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13話 3か月後


 「はぁッ!!」


 気合の声と共に放たれた一撃が、猿の魔物ーー狒々ひひと呼ばれる人食い猿の首筋を切り裂く。

 ふと目を横にやれば、エゼルミアの放った毒矢の餌食となった狒々が数匹に、純白の霊犬ーー通称『退魔犬』と睨み合いを続けている、ひときわ大きな狒々のボス。


 僕らがこの世界に転移してからおよそ3か月。

 その3か月で僕らは透玉級から黄玉級まで階位をあげ、ダンジョンダイバーとして極めて順調な生活を送っている。

 黄玉級というものがどの程度かというと、28人しかいない紫玉級を除けば上から3番目。

 俗に世間一般で一人前のダンジョンダイバー扱いされ始める階位であり、ダンジョンダイバー全体でも戦力として頼りにされるようになる階位である。

 汐織さん曰く『ド〇クエで例えるなら“はがねのけん”と“てつのよろい”を手に入れたあたり』との事だが、わかりやすいような、わかりにくいような……


 閑話休題。

 今、僕らが受けているのは、奈落の地下28層で大量発生している狒々の駆除依頼。

 奈落に発生する魔物の中でも好んで人肉を喰らい、娯楽で人を殺す狒々は駆除の単価が高く、一匹ごとに5000円。退魔犬と睨み合っているボスのような大狒々ならば、一匹で8000円が支給される。

 そして僕らが遭遇したこの群れには30匹ほどの狒々がいる、それを殲滅させるだけでおよそ15万円の稼ぎだ。

 なお、この狒々の大量発生と駆除はこれが3日目なのだが、一昨日と昨日だけで200匹以上の狒々を駆除していたりする。

 無論この戦果は、僕らの力だけというわけではない。

 狒々の群れを探し当て、群れのボスを足止めしてくれる退魔犬の存在があっての事であるのは重々承知の上だ。

 退魔犬のレンタル代が一日で50000円、決して安いとは言えないが代金以上の働きをしてくれているのは間違いない。


 ちなみに駆除した数と種類はダンジョンダイバーの証である宝玉へと自動的に記録されるので、ネット小説のように討伐の証拠として対象の耳を削いだりする必要がないのは何気に嬉しい。


 「……ッ!」


 仲間の血に酔っているのだろうか、明らかに不利な状況だというのに逃げるそぶりも見せず、がむしゃらに襲い掛かってくる狒々の一匹の胸板にダマスカス鋼の刃を差し込み、そのままその体を盾として群れの他の個体を牽制する。

 そして、群れ全体の動きが止まったその瞬間ーー


 「イア!イア!ブバスティス!!」


 エゼルミアの口から魔力を宿した言葉が発せられ、同時に一本の矢が放たれる。

 その矢は、真っすぐに群れの中央付近にいた一匹に突き刺さり、



 GYIYAOOOOOOOO!!



 次の瞬間、矢の刺さった狒々は巨大な山猫へと姿を変えた。

 クトゥルー神話における旧神の一柱ブバスティスの力を宿した矢は、突き刺さった相手の体を乗っ取り、同時にブバスティスの眷属へと変化させる。

 古代エジプトにおいてバステトとも呼ばれた、猫の頭を持ちファラオを守護したという旧き神の眷属が、手当たり次第に狒々を喰い殺す。

 僕らの奇襲によって数を減らしていたとはいえ、それでも20匹近くいた狒々があっという間にその数を減らしていく。


 「はあああああああぁ!!」


 さらにその混乱に乗じて、僕は槍を手に乱入した。

 ただでさえボスの動きを封じられ、統率を失っていた相手である。

 超深層の瘴気を宿す僕ならば、この程度の相手は乱戦に持ちこめば巻き藁を切るよりも簡単だ。

 狒々の群れをあっさりと殲滅し、最後に残った狒々のボスに視線を向ける。


 ぎっ~~あ、あおぅ~~~!!


 ボス狒々は僕らを睨むと、怖気もよだつ威嚇の声を上げる。

 だが、これは己の部下を殺された怒りによるものではなく、自らの死を目前にしたことによる恐怖の叫びだ。

 さらに付け加えて言うと、この一手は目の前の退魔犬から僕たちに意識を向ける悪手でもある。

 事実、ボス狒々が叫び声を上げた直後に、特殊な訓練を受けた退魔犬は疾風のごとき速度で駆けだしていた。


 その退魔犬の名は『疾風丸はやてまる』。


 信州は駒ヶ根に伝わる霊犬『早太郎』……別名『悉平太郎しっぺいたろう』を祖に持つ、先祖代々より魔を討ち続けてきた日本屈指の退魔犬の血筋に連なる彼の牙が、ボス狒々の足を喰い千切る。

 そしてボス狒々が体勢を崩した次の瞬間、僕の槍はボス狒々のアバラ三枚下をーー心臓を、貫いていた。


 「お疲れさま。わたしたちの大勝利、だね」


 残心を残し、最後のあがきとも云える一撃を躱してボス狒々の絶命を確認した僕に、エゼルミアが声を掛ける。


 「うん、エゼルミアのおかげでね。疾風丸もお疲れ」


 その言葉は僕の紛れもない本心だ。

 僕らがこの世界に転してからの3か月の間、ダンジョンダイバーとして汐織さんたちの意見を聞きながら色々と試行錯誤をした結果、僕とエゼルミアの連携は黄玉級ダンジョンダイバーの中では頭二つほどとびぬけた戦闘能力を発揮している。

 実際にこの『大量発生した狒々の討伐』という依頼も受領が可能なのは黄玉級以上のみという条件なのだが、黄玉級で引き受けたのは僕らを含めてほんの数組。

 理由は語るまでもない。

 並の黄玉級では狒々の群れを相手にするには難易度が高く、そしてもし狒々に敗れれば楽な死に方はできないからだ。

 高い戦闘力を有するパーティならば大金を楽に稼げるボーナスステージだが、並のダンジョンダイバーではあまりにもリスクが高い。

 また、黄玉級からは実入りの良い依頼も増え、生活に困らない人間が多いというのも依頼を断る理由の一つだろう。

 そんなわけで、この狒々の討伐は主に青玉級と赤玉級の武闘派パーティーを中心に行われている。


 行われている……のだが、


 「今日のノルマはあと70匹くらいかな?いくら簡単な相手だとしても、この量はキツイよね」


 実際の問題として、青玉級も武闘派の赤玉級も絶対数が少ない。

 たしか、この依頼を受けたダンジョンダイバーは、奈落で活動中の青玉級のほぼすべてと、赤玉級の半数ほど。

 その総数は数百人。

 数百人で関東平野にも匹敵する広さを持つ、地下28層全域で狒々を掃討して回るのは中々の負担である。

 なんでもこのノルマは、観測された瘴気の変化から異常発生した狒々の全体数を割り出し、そこから個々の戦闘力に見合った数字を提示しているらしいのだが……、

 僕とエゼルミアのペアで、一日に狒々を100匹以上駆除するのを一週間も続けて欲しいとか、ダンジョンダイバーになって3か月の新人に振る仕事ではないと思う。


 「こーゆー手合いが一番怖いんだよなぁ……。生半可に簡単だから、どうしたって気が抜けちゃう」


 「それに、わたしと庸次くんと疾風丸が揃ってるから簡単なだけで、誰か一人でも欠けたら途端に難易度が跳ね上がるしね……」


 集中力が切れたり、唐突なアクシデントが死に直結する……とも言う。

 あと、どんな事でも慣れは油断を生む。

 車の運転とかで、運転に慣れて初心者マークが取れたばかりの人間に事故が多いとか、それと同じ話である。

 それか運転歴数十年のベテランが『自分に限っては大丈夫』で事故るパターン。

 この危険度が高い割りに単調作業にも似た駆除では、普段以上にヒヤリハットに注意する必要があるだろう。


 ……地下28層なんて人の出入りも少ないような場所なんだから、放置しても構わないのでは?


 と、僕もそんな風に最初は思ったのだが、なんでも魔物の大量発生を放置するとその層に近くの層から瘴気が流れ込み、爆発的に増えた魔物が階層を超えて暴れまわるらしい。

 そしてダンジョンというものの説明を受けた日に聞いたように、最終的には雲霞のような魔物の群れによる地上に向けての暴走が始まるのだとか。


 ならば、紫玉級の人が出ればいいのでは?


 とも思ったが、汐織さんが言うには『何でもかんでもあたしらが出たら“問題はすべて紫玉級が解決してくれる”という甘えが出る。少数の突出した個人の存在が前提となる社会は不健全だからね』だそうだ。


 「わぅ!う~、わぉん!!」


 そんなことを考えていたら、疾風丸が高く一声を上げて走り出す。どうやら次の群れを察知したようである。

 神の名を騙る、猿の化け物退治で知られる早太郎の末裔たる彼にとって、狒々は不倶戴天の怨敵であるらしい。

 まるでGの名を持つ害虫を狩る軍曹のように、体力の続く限り獲物を探し襲い掛かろうとするのである。


 「まったく働き者だねぇ、彼は」


 「本当に。彼に付いてく僕らのことも考えて欲しいもんだよ」


 エゼルミアとそんな軽口を言い合いながらも、疾風丸の後を追う。

 まあ、短時間で大金を稼げるボーナスステージであることは事実なのだ。

 安全マージンの確保だけはしっかりと取ればリターンは大きい。この機会にがっつりと稼がせてもらうとしよう。






 「お疲れ様ですー」


 「お疲れさまです、登録番号T-R2OC-1124、パーティー名『Y&E』ただいま帰還しました」


 「お疲れさまです、無事の帰還おめでとうございます。では早速ですが、宝玉の確認をさせて頂きます」


 時刻は午後4時30分、日が暮れる前にと早めに帰途についた僕らは大きなトラブルもなく、無事にベースキャンプに到着する。

 ちなみにこのベースキャンプは汐織さんたちがこの層を探索した時に設置したもので、魔除けの結界の他に、地上との通信機器や数十人が数か月の期間を立てこもれるだけの備蓄が常備され、入浴施設に一流レストラン顔負けの厨房なども設置されていたりする。

 そしてさらに、この狒々の駆除のために大量の物資が運び込まれ、いまやちょっとした要塞のようになっているのだ。


 これ多分、金を出してるのは深坂区なんだろうけど、あそこって本当に金持ってるよなぁ……


 「確認が終了しました。山岸さま、エゼルミアさま、本日のリザルトは狒々が106匹、大狒々が4匹ですね」


 「あ、それと『河真珠』を幾らか採取できたので、その買取もお願いします」


 河真珠とはその名の通り、流れの緩い大河や湖に棲息する大型の二枚貝の魔物から採れる真珠で、この地下28層の名産品である。

 色や形が不揃いのために装飾品には向かないが、魔力を多く含むので魔術や呪術の触媒としての需要が多いらしい。


 「かしこまりました。……確認ができました、河真珠が216g、本日の引き取り価格は1g50円ですので、10800円になりますね。総額で57万2800円、お二人の口座に半分づつのお振込みで構いませんか?」


 受付のお姉さんの言葉に首を縦に振ると首飾りの宝玉が淡く輝き、手続きが終わったことが知らされる。


 「うふふ、ずいぶんと貯まった」


 宝玉に記録された口座の残高を確認しているのだろう、エゼルミアがニコニコしている。

 3か月前は貨幣経済なんてものの存在も知らず、故郷では物々交換でいたと周囲を振り回してたのに、ずいぶんと馴染んだものである。


 「ねえ、晩御飯の前に、軽く甘いものでも食べに行かない?わたし、あの『パンケーキ』をもう一度食べたいな」


 我が国の総理大臣も頑張った自分へのご褒美として食べるという、某店の3000円パンケーキ。

 喰わず嫌いであったエゼルミアが汐織さんに勧められて以降、魂を奪われたと公言してはばからない逸品だ。

 深坂区でもそのパンケーキを食べれる店舗はいくつかあり、そしてこのベースキャンプに配属されたシェフは件のパンケーキを作れる一人だったのである。


 ……兵站に力を入れすぎだろ、深坂区の上層部。


 しかし、


 「軽く?結構ボリュームなかったっけ、あのパンケーキ」


 「甘いものは別腹ー」


 エゼルミアってば、本ッ当に馴染んだな……

 と、そんなことを考えながら、ベースキャンプのフードコートに向かう彼女を疾風丸と一緒に追いかけるのであった。 


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