんやかんやと付き合いのある『シティガンナーズ』の面々だ。
「お疲れさまです。みなさんもこっちを狩り場にしてたんですね」
「森林戦は銃器を扱う人間としての嗜みだからな『シティガンナーズ』なんて名前でも、市街戦専門って訳じゃねえよ」
この地下28層というのは山と谷、そして森林と湖で構成された階層だ。
ただ、その割合は山と谷が7割に森林と湖が3割。
標高3000mクラスの山々が延々と並ぶ山脈を、関東平野ほどの大きさに切り取ったといえばイメージしやすいだろうか。
そして僕らが拠点にしている第5ベースキャンプは、標高1200mほどの場所に広がる落葉広葉樹林の端に設営されている。
落葉広葉樹林という狒々ーー、猿の怪物にとっては実に棲みやすい環境で、実際にエンカウント率はこの地下28層でもトップクラスでもあるが、同時に奴らのホームでもある。
僕らにしても、登山部に所属していた僕と天然の山岳兵であるエゼルミア、そして狒々退治のスペシャリストである疾風丸。だれか1人でも欠けていたのなら、もっと安全な別の場所を狩り場に選んでいただろう。
「てっきり集落に隣接している、第8か第15ベースキャンプを拠点にしているものとばかり思ってましたよ。こっちにいると知ってれば、挨拶に伺ったんですが」
ちなみに、この地下28層から行くことのできる異世界は約20個。正式に交流を続けている幻想型世界が3つあり、その世界の人々が作り上げた集落が2つ存在している。
両方とも湖畔からせり出すように作られた人口200人ほどの水上集落で、採取される河真珠や魔石を日本へ輸出することで生計を立てている。
銃器を主たる武器とする彼らなら、射線を確保しやすい集落周辺の方がはるかに戦いやすいはずだ。
……でも信じられるか?幻想型世界出身の人間しかいない集落なのに、金貨や銀貨よりも日本円の方が強いんだぜ……?
「気を使う必要なんかないって。俺らとあんたらは兄弟みたいなもんだからな。お互いに紫玉級の人らを親とした五分の兄弟分だ、仲良くやろうぜ」
と、こんな感じで『シティガンナーズ』の方々は、あの一件から妙に距離が近い。
それがかつての彼らと僕らをダブらせているが故の親近感なのか、それとも他の理由によるものか。
はたして本当の所はわからないが、彼らのような若手ダンジョンダイバーのホープとコネがあるというのは、なんだかんだで助かっている。
……なにしろ汐織さんたちのコネってのは相手が雲上人ばかりで、僕らのような一般ピープルには過剰なケースが多いからなぁ。
「あ、それで『シティガンナーズ』の皆さんは、今日の戦果はどんな感じだったんですか?わたしたち『Y&E』は、ノルマ100匹の所を110匹だったんですが」
アルコールで口の軽くなったエゼルミアが、気持ち良いくらいのドヤ顔でそんな事を言う。
まぁ、彼女がドヤ顔になるのも無理はない事で、依頼の発行から今日で3日間。その3日間すべてでノルマ達成できているのは、僕らを含めてもほんの一握りだったりする。
理由としては、やはり依頼を受けたダンジョンダイバーが安全マージンをかなり多めにとる傾向があるためだろう。
赤玉級以下のダンジョンダイバーなら、死ねばそこまで。
狒々の駆除は、たしかに短期間で大金を稼げるボーナスステージではあるが、あくまでも命があっての物ダネであるし、赤玉級にまで昇りつめたダンジョンダイバーならば基本的に金に困ることは少ない。
金が必要ならば別の方法を探せば良いのだから、目の色を変えて狒々を狩る必要は無いのである。
ぶっちゃけ大金を必要としている赤玉級など、副業で事業を起こして失敗したか、先物取引に手を出して大損を出したごく一部くらいのものだ。
そして青玉級ダンジョンダイバーならば死んでも宝玉さえ回収できれば蘇生は可能だが、新しい肉体の生成やらそれに慣れるためのリハビリやらで相当な手間と時間が掛かるらしい。
従って、ダンジョンダイバーはたとえ1%でも死の危険があるのなら即撤退が定石。
フィクションの世界の『冒険者』とは違うのだから、無駄な冒険をする必要などないというのが主流の考えだ。
僕らも僕らなりに安全マージンは取っているつもりであるが、他のダンジョンダイバーに言わせると、それでも危ない橋を不用意に渡りすぎだとのことである。
そんな訳で、今回の狒々の駆除は全体の予定数を大幅に下回っているのだが……
「俺らもノルマは達成したぞ。青玉級のノルマは1人1日80匹で、俺らは6人パーティーで480匹。で、今日の駆除数は570匹。こんなもんだろ」
どうやら彼らは、『冒険』をしながらハック&スラッシュに励んでいるようである。
「負けた……」
「ふ、励めよ若者。そしていつか、我らの背中を越えていくがよい」
何気にガチで落ち込んでいるエゼルミアと、得意げな表情の『シティガンナーズ』のリーダー、百瀬さん。
しかし正直なところ、『シティガンナーズ』がここまで熱心に狒々の駆除をする理由が思い浮かばない。
「いやいや、金は必要だぞ?なにしろ俺らの場合は、弾薬費が半端ないからな」
たしかにそれも理由の一つだろう。
僕が使っている槍のような刃物ならば、手入れさえしっかりしていれば繰り返し使える。
エゼルミアが普段使っている山刀も同様で、ときおり使う弓矢にしても射た後の矢は回収して再利用するものだ。
それらに比べれば、たしかに彼らは金をばらまきながら戦っているようなものではあるが……
「じゃあ、なんでそんな自転車操業を続けているんです?」
弾薬費が半端ないのというのならば、狙撃中心の戦術に変更するなり、それに見合った大物を専門にするなり、いくらでもやりようはあるはずだ。
彼らはスタイルを変えないのに、こうして狒々退治に必死になっているのはあまりにも非効率に過ぎる。
つまり、なにか別の理由があるはずなのだ。
「あーそうだな……、まあ、あんたらなら話してもいいか。俺たちは紫玉級への昇格を目指してるんだ」
「はい?」
「だから、紫玉級への昇格」
「まぢですか?」
「当然。理論上は可能なはずだからな」
ぶっちゃけ信じられない。彼らは、汐織さんたちと同じステージに上がろうとしているのか。
「俺たちはみんな、あの人たちに助けられたんだ。命だけじゃなく、心までな」
そんな感じで訥々と語られるのは、彼らの覚悟。
あの人たちに助けられた恩を返すにはどうすればいいのか、彼らなりに考えて、考えて、考えて……そして、出した結論とのことである。
……汐織さんたちは強い。
だからこそ彼女らにばかり頼ることなく、続く人間がいなければならないというのが彼らの持論だった。
たとえ不安定な自転車操業でも、とにかく実績を残しまた自分たちを成長させるための道を選び、進んでいるのだという。
「ねえエゼルミア。あの人たちの言葉をどう思った?」
「まだ、わたしにはわからない」
『シティガンナーズ』の面々と別れた後、すっかりとの酔いの醒めたエゼルミアに話を振るも、彼女も戸惑っているようである。
「目の前の事で精一杯だったから、そんな先の事なんて考える余裕はなかったよ」
「だよね」
瘴気に汚染されたこの身の浄化。そしてダンジョンダイバーとしての活動。
やらねばならない事が多すぎて、将来の事などまるで考えてなどいなかった。
しかし、将来の事を見据えて活動してる人と出会ってしまった。
あの人たちの境遇は、僕たちと似ている。
ならば僕たちも、いつか彼らと同じ悩みを抱えることになるのだろうか?
すっかりと冷めてしまったお茶を前にして、僕はそんなことを思っていた。




