14話 これからについて
「黒猫パンケーキ!みゃん、みゃん……りぴーと・あふたー・みー!」
「汐織さんってば、いきなり現れて、なにを言ってるんですか」
「いや、ちょっとロリショタエキスの補充に」
「エキス言わんでくれますか」
「いや、ちょっとロリショタパゥワァーの補充に」
「言い直しても、たいして変わってませんよ」
疾風丸をトレーナさんの所に戻し、ベースキャンプのフードコートで極上のパンケーキに魂を飛ばしていた僕たちに、どこからともなく現れてそう声を掛けてくる汐織さん。
相も変わらず、どこまでもフリーダムな人である。
「汐織姉さまも、ここのパンケーキを食べに来たのですか?」
と言うのは、ただでさえボリュームのある3000円パンケーキ、それの2皿目を平らげようとしているエゼルミアだ。
ちなみにエゼルミアの『姉さま』呼びは、汐織さんの強い希望によるものである。
汐織さんの希望をエゼルミアが了承した時の『見よ!この溢れる、おねロリの波動を!!』と絶叫していたときの顔は、実にドン引きモノであった。
それはさておき、
「それも捨てがたいけど、今日の用事は業務連絡ね」
と言った瞬間、声に真剣な気配が混じる。
普段は底なしにはっちゃけているが、やはり彼女も最高峰のダンジョンダイバーの一人だ。
冗談で済ませられる領域と、済ませられない領域の区別はしっかりと付けている。
「わたしたち超深層探索班は、明日から奈落の地下255層の探索を再開することになったわ。最低でも地下255層の実効支配を終わらせるまでは上がってこれないと思う」
「幸運をお祈りします」
この3か月の間、彼女たち超深層探索班7名はなんだかんだで僕たちのことを気にかけてくれていた。
一度超深層に潜れば簡単には地上に上がれないと、ダンジョンダイバーとして生きていくためのノウハウを叩きこんでくれたのである。
さらには流通業者へと顔を繋いでくれ、通常では手に入りにくい魔物肉など奈落深層で採取される食材を入手する伝手を作ってくれたりもしてもらえたのだ。
僕らが大きなトラブルもなくダンジョンダイバーとしてやっていけるだけでなく、意志に呑まれずにいるのは、汐織さんたちの教育とコネがあってこそである。
なお、ダンジョンダイバーとして活動する際に彼女から借りたお金は、既に完済している。
「ん、ありがと。……で、これは他言無用でお願いしたいんだけど」
と、声を潜めて、
「上層警護班の『人間にして竜神たるもの』がゼウス様からの緊急要請を受けて、異世界での任務に就いたわ。時間の流れが違う世界らしいから、帰還時期は不明。
つまり、上層警護班といっても純粋な戦闘担当は『人間にして破壊神たるもの』だけになる。多分、上層警護班の4人は地下3層以上から離れられなくなるだろうね」
そんなことを言った。
『人間にして竜神たるもの』というと、いつぞやの悪ふざけで解説をしていた筋肉ダルマの人だったろうか。
そしてゼウス様って、あのゼウス様だよな。
この世界では三大宗教から空飛ぶスパゲティモンスター教まで、あらゆる神話や伝説の神々と悪魔・妖怪が実体化してるっていうのは本当だったのか。
「ぶっちゃけ『竜神』は、紫玉級28人のなかでも最強の存在だからね。あたしらの敵対勢力も、彼がいるってだけで身動きが取れなかった所が多いから、重石がなくなったことを察知されたら大騒動になる可能性があるわ」
抑止力というやつだろう。
圧倒的な武力を持った存在が睨みを効かせることで、敵対する相手の動きを封印する。
そしてダンジョン内の地下都市なんていう無法地帯で腕自慢のアウトローを含む住人にその気を起こさせないというのは、隔絶した武力差が無ければ不可能だ。
なんでも奈落を担当する紫玉級ダンジョンダイバー12名のうち、武力に特化しているのが『竜神』と『破壊神』であり、他のメンバーの得意分野は探索であったり移動であったり拠点の制作であったりと、武力について汐織さんに言わせれば『本職ではないが戦闘もできる』レベルに過ぎないらしい。
……どんだけ化け物揃いなんだよ、紫玉級。
「この世界で『悪魔』って呼ばれてる存在とは停戦条約が結ばれてるけど、たまーに愉快犯的な個体が脱法的な感じでちょっかいを出してくるのよねー」
「さいですか」
「あの連中、やり返されて消滅させられるのを承知の上で『堕落した人の魂を狙わねば悪魔ではない』なんて覚悟を決めて来るからね、気を付けて」
「それはまた……、悪魔なんて存在の癖に、なんと無駄に漢らしい……」
「言うほど立派な存在じゃないわよ。悪魔として生まれたってだけで悪魔であることを捨てられなかった連中が、自棄を起こしてるだけだから」
ずいぶんと辛らつな物言いである。
なんとなく私情が混じっているような気もするが、汐織さん的には『自分のやりたいことをやり通し、最後は笑いながら消えていく』タイプの悪党は許せない存在らしい。
なんでも、好き勝手やって他人様に迷惑をかけた挙句に勝ち逃げするような連中は虫唾がはしると。
やっぱり、過去にそんな相手に痛い目に遭わされたとか、そんな理由だろうか?
「ま、そんな訳でね、庸次くんたちに何かあってもフォローに行けない可能性が高いから、注意して」
「らじゃです」
……とは言うものの、僕らのやることに変わりはない。
彼女たちの力をあてにせず、自分たちの力だけで依頼を達成するために頑張るだけ。
たしかに汐織さんたち、紫玉級の方々にはお世話になっているし、気にかけてもらえるのは嬉しい。
しかし、いつまでも保護者同伴で仕事に出るというのも、なにか違う気がするのだ。
この点については、エゼルミアも同感らしい。
彼女曰く『これだけお世話になったのだから、一日でも早く独り立ちしなければ』とのことである。
僕としても他人の善意に甘えてばかりの状態は気まずいので、早く自立したいのは確かだ。
なので、ただ愚直に誠実に目の前の依頼を片付け、報酬を受け取り、独力で生きて、そして食べていかねばならない。
「あたしらとしては、義務教育を終えたばかりの子供が保護者もいない状態で働くのはどうかなー、なんて思ってるんだけど」
普段とは違う、年長者としての顔でそう口にする汐織さん。
その気持ちは嬉しいのですが、僕らにもプライドってものがあるのです。
ようやく一人前扱いされ始めたのに、汐織さんたちからは半人前として見られてるというのは悔しいのですよ。
「そっか、ならしょうがないね。……頑張りなさいな、少年」
……なんか、汐織さんに真面目な顔で言われると、めっちゃ恥ずかしいのですが。
そんな感じの話をした後、3人でパンケーキを平らげ、食後のお茶を楽しみ、シャワーを浴びて着替え、改めて夕食の席に着く。
この狒々退治の指揮を取っているのは有莉翠さんか、それとも晃さんか。
トップが兵站やキャンプの設備に偏執的なまでにこだわっているおかげで、ただのベースキャンプなはずのこの場所は、ちょっとした高級ホテル並みに快適に過ごせるようになっている。
そして、ここのフードコートでは一流シェフの手料理に加えて、持ちこんだ食材を使って自分たちで料理をしたりもできるのである。
汐織さんは明日の準備があると早々に帰っていったが、手土産としていくつかの食材を置いて行ってくれた。
無論この奈落の深層で獲れた食材であり、僕らのエンゲル係数を考えると高価な魔物肉の差し入れは非常にありがたい。
食材の内訳は、
地下81層に出没する巨大アライグマのモモ肉が10kg。
地下87層に出没する古飛竜の胸肉が30kg。
地下99層に出没する砂漠鮭が1匹。
と、ゲテモノ枠が多い魔物肉の中では比較的美味として知られているものである。
特に砂漠鮭は状態が良ければ料亭で出されていてもおかしくないような高級品で、市場にはめったに出ない幻の食材だ。
その味は繊細にして濃厚。
マリネにしてよし、塩焼きにしてよし、唐揚げ・フライにしてもよし……と、和洋中、どんな料理にも合う万能にして至高の食材の一つ。
今回は手堅く唐揚げとなって僕らの食卓に上がっている。
「ーーああ、この一杯のために生きてるわぁ」
「エゼルミアも、本当に染まって来たね……」
エルフの少女は砂漠鮭の唐揚げをレモンサワーで流し込み、至福の表情でそんなセリフを口にする。
なお、ダンジョン内においても飲酒は20才から。
従って登録上141才のエゼルミアがアルコールを口にしているのは、完全に合法だ。
外見が完全に犯罪という事は間違いないけどね!
「こんな凄い世界だもの、染まるのは当然だと思うけど?」
「そんな上京したての、田舎娘みたいな開き直り方を」
「いや、実際にコンビニどころか商店もなく、電気・ガス・水道もないようなド田舎だったし」
「電気・ガス・水道があるエルフの村って、いったいどんなんよ」
アルコールのせいか頬をうっすらと赤く染め、普段よりもずいぶんと饒舌になった彼女と、そんな軽口を叩きながら夕食を口にする。
僕の地球でも、これほど楽しく誰かと食事を食べれたのは何時以来だったろうかと、そんなことを思いながら、熱々の唐揚げを口に放り込んだ。