II,守護霊は死を宣告する
「腹減った」
「……」
さてさて、今現在森羅勇人は物凄く不機嫌だった。
私服を全焼されたが、運良くも明日の学校に備えて、洗濯機に制服の上下が揃っていたのでそれに着替え、その『本物』の守護霊さんの服を改めて見たとき、さすがにこの街でもその黒いローブはないだろ……、と思ったので、これを着ろっ、と命令してそいつに制服まで貸してやったのである。
しかも、人の家に堂々と現れたあげく、飯をくれとはどういう了見だぁ? と、勇人のストレスは募る一方であった。
「それより……、なんであんなところにいたのかを説明して欲しいなぁ?」
勇人は無表情の守護霊ににっこり笑顔で優しく言ってみる。言うことを聞かない5歳児を説得するかのごとく。
「それを話すには腹をいっぱいにしないと話せないんだ」
「……」
ムカつきすぎて絶句してしまう。
「お、おいテメェーいい加減にしろよ? テレビの斜め左上にあるもの見えるか?」
さっきの表情を崩さずに言っているためか、口の辺りが少々ゆがんでいる。
ベットの上に座っている守護霊はすぐ先にあるテレビ画面の斜め左上を見てみる。
5時45分。
「この意味、わかるか? オイ」
「……。時間」
「……そうだよ。確かに時間なんだけどね、これは。俺、昨日寝たの2時なわけだよ、午前。俺……今日の起床時間は最低でも午後2時って決めたわけね。それで俺の秋休みの疲労はほぼ完全に回復するはずだったわけだ……」
つまり、秋休みは遊びまくって、殺人的睡眠時間を補うために今日はゆっくり休んで明日に備えよう、という計画がお前のせいで台無しになったんだぞ、と言いたいのである。それを理解したのかしてないのかわからないが、守護霊はそれを聞いて真顔で、
「それがどうした?」
この言葉で彼のストレス値は爆発寸前になった。しかし、それをグッと抑えて、
「ッ……。じゃあさ、君は夜中に起きて、泥棒がいるとわかっててそのまま寝ます?」
守護霊は首を傾げた。
「さっきから泥棒泥棒って言ってるけど……。泥棒ってなんだ?」
あれあれ? もしかしたらこの方は日本人ではないのかな?
勇人はポカーンと絶句……というよりは思考停止状態になってしまった。
今までの会話はなんだったんだ……。こいつと話をしていた俺がバカみたいじゃないか……。と半絶望状態に突入。
「それより飯を食わせてもらえれば、お前にすべてを話すけどな」
さっきからずっと無表情の守護霊の目を見て、何かを決心したように床から立ち上がる。
「はぁ〜。何か食わしたら、帰るんだな?」
守護霊は首を横に振って、わずかに笑みを浮かべながら、
「帰りはしないが、喋りはするぞっ」
勇人はその言葉を無視して台所へ向かう。
とりあえず、守護霊に食事らしきものを与えなければ話が進まない。
台所は廊下にあるので、冷蔵庫を開けただけで廊下はすでに通行止め状態になってしまうほど狭かった。
「え〜っと、……あれ? 何もねぇな……」
冷蔵庫の中はほぼ空だった。
この秋休み中はずっと外食だったから、買い物なんてする必要性がなかったためだ。
「ん?」
奥に何か箱が一つぽつんっと立っている。
それを取って、品名を確かめると、
「ホイップクリーム……」
補足として、『甘さ抜群! 糖分2倍!』などという、食べると不健康になりそうな宣伝文句が表示されている。
どうせ『泥棒』という単語もわからない奴だ。ホイップクリームを食べさせても何の違和感もないだろう。
心の中で悪魔勇人が囁く。
「は、はいっ、どうぞ!」
台所から戻ってきた勇人は詐欺師のような笑みを浮かべながら、皿いっぱいに盛りつけた白いものをテーブルの上に乗せる。
「おぉぉ!」
守護霊は今までにない笑みを浮かべて、目をギラギラと輝かせる。
ここまで喜ばれると、胸の辺りがジクジクするが、満足すればいいのだ。満足すれば。それで帰ってくれれば、なおさらいい。
守護霊は皿に添えてあったスプーンを手に取って、
「頂き♪」
ガツガツと猛スピードで皿の上の白くてフワフワなものを平らげていく。
その光景に勇人は圧倒され、だた見ているだけだった。
そして1分も経たないうちに、
「ごちそう様♪」
「ぁッ……」
その豪快な食べっぷりに勇人も驚きを隠せない。
予想としては、まずいっ、だの、甘いっ、だのの文句を言うと思っていたのだ。
「ごちそうしてくれた礼として、いいことを教えてやる」
「……。え?」
まだ驚いてぼーっとしていた勇人は、守護霊の言葉にハッとなって意識を戻す。
「お前、死ぬぞ♪」
「……、」
……。
面白いほどに勇人の意識はきれいに飛んだ。