VI,ここに銃刀法などない
体育館は何やら物凄いにぎわいを見せている。
1階の方では、男子生徒と女子生徒が言い争っており、その2階では男子生徒が「大和! その女に思い知らせてやれ!」と。女子生徒は「そんな馬鹿男、殺しちゃって〜、ライトニング〜!」と。異性の対立的ムードが漂っていた。
ただ、そんなことを叫んでいる人の中には、誰一人として1階へ行って応援しよう、という気を起そうとする者はいない。
1階の大和、と呼ばれる男子生徒は、腰に1m弱の刀をぶら下げており、校則は愚か、昔の日本の法律にも反している装備ではあったが、その大和の目の前にいるライトニングと呼ばれる女子生徒も、両手にピストルを装備しており、大和に負けず劣らず法律に反していた。
「な、なんだ? この騒ぎは……」
「森羅高校恒例の、夫婦喧嘩ですよ――って、あなたはあなたは、いつの間にそこにいたんですか!?」
今頃!? と勇人がつっ込む間もなく、
「まさかのまさか……、私と同じ移動系の……もしくは魔術師だったりしますぅ?」
「あんたこそなんなんですかぁ? 人をこんなところに空間移動しやがって。魔法使いかっ!」
「私は私は魔法使いではありません! ESP。つまり超能力者ですぅ! それにそれに、私はここにあなたを移動させた覚えもありません!」
「いや、あんたの肩を叩いたらこの戦場(体育館)に移動されたんですけど……」
「あ〜……。私が私が移動するときに触ったらダメじゃないですか!」
「移動するときとかわからないだろ……」
なんかこいつの喋り方イライラするかも、などと思っていた勇人の耳に、1階の方から怒鳴り声が入ってきた。
「んだとぉ!? 俺様が馬鹿とでも言いたいのかっ!?」
「だって現に馬鹿だもん」
「へっ。だもん、とか可愛い子ぶってる奴に言われたくないね!」
「なっ……! あ、あんただってそんな野暮な刀ぶら提げて、かっこつけてるくせにっ! まっ、モテないけどねー」
「それお前! あれだ……、この刀を馬鹿にするということは、俺を馬鹿にするのと同じだぞ!」
「だから、あんたを馬鹿にしてんのよ! このバカっ!」
「んだとぉ!? このど馬鹿が!!」
「何よ! このクソど馬鹿男!!!」
どっちも馬鹿……と勇人はツッコミたい。
「あなた、レベルは?」
その島尻という生徒の言葉に意識をこっちに戻された勇人は、自分がレベル1ということを言うのを少しためらった。
レベル1=頭が悪い、という方程式がこの森羅には成り立っているからである。
「……レベル……1」
すると島尻は予想通り、「レベル1……」と呟いて、
「れ、レベル1!?」島尻はため息を一つついて、「どうしてどうして、レベル1の生徒がここにいるんですかぁ!?」
「だから、お前に強制送信されたからって言ってるだろ? 俺だって早く脳診断を受けないといけねぇのに……」
「うぅ……。とりあえずとりあえず、無力の生徒をデンジャラスゾーンに放って置くのは、この学校の生徒会の意に反しますぅ! 動かないでくださいね……」
島尻が勇人ととの距離を詰め、肩に触れようとしたその時!
バンッ!
銃弾がその間を通り過ぎ、その先の窓を粉々に粉砕した。
あと数センチでもずれていればどちらかは死んでいただろう。
そんなあまりの命の危機に二人は硬直。
そんなことも知らず、殺人未遂を犯した犯人のライトニングは、
「ほら! あんたがイラつかせるから、撃っちゃったじゃん!」
と、自分の責任を他の人に押し付ける。
(撃っちゃった、じゃねぇ〜よっ!!! こっちはマジで死ぬとこだったじゃねぇか!!!)
勇人の心中では鬼のような形相でぶち切れる。本当は面と向かって言いたいところだが、拳銃を、しかも2丁拳銃を装備している相手に向かって、そう言うと今度は確実に仕留められるという命の危機を本能的に察知したため……
バタンッ!
「へ? ちょ、ちょっと? 島尻さん?」
島尻は運悪く自分に差し伸べた腕に銃弾が貫通して死んだ――と医学知識のない馬鹿な勇人はそう思い込んだ。ただショックで気絶しただけなのに。
それを見た1階の大和は、
「いやいやいやっ、あれは俺のせいじゃないからな……」
どうやらここにも馬鹿がもう1人。
「あんたが私を怒らせるから悪いんでしょ!」
「お前が俺をイラつかせるから悪いんだ!」
「何よ!?」
「やるか!? あん!?」
パチパチっ。と二人の間に火花が見えそうな雰囲気になる。
すると、死に絶望する勇人のもとに、
「ハヤト〜♪」
最初はその呼び方に、家にいるはずの裕と勘違いして、死んだ島尻(勇人がそう思っているだけ)から意識がその声にいくが、その声の主は『女』だったのだ。しかも聞き覚えのある……。さらに、見覚えもある姿がこっちに向かって手を振ってくる。
「おはよ♪ って……、何で勇人がここに居んの?」
その子は死体(?)を無視して勇人に問いかける。
「……、」
勇人には目の前の死体を無視することができない。
馬鹿はただ死体を暗い顔でじっと見つめる。
「……?? ……あ〜、ハヤト、もしかしてぇ、死んでるとか思ってる?」
「……え?」
「いやだなぁ〜、こんな簡単に人は死なないよー」
「そ、そうなの?」
勇人は急な恥ずかしさに襲われた。
恐らく今の自分の顔を鏡で見るとさらに恥ずかしくなるだろう。顔はトマトのように真っ赤かだ。
「い、いや……知ってたよ、それぐらい……。……そ、それでぇ? この騒ぎは何ごとなんだ……?」
それを紛らわすために無理に話題を変える。
「はぁ〜。ハヤトって、ホンット情報力ないねっ」その子はかなり呆れた様子で、「1年3B恒例の、銃刀カップルの喧嘩ってとこかな?」
「か、カップル? あの仲が悪い二人が?」
「そうよぉ。ほらっ、1学期に新聞に載せるって、アンケート取ったじゃない? あれで、ベストカップルダントツの1位だったでしょ?」
勇人の記憶にそのようなどうでもいい記憶は存在しない。
彼女が言っている新聞というのは、勇人が所属する新聞部のことである。とは言っても、勇人と彼女の二人だけなので、同好会と言ったほうが正しいが。
「――けど、周1ペースで喧嘩……ていうよりバトルしてて、授業どころじゃないの、うちのクラスはっ……」
「ふーん……」
勇人は『バトル』という言葉に非常に興味をそそられた。
なので、しばらくこの喧嘩とやらを見届けることにした。
倒れた島尻を放置して……。




