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11話 深山区の区長と副区長


 メモ帳代わりに今朝の食事やそれに関連する事柄について、判明したことを記しておく。


 ・あの鯨肉は、奈落の地下105層に出現する『霧鯨ミストホエール』という魔物の肉である。

 ・奈落の地下105層は一面が霧に覆われた広大な荒野で、その霧の中を海洋生物に似た魔物が泳ぎ回っている。

 ・出現する魔物は、ピラニアのような性質のイワシに似た何かの群れ。地面に擬態して近づくものに襲いかかるヒラメのようなものなど。

 ・さらに所々にはサンゴの岩山がそびえたち、ウツボに酷似した魔物が小エビにそっくりな魔物を従えて、さながら魔王のように君臨しているとのことである。

 ・そして『霧鯨』はその105層の魔物の中でも頂点に位置するもので、全長50mを超える極めて攻撃的で危険な魔物らしい。

 ・どのくらい危険かというと、汐織さん曰く『鯨の形をしたイ〇ルジョー』とのこと。

 ・つまり紫玉級以外のダンジョンダイバーでは無駄死にするだけだから、もしも僕らが遭遇しても即撤退が原則。

 ・その肉は一度瘴気を抜くか無害化しないと臭くて食べれたものではないが、きちんと処理をすれば極上の赤身肉になる。

 ・また、畝須をベーコンにすると絶品。

 ・あれがこれから先、僕らが日常的に食べねばならない『一定以上の瘴気を含み、かつ瘴気を浄化した食べ物』の代表例であるということ……


 「つまり、地下80層以下の魔物肉のジビエってのは、こんなに美味しいものなんですか?」


 「流石にこれというか105層の魔物は特別に美味しくて、中でも霧鯨ミストホエールは別格ね。もし深層の魔物全部がこんなに美味しければ、いまごろ地下80層くらいにレストランが出来てる」


 「たしか地下80層以下に行けるのは、青玉級以上のダンジョンダイバーだけじゃありませんでしたっけ?」


 「このダンジョンに潜ってるのは、ほとんどが『日本人』よ?」


 「納得しました」


 と、そんな会話をしながら、身だしなみを整えて宿直室を出て区長室へと向かう。

 ちなみに、僕の後ろからはエゼルミアがとことこと付いてきており、なんとなく会話に聞き耳を立てている気配がする。

 ……まあ、確かに僕と汐織さんの会話はある程度の共通認識がないと、いまいち理解ができないかもしれない。

 今度、日本の文化や料理に国民性、サブカルなんかを紹介した方がいいかな?

 例えば変態的なレベルで食い意地が張ってるとか、海産物に対するこだわりが半端じゃないとか。

 って、そういえば。


 「そういえば、流れで付いてきましたけど区長室で何をするんです?」


 「あー、ちょっと忘れ物をね」


 忘れ物……?

 と、そんな事を話しているうちに目的地に到着。

 汐織さんは『区長室』と大きく書かれたプレートの貼ってある、重そうな樫の扉をノックすると、返事も聞かずに扉を開ける。


 「ありすー!連れてきたよー!」


 だが、その言葉に返事はない。

 なぜならばーー


 カタカタカタカタカタ……


 カリカリカリカリカリ……


 区長室の中では、3人の男女が脇目も振らずにデスクワークに励んでいたからである。


 「ごめん、ちょっと待ってて!これだけ終わらす!」


 そう切羽詰まった声で返事を返したのは、部屋の中央、ひときわ大きい机で作業をしている妙齢の美女だ。

 凹凸の少ない体に『SUGOI DEKAI』とプリントされたTシャツを着ているが、その顔には見覚えがある。


 紫玉級ダンジョンダイバー、『幻想使い』『人間にして創造神たるもの』一ノ瀬いちのせ有莉翠ありす

 この深坂区の区長であり、昨日の馬鹿騒ぎでおもいきりはっちゃけていた一人である。

 なお、彼女の机の上には神酒ソーマが入っていたとおぼしき小瓶が散乱している。


 「……ありすってば、ひょっとして完徹?」


 「半球睡眠とってるから、それ自体は問題ない。ただ疲れてるだけ」


 半球睡眠ができるとか、人間を辞めてないか?

 まあ、それはそれとして今の彼女の惨状は、まるで同人をやってる知人が、新刊の作業を締め切り直前にやっているのにも似た雰囲気がーー


 「次のイベントに出す新刊の締め切りが今日の夕方だっていうのに、昨日はおもいっきり遊んじゃったからねー。ちゃっちゃと仕事を終わらせて、有給取って、作業に戻らないと」


 まんま、同人の締め切り前かい!

 ……そーいえば、この人の性癖はBLだったっけ。ならば腐女子や貴腐人であっても不思議じゃないか。


 「新刊を落とすかどうかの瀬戸際でも、みんなと遊ぶのを選ぶあたりは友達思いだよねー、さすがはみんなの委員長」


 「そりゃあ『奈落』にいる12人が勢ぞろいするなんて滅多にない事だしね。その後の打ち上げでも、久しぶりにリモート飲み会で他のダンジョンを担当してる人らの顔を見ながらお酒を飲めたし」


 「だよねー。関西の二府一県にまたがる超巨大ダンジョン『三つ重ね螺旋』からは『人間にして闘神たるもの』『人間にして鍛冶神たるもの』そして『人間にして夢神たるもの』に『人間にして荒神たるもの』」


 「名古屋の『黄金回廊』からは『人間にして拳神たるもの』と『人間にして幸福神たるもの』が」


 「札幌の『試練の雪原』からは『人間にして獣神たるもの』、『人間にして氷雪神たるもの』」


 「で、福岡の『修羅の巣窟』からは『人間にして刀神たるもの』……と。28人中21人が現実リアルで顔合わせるなんて何時以来って話だからねー、そりゃあ行かない訳にはいかないでしょ」


 ……年齢も容姿もバラバラなのに、本ッ当に仲いいよな、この人たち。

 なんか、一緒に遊ぶ機会は意地でも逃がさないみたいな執念を感じるし、彼らだけで話している時はなんというか、入りがたいようなそんな空気を出してるし。


 「ふ、紫玉級ダンジョンダイバー……、すなわち退魔師育成の超国家機関『富士野学園』9期生の仲の良さを舐めるなよ!」


 「二人くらい例外がいるけど、他は3才の頃から一つ屋根の下で育った幼馴染み集団だしね」


 「そう、あたしたちは家族ファミリー家族ファミリーなのよ!!」


 また勝手に人の思考を!

 って、あれ?

 幼馴染み集団って、みなさん年齢はバラバラじゃ……


 ≪吹き飛べ≫


 と、そんな事を思った矢先、どこからともなく飛んできた衝撃波が二人を吹き飛ばした。

 え?え?なんなの?一体!?


 「その家族に仕事を手伝わせて、なに話を脱線させてんだ?とっとと仕事を片付けて、本題に入るぞ」


 あ、そういやここには、あと二人いたっけ。

 今の今まで忘れていたが、この場所にはもう二人、紫玉級ダンジョンダイバーがいるのだ。


 一人は、一目でオーダーメイドとわかる白シャツにノーネクタイ、チタンフレームの眼鏡を掛けたサラリーマン風の男。

 顔のイメージは“鬼畜眼鏡”という言葉がぴったりだ。

 『知恵者ワイズマン』『人間にして賢神たるもの』新津にいずあきら

 おそらく念動力サイコキネシスというものだろう。彼の周囲には無数の書類が浮かんでおり、同じように宙に浮かんだ万年筆が絶え間なく動きまわり、書類を作り上げていく。

 また、彼の背後に置かれた数台のパソコンは、操作する者も居ないのにキーボードが超高速で打たれ、左右に置かれたよくわからぬ文字に対応しているタイプライターもまた同様である。

 それらの書類に書かれている文字は日本語だったり、英語だったり、あるいは僕の知らぬ未知の言語だったり……

 ダンジョンから繋がる異世界の中には、ここと貿易をしている所もあるらしいのだ。未知の言語の書類は、おそらくそれに関係するものなのだろう。


 そしてもう一人は、明らかに臨時で作られたと思える机で山のような資料に向かい合っている、赤銅色の肌に額から三本の角を生やした野性的な雰囲気の男性。

 ちなみに、先ほど汐織さんたちを吹き飛ばしたのは彼だと思われる。たしか名前はー


 「せっかく足を運んでもらったのに、すまないな。俺は『三本角』『人間にして鬼神たるもの』ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリア。長ったらしい名前だし、ギーラでいい」


 「あ、はい、初めまして。山岸庸次と言います」


 「……エゼルミア、です。初めまして」


 なんか、エゼルミアが借りてきた猫のようになってる。

 やっぱり未知の土地で、未知の価値観を持ってるであろう人間と話をするのは神経を使うという事だろうか。


 「申し訳ないが、有莉翠ありすがポンコツになってるから、ちょっと座って待っててくれ。あ、あと、これが取り合えず支給品のスマホ。Wi-FiのIDとパスワードの設定は終わってるから、自由に使って」


 そう言って、虚空から取り出したスマホを僕らに手渡すギーラさん。

 いま、何も無いところから唐突にスマホを出したよな。……何気にとんでもないことをやっておられるような気がする。


 と、困惑する僕らを余所に、仕事に戻るギーラさん。

 そんな彼と、吹き飛ばされて目を回している汐織さんに有莉翠さんを横目に、僕はエゼルミアにスマホがどんなものとか、使用方法やらを教えるのであった。


 なお、彼女にスマホがどんなものか、どんなことができるのかを説明し終えたときの、


 『凄い世界だね、ここは』


 という言葉には、どこか信じられないものを見たという感嘆が込められていたように思えたのだが、僕の勘違いというわけではないだろう。

 スマホとか、近未来が舞台なSFとかに出てたって不思議じゃないもんな。ファンタジー世界を舞台にした物語の魔法の道具だって、こんなチートアイテムは滅多に存在しないのだから。

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