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妖精の戯曲 -Fairy Rond-  作者: ことぶき司
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 第一話『黄金の昼下がり』


 それは、黄金色の日差し差し込む昼過ぎのこと。


「退屈だ……」


 自分の机に項垂れるようにして、宇佐美黒衣は唐突にそう呟いた。


「んなこと言うんなら、こんなとこにいつまでもいねぇでさっさと帰ればいいだろうが」


 だらしのない姿をさらけ出す黒衣にそう声を掛けるのは、黒衣の後ろの席で残り少ないアイスコーヒーをズズズと飲む青年。

 何より目立つ紅く染め上げられた髪を、季節外れにもほどがある黒のニット帽で覆うその青年。名を大神満月といい、学園の内外問わず知られた不良生徒である。

 だが不良生徒と言えど、その指摘は確かに的を得ている。今のこの状況を鑑みれば一目瞭然だ。

 窓の外からはけたたましく聞こえる蝉の鳴き声。時折低空を飛びいく飛行機のエンジン音。槍ぶすまの如く突き刺す陽の日差し。現在気温三十五度。

 そう、夏だ。暦にして七月半ば。二十四節季で大暑に分類されるこの季節。まさに時代は夏。夏真っ盛りの時節なのである。

 そんな猛暑を超え酷暑の真っ昼間に、いくら室内とはいえ涼をとる手段が窓全開のみのこの教室で過ごすなど、馬鹿を通り越して狂気の沙汰甚だしいというものだ。

 ちなみに、一応全教室に設置されているはずの冷房は、なぜかこの教室のものだけ先日お亡くなりになった。修理に一週間は最低かかるらしく、クラスメイト並びに教職員の嘆きは言わずもがなである。

 一学期も残り少ないというにクラスメイト一同は昼までの授業が終わると蜘蛛の子を散らすようにそそくさと教室を後にし、残ったのはとくにこの後の予定のないこの二人だけというわけである。


 だが一応、黒衣にも反論はある。


「面倒くさい」

「は?」

「帰るのが面倒くさい」


 項垂れたまま微動だにしない黒衣に、満月は呆れたようにため息をつく。


 一応黒衣は、これでも成績はいい。先日返却された学期末テストでも全教科学年上位をキープしている。だがこの怠けた態度と普段の言動のせいか、どうも教職員からの評判はよろしくなく、ついでにクラスメイトからも近寄りがたい存在となっている。結果爪弾き者の満月だけ唯一の友人、もとい悪友というわけだ。


「この前俺が貸したゲームがあるだろ。それでもやっとけ」

「んなもん、とっくにクリアしたよ」

「……相っ変わらず、そういうのは早いんおなお前」


 感心しているのか呆れているのか。

 いや、これは呆れているのだろう。

 黒衣はそれなりの付き合いとなった友人の心境を読みながらも、しかし帰宅の準備など取り掛かるわけもなく、大きく開け放たれた窓へと腕を伸ばす。


「なぁ満月」

「やらん」

「まだ何も言ってないだろ」

「いらないんだな」

「すみません、いります」


 口ではそう言うものの机に突っ伏したままの黒衣を見て、満月はやはり呆れたように肩を竦めると、コンビニ袋からアイスを一本取り出し、黒衣に差し出す。


「おーサンキュ満月。ゴリゴリくんソーダ味とはさすがわかってるな」

「現金なやつ」


 満月のその一言を最後に、しばらくの間教室にはアイスを囓る小さな音と、ミンミンゼミのけたたましい鳴き声で満たされた。

 これも夏の一風景だというように。


「……やっぱあれでもダメだったか」


 そんな小さな呟きなど聞こえるはずもない夏の教室で、なぜかその言葉だけは聞き取れてしまった。


 相変わらず、黒衣はアイスをかじり続ける。すでにアイスはそこになく、残っているのは何も書かれていない棒のみだというのに。


 満月がぽつりと言った呟き。その意味するところを理解して、黒衣は少し申し訳なく思ってしまう。だがそれでも、黒衣にできることなどないと、そう感じて口にしない。

 なぜならば、無駄なのだから。満月には悪いが、何をしても無駄なのだ。

 自分はもう、なにをしても、仕方ないのだから。


 夏の時間が過ぎていく。まだまだ太陽は高く、夕暮れの時間まではほど遠いが。それでも時間は確実に過ぎていく。今しかないこの時間が。それでも仕方ないと、感じながら。


「?」

 ふと何かが、外の林に見えた気がして、黒衣は頭を上げる。

 何か今、白い何かがこっちを――、

「なぁ、まんげ――」


「いたーーーー!」


 黒衣が満月に声をかけようとした途端、大声を上げて何かが教室へと入ってくる。


「こんなところで何をしてるんですか、アナタたちは!」


 とても女子とは思えぬ動き(スカート的な意味で)で教室へと入ってきたのは、活発なショートの髪をした小柄な少女。


「なんだ、八重か」


 黒衣の幼馴染み、園咲八重だった。




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