表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

9話 チートとペナルティ


 目の前に迫る弾丸を、手に持った槍で叩き落す。

 いま、僕が手にしているのは訓練場でレンタルされている練習用の槍。

 まあ、槍と言っても赤樫の棒の先にウレタンをくっつけただけの簡素なものだ。

 見た目もなにも気にしない、コストと実用性だけを考えた備品である。

 それに対し、目の前の百瀬さんが手にしているのは二丁の拳銃。

 装填されているのは非殺傷用のゴム弾だが、当然のごとく当たれば痛い。


 そして、KOとレフェリーストップのみで決着という話で始まったこの訓練だが、吾郎さんと汐織さんの態度に毒気を抜かれた一同の意見で、ファーストアタックによる決着へと変更されていたりする。

 狙ってやってた訳じゃないよね、多分……。


 百瀬さんの持っているのはリボルバー型の拳銃が数丁。すべてが一昔前の警官も使用していたニューナンブM60。

 両手に持った二丁の他に、ベルトから下げていたりガンホルダーに吊るされていたりと、全部で5~6丁は持っているだろう。

 それら複数の拳銃を弾切れと共に交換しながら巧みに用い、止むことのない弾丸の雨を降らしている。

 雨あられ、そんな表現が相応しい勢いで迫り来る大量の弾丸をあるいは槍で防ぎ、あるいは身を捻って避ける。

 なにしろこの戦いのルールは、ヨーロッパの決闘で言うファーストブラッドに近い。

 決闘という形になっても必要最低限の手傷で終わらせて双方の命を守るため、最初の一撃を入れた相手を勝者とするファーストブラッド。

 これが実戦ならば多少の手傷を覚悟で弾幕の薄い場所に突っ込み、その心臓に刃を突き入れるのだが、ファーストアタックルールではそうもいかない。

 一発でも貰えばそこで終わりなのだから、まず弾丸を避けることを第一に立ち回る。


 ……そう、のだ。


 百瀬さんが右手に持っているニューナンブM60から、ほぼ同時に複数発の弾丸が放たれる。

 5発の装填数を撃ち尽くした瞬間、左手で構えられた2つ目のニューナンブから牽制の一発。

 辛うじて最初の5発を凌いだあと、僕の心臓へ向けて一直線に向かう弾丸を無視できるはずもなく、それを止むを得ずに槍で叩き落す。

 そして、それによって生まれた刹那の時間を使い、百瀬さんはリロードを終わらせ、再び弾丸の雨を降らせ始めるーー

 神速の早撃ち、超速のリロード。そしてその合間を縫うように仕掛けても、百瀬さんは銃を取り換えて絶え間ない銃撃を続ける。


 そんな漫画や映画の世界でもなかなかお目にかかれないような神技を前にしてなお、僕はそれと互角に渡り合えていた。


 「……姐さん、あの山岸くんって子は何者です?百瀬隊長の銃撃をしのげるダンジョンダイバーなんて、赤玉級でもめったにお目にかかれませんよ?」


 「ああ、彼は不正改造チートだから」


 遠くから、そんな会話が聞こえる。


 「青玉級になったのなら、あなたたちもよく見ておきなさい。奈落の地下80層以下には、ちょくちょくあんな感じの魔物が出るの。

  瘴気という人間の負の想念、それによってドーピングされた圧倒的なパワーとスピードと反応速度に精密機械のような正確な動き。

  そしてロクな経験もないはずなのに、戦いの場でだけ直感的に最適解の行動を取り続ける、理不尽の塊が」


 「瘴気汚染……噂には聞いていましたが」


 「特に、80層以下の瘴気に汚染された存在は別格よ。そして深層に潜れば潜るほどに全てが強化されていくわ」


 そういうことか。

 そしてこの身に宿る瘴気は、地下255層よりさらに下の超深層。

 80層の瘴気で理不尽の塊と言われるほどならば、今の僕はどれだけの怪物なのだろうか。

 そして、『自分はそういうものだ』と自覚して相手を見てみれば、彼を打ち倒すためにはどうすればよいのかが『なんとなくわかる』。

 ならば、それを実行してみようかと槍を構えーー


 ーー『殺せ』


 「まあでも、不正改造チートには罰則ペナルティがつきものよね」


 僕の中の意志と、汐織さんの言葉が重なった。


 『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』

 『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』

 『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』『殺せ』『壊せ』『踏み躙れ』


 「あ、あーーああああああああああああああ!!」


 無人の新宿でそうなったように、視界が殺意で赫く染まる。

 精神こころが嗜虐的な快楽を求めている。

 目の前の相手を傷つけたくてたまらない。彼の顔が苦痛に歪み、息絶える瞬間を見てみたい。

 顔の形が変わるまで殴りつけ、哀願するその顔を踏み砕き、胸板に剣鉈を突き立て返り血を浴びてーー





 「うるせえな、ぶち壊すぞ」


 そしてまた、無人の新宿でそうあったように、そんな声が掛けられた。

 地下255層の時と同じように、絶対的強者を前にして僕の中の意志は尻尾を巻いて姿を消す。

 僕は思わず声のした方へ振り向き、


 「ーー虎?」


 「わたしをーー虎と、呼ぶな」


 声の主を見た僕の心に浮かぶ疑問と、即座の否定。

 声を掛けてきた相手は上にいた。

 いつの間に現れたのだろうか、訓練場に置かれたリング。その四方に設置された鉄柱の上に立ち、首には紫玉級の証である首飾りを付け、顔は虎を模した覆面で隠している。


 --いや、それは虎以外のなんだとーー


 と、混乱する僕を横に汐織さんが声を掛ける。


 「その声は、わが友リョウではないか?」


 「……いかにも、我は紫玉級ダンジョンダイバーのリョウである」


 「やっぱり虎じゃないか!」


 思わずそう突っ込んでしまったが、多分僕は間違っていないと思う。

 なんでタイ〇ーマスクから山月記に飛ぶんだよ……虎って事しか共通点ないじゃないか。





 「へーい、汐織んも吾郎ちゃんも久しぶり。たまには顔を見せに来いって」


 「無茶をいうな。奈落の超深層に籠ってると、なかなか上には上がれないんだから」


 「寂しい事いうなよ、マイフレンド。オレら上層の警護組は、あんまりやる事ないから暇なんだよー。なんならオレらも超深層に連れてってよー」


 「適材適所だ、適材適所。お前らみたいな人型大量破壊兵器を探索に使うやつがいるかっての」


 「ゴローちゃんが正解。っていうか、あたしたちはリョウたちが上を護ってるから、安心して探索に専念できるんだけど」


 虎覆面の人は鉄柱から降りると、僕らに見向きもしないで汐織さんたちに話しかける。

 えーと、この人も汐織さんたちと同じで、紫玉級ダンジョンダイバーなんだよね?

 ちらり、と、紫玉級の人たちを良く知る『シティガンナーズ』の面々に目を向けると、みんな話しかけたそうにうずうずとしている。

 僕が一人で悩んでいても答えは出ないだろう、この疑問を素直に彼らに尋ねることにする。


 「すいません。あの虎覆面の人も、紫玉級ダンジョンダイバーの一人なんですよね?」


 「ああ。性癖は、メス堕ちボテ腹男の娘。『麗しき狂戦士ヴァスキーベルセルク』『人間にして破壊神たるもの』のリョウさんだ。

  本名じゃないらしいんだが、気にするな。なんかあの人“オレの本名を知ってていいのはオレの仲間だけだ”ってこだわりがあるらしい。

  いい人ではあるぞ。……若干面倒くさいけど」


 なるほどなー。

 二つ名の『麗しき狂戦士ヴァスキーベルセルク』ってのが気になったが、汐織さんたちと話すあの人が覆面を取った姿をみて納得する。


 その素顔は美しかった、男性の僕が思わず見惚れるほどに。

 一言で表すならば、おとぎ話の王子さまというのが近いだろうか?

 光そのものを凝縮したかのような美しい金髪、この世のどんな宝石よりもまばゆい輝きを放つ蒼の瞳。

 大きな目も、すらりと通った鼻梁も、美をつかさどる神様が念入りにデザインをしたとしか思えない。

 僕の地球では兄さんが日本最高のイケメンだとか言われていたけど、そんな兄さんでさえもリョウさんには遠く及ばないだろう。

 ただ顔がいいからっていうだけで僕や兄さんに付きまとっていた人たちも、リョウさんをみれば即座に執着対象を変えるのではないだろうか。


 ……そんな人知を超えた美貌の持ち主なのに、性癖が『メス堕ちボテ腹男の娘』だというのはずいぶんと闇が深そうなのだが、僕からは何も言うまい。

 あと、そんな性癖を普通に知っている『シティガンナーズ』。

 まさか、ダンジョンダイバーなら紫玉級の性癖は誰でも知ってるって訳でもないよね?


 「……で、あの子らが報告にあった漂流者?なかなかに可愛い顔をしてるやん……男の娘にしてもいいか?」


 「やめて差し上げろ」


 「やるんなら、本人の承諾を得てからね。無理やりやらせるのはセクハラよ?」


 「汐織んがそれを言う?」


 ……うん、なんかゾクッときた。

 なので、ちゃっちゃと話して、ちゃっちゃと終わらせるとしようーー

 そんな事を考えながら、とりあえず挨拶を済ませることにした僕であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ