12話 透玉
「終わったー!」
僕たちが区長室に到着してから、およそ30分。
その区長室に、目の下に隈を作った有莉翠さんの声が響く。
ちなみに僕はエゼルミアにスマホの使い方などを教え終わり、アプリに入っていた詰め将棋を解いていた最中である。
そしてエゼルミアは、僕の背後からスマホの画面を興味深げにのぞき込んでいる。
おそらく、実際に使っている所を確認しようとのぞき込んだら、未知のボードゲームに興味を引かれたといった感じであろうか。
たしかにボードゲームは世界中に数あれど、詰め将棋のようなパズル的要素を含んだものは少ない。
僕の記憶が確かなら、世界中を見渡しても、他はチェスの駒を使ったプログレスと詰め碁くらいだったはずだ。
地球のおオォォ!娯楽はああぁァ!宇宙いちぃィィィ!!
「セ〇のおォオオ!ゲームはああぁ!世界いちィィィ!!」
ファッ!?
「や、失礼。ついつい言わねばならぬような気がして」
…………なんか僕の人生、どこまで行っても汐織さんの手のひらの上から逃げれないような気がするなぁ……
「おい、遊んでないで、用事をさっさと済ますぞ」
と、声を掛けてきたのは鬼畜眼鏡……もとい、紫玉級ダンジョンダイバーの一人であり、この深坂区の副区長でもある、『人間にして賢神たるもの』新津晃。
ずいぶんと疲れたような顔をしているが、念動力を使って十数件の書類仕事を同時進行させ、百件を超えるそれを終わらせた直後なのだ、さもありなんというものである。
お疲れ様です、マジに。
「おう、アキちゃんお疲れー」
「ったく、本当だよ……なんで朝一から、こんな修羅場になってるんだか」
「ん?まさか、昨日は仕事してた方が良かった?」
「それこそ『まさか』だ。修羅場になる程度で、みんなと呑む機会を逃がしてたまるか」
「だよねー」
なんかこの人たち、3才から一緒に育った幼馴染み集団とか言ってたけど、それにしたって仲良過ぎじゃないかねぇ。
と、またそんな僕の思考を読んだのか、汐織さんが僕に向けて口を開く。
「よーじ君知っているか?『絆の強さは、共に乗り越えた苦難の強さに比例する』。あたしたちは物心付いたころから共に背中を預け合い、そして共に死線を潜り抜けてきてたのだよ。あたしたちの絆の強さは、鋼さえも両断しよう!」
「物心付いたころから死線を潜り抜けるとか、どんだけ物騒な世界なんですか、ここは」
「あたしたちが生まれた頃は、5人に1人が20才の誕生日を迎える前に命を落としてたらしいわね。師匠や先輩たちが世界を良くするために命を掛けて戦ったおかげで、あたしたちが最前線で戦える年齢になるころにはずいぶんとマシになってはいたけど」
なんか、ここは一昔前までは想像以上にヤバい世界だったらしい。
5人に1人という数字が事実なら、学校の1クラスが30人として、その中の6人が成人式を迎えれなかったということだ。
小学校時代のクラスメイトのうち、6人が成人式の前に命を落とすような社会など想像もしたくない。
「5人に1人が成人式を迎える前に命を落とすという事は、つまり5人に1人が成人式を迎える前に命を落とすという事だからねぇ」
小〇構文!?
「おい汐織よ、唐突な小〇構文で話をずらすな。何時まで経っても本題に入れないだろーが」
…………それ、きっと半分は僕のせいですよね。マジに申し訳ないです……。
「さて、ダンジョンダイバー登録、ご苦労さん。こいつが透玉級ダンジョンダイバーの免許証みたいなもんだな、確認してくれ」
と、晃さんから手渡されたのは、透明な宝玉が一つだけ付いた首飾り。
パチンコ玉ほどの大きさの宝玉に紬紐が通されただけのそれは、一見なんの変哲もない大量量産品のアクセサリーにしか見えない。
「見てくれは子供のおもちゃだがな、これは俺と『人間にして学問神たるもの』が開発して、『人間にして鍛冶神たるもの』が監修した工場で作られてる自信作よ。試しにちょっと付けて見てくれや」
その言葉を受け、首飾りを掛けてみる。
--その瞬間、首飾りと僕が『繋がった』。
剣や槍といった武器を扱う技術に、山野で生存するためのサバイバル技術。
今までに確認された魔物の特徴に、『奈落』地下5層までの地図。
日本と条約を結び、交易を行っている世界の知識と言語。
その他、ダンジョンダイバーとして活動するために必要な知識の諸々が、僕の中に流れ込んでくる。
「……なんなんですか、これ?」
「外付けのHDDみたいなものだな。持ち主の霊波と同調させて、宝玉に記録された情報を自由に引き出せるようにしてあるんだ」
「凄い世界ですね、ここは」
僕の地球で、英単語やら公式やら年表やらを必死になって暗記していたのは、何だったのだろうか。そんな事を言いたくなるような代物である。
「ちなみにコストの関係で透玉級のそれには付いてないが、青玉級以上になると、持ち主の記憶やら知識やら構成情報やらが自動的にバックアップされるんで、哲学的ゾンビの問題を無視できれば疑似的な死者の蘇生も可能になる」
「……凄い世界ですね、ここは」
「さらに付け加えて言うと、イザナミ様や閻魔様たちとも話はついてるんで、死後49日以内なら蘇生した人間の魂は間違いなく本人のものだ」
つまりコストの問題さえ解決できるのなら、彼らは『死』さえも超越した技術を有しているという事か。
……とんでもなく凄い世界だな、ここは。
「で、それを渡し損ねてたのが忘れ物の一つ。あと、庸次君たちに渡すものがもう一つできてな」
そんな事を言いながら晃さんが取り出したのは、布に包まれた棒のようなものと桐の箱。
促されて開けてみると、棒のようなものは黒光りする固く軽い素材で作られた杖。桐の箱に入れられていたのは、ダマスカス模様の剣鉈である。
僕が山に登る時に持ち歩くそれと同じように柄は中空のフクロナガサであり、握ってみると、オーダーメイド品のように僕の手にぴたりと吸いつく。
「そいつは『人間にして鍛冶神たるもの』謹製の一品よ。昨日みんなで呑んだ時に庸次君の手のサイズや身長なんかを教えたら、一晩で作って送ってくれた」
友人の技量をどこか誇らしげに、ドヤ顔で語る晃さん。
しかしドヤ顔になるだけのことはあり、剣鉈は軽く握っているだけだというのに、まるで僕の体の一部のように馴染む。
さらに剣鉈を杖の先に差しこみ、槍の形にしてみても同様だ。軽く振ってみると、ミリ単位の誤差もなく僕の思い通りの軌跡を描く。
「で、エゼルミアちゃんにはこれな」
と、エゼルミアに差しだしたのは二振りの山刀。
『く』の字型に湾曲した刀身、その内側に刃を付けた特徴的な一品である。
僕の剣鉈と同じように刀身には美しいダマスカス模様が浮かび、思わず見とれてしまいそうな妖しい光を放っている。
「……凄い。本当に貰っていいんですか?」
「彼にしてみりゃ『気が向いたからとりあえず作ってみた』程度の品だからな。俺らと出会ったって幸運の副産物だから、遠慮なく貰っておけ」
「何から何まで……、本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げるエゼルミアに合わせて、僕も頭を下げる。
ここまで準備をしてもらえたのなら、後はなんとでもなりそうな気がしてくる。
「さて、渡すものも渡したところで、二人にちょっと確認したいことがあるんだけどいいかな?」
僕は剣鉈を、エゼルミアは山刀を受け取ったところで、有莉翠さんがそう口を開く。
無論、僕らに否と言えるはずもない。二人して首を縦に振る。
「報告だと、庸次君が転移した『新宿駅』の隣駅は『きさらぎ駅』だったって事だけど、『かたす駅』でも『やみ駅』でもなく『きさらぎ駅』で間違いないのね?」
そんな質問を皮切りに僕へは『新宿駅』へと転移してからの事を、そしてエゼルミアには転移するまでに覚えている限りの事を細かく尋ねられ、解放されたのは昼前になってからであった。
「で、なにかわかったのか?」
「とりあえず、偶然に転移してきたにしては不自然な点がいくつかあったわね」
夢を見る。
白昼夢というやつであろうか、現実の僕は昼食を食べに汐織さんやエゼルミアたちとタクシーに乗っているはずだ。
そして目の前に浮かんでいる光景は、いつぞやも見た円卓である。
いくつか欠席があるものの、それでも20人以上の人間が集まり話していた。
「『きさらぎ駅』がある世界は、この世界の時間軸で十五年以上も前に制圧されてるわ。異界間遭難キットの携帯が義務になった一件だからね。みんなも知ってるんじゃない?」
「あったらしいな、そんなことも。俺らが次元の狭間に飲まれた後の話だったか?」
「千枝ちゃんせんせーが、みいちゃんや義威羅、義彦を引き連れて解決した一件だね」
「そう。で、不自然な点として『きさらぎ駅』の次は『かたす駅』らしいのに『新宿駅』に着いている。しかも、きさらぎ駅に関する逸話で終点があるなんて聞いたこともないわ」
「何者かがきさらぎ駅を通して誘い込んだってことか」
「そう考えるのが自然ね。本来のきさらぎ駅なら眠らず、トンネルを通らずにいれば帰還できるはずだもの」
「庸次君の方に人為的な跡が見えるなら、エゼルミアちゃんの方はどうなの?」
「んー、彼女が転移する直前に戦ってたって相手だけど、クトゥルー神話の奉仕種族の可能性が高いわね。特徴からの推測だけど、多分『ミ=ゴ』だと思う」
「……エゼルミアちゃんって『ミ=ゴ』と戦えるくらい強かったんだ」
「なら、最低でも赤玉級並の戦闘力はあるって認識で大丈夫だな。俺らが表立って干渉しないでも問題ないってのは、嬉しい誤算だわ」
「しかし『ミ=ゴ』か……、『ミ=ゴ』が信仰してる旧支配者・外なる神って色々あったよな」
「旧支配者や外なる神の思惑とは無関係に動く勢力もいるし、これだけじゃ背後関係は読めないわね」
「つまり結局、二人への対応は現状維持ってこと?」
「それしかないわね。まあ、二人に渡した透玉には小細工をいくつかしてあるわ。臨機応変に行きましょう」
「了解」
そんな会話を他人事のように聞きながら、僕はまどろみから目覚めるのであった。