I,非日常生活は悪化する
勇人があんな目に遭ってしまったのは、秋休み最終日、つまり今日の朝の出来事が原因だった。
時刻は午前5時。
昨日つけた覚えのないテレビの音で起きた勇人は、目の前に光景にあ然とする。
部屋が荒らされていたのだ。
「ッ……。ど、泥棒でも入ったのか……!?」
その光景で一気に目が覚めた勇人は辺りをキョロキョロと見回し、現状を確認する。
昨日つけた覚えのない、部屋の右端にあるテレビがなぜかついてはいるが、たぶん自分が夜中寝ぼけていて、誤ってつけたと前向きに置き換え、目の前にあるクローゼットが開いていて、その中の自分の私服が散らかっているのも、寝ぼけて誤って散らかしたと前向きに置き換え、ベットから見える、玄関へと続く一直線に伸びる廊下の途中にある狭い台所も、なにやら荒らされた形跡があるが、夜中自分がつまみ食いしたと置き換え……。
前向きに考えるのもそろそろ辛くなってきた、と思う勇人の唯一の救いになったのは、ベランダ。
鍵も閉まっているし、誰かが入った形跡もない。
勇人は起き上がって、廊下から玄関を覗いてみてると、こちらも鍵も閉まっていて、誰かが入った形跡もない。
さらに念には念を入れ、玄関から見て、すぐの左側の部屋を確認してみる。
トイレもバスも使われた形跡0。
「やっぱ、寝ぼけだったのか♪」
そう自分で言ったあと、俺ってどんだけ寝相悪いんだ……、と勝手に落ち込みモードに入る。
そしてドアも仕切りもない自分の部屋に戻ったとき、ある一箇所だけ調べていないことに気がつく。
それは、『ロフト』だった。
「ま、まさか……」
恐る恐る、クローゼットの上のロフトを見上げると……
『スピー……スピー』
黒いローブに身を包んだ人間(?)がロフトから上半身を出して寝ていた。
……。
……??
……!?
「し、死神……!?」
この島が何でも存在するからと言って、勇人は死神様と暮らすなどというデンジャラスな真似はしない。だいたい、ここは1人1部屋が基本の学生寮なのだ。勇人はどこの誰とも一緒に住んではいない。
上半身の長さからして、身長は結構ある。だけど、顔はまだ幼いことから総合して、15歳から18歳程度だろうと、どうでもいい予想を立ててみる。
さて、これで『泥棒がいない』という、勇人のプラスな思考は敗れた。
況してはそれ以上に悪い、死の宣告を告げる死神様だったとは、夢にも思わない。
いや、まだコイツが死神と決まったわけではない。単に、自分の身をなるべく目立たせないようにするために黒いローブを羽織っているかもしれないし、はたまた、この方は魔法使いで、時空魔法である『テレポーテーション』に失敗して……いやいやそれはない――とここまで考えて、思考方向を一転させる。
森羅に魔法使いは存在するが、「あ! アナタは黒いローブを着けているから、黒魔導師だねっ」というRPG的な会話源はこの森羅愚か、この世界中どこにも存在しない2次元会話だと勇人は予想する。
「やっぱ、泥棒か……」
勇人は、『死神説』を捻じ伏せて、無理やり前向きな方向へ思考を回転させる。
我ながら、これの程度で然程驚かないのが怖い。この程度のことは日常茶飯事なので大体のことでは驚かない、と勇人は自分の『慣れ』というやつに呆れる。
さて、問題はこれからどうするかということだ。
警察を呼ぶ――だけど、騒ぎは起こしたくない、というのが勇人の本音。
もしかしたら、本当に空間移動に失敗した哀れな魔法使いという可能性もあるし、その手の超能力者という可能性も十分ありえる。
そうだとしたら、何か可哀想だ。
勇人はその怪しい少年に声を掛けようとする……が。
「……」
なんて話しかけていいのかわからない。
自分の部屋で見ず知らずの他人が寝ているという状況で、何と言って起こす?
「あ、あの〜、そこの君?」
我ながら、自分のキャラ設定を誤ったと感じたが、その一言で偶然にも目を開けたので、とりあえずこのキャラで話を突き通すことにする。
「……。ん?」
その少年は軽く目を半分開けて、パチパチと何回も瞬きをする。
その少年は勇人の存在に気づくと、
「お前、ここの住民か?」
……。
勇人は言葉の意味がイマイチ理解できていなかった。
思わず後ろへ数歩下がると、部屋のど真ん中にあるちゃぶ台に、踵を軽くぶつける。
「お前の名前は森羅勇人か?」
この子は起きてそうそう何を言い出すんだ? と、自分の名前をどうして知ってるんだ!? という疑問を忘れて数歩前へ出る。
「……えっと、どちら様?」
勇人はまだこのキャラを突き通すつもりだ。
すると少年は、逆さまになった自分の上半身を直す素振りも見せずに、無表情で、
『ガーディアン』
??「I can`t speaking English(私は英語を話すことができません)」しかわからない勇人には、そのガーディアンという言葉の意味が理解できなかった。
「は、はい?」
そろそろこのキャラに苛立ちを覚えてきた勇人は、この少年にキレそうな気持ちをぐっと抑えて聞きなおしてみる。
「ガーディアン」
……。
再確認してもやはり日本語ではない。
「出来れば、日本語でお願いしたいんですけど……」
これが最後、と決心してこのキャラで再度この少年に勝負を挑む。
「守護霊」
「……しゅごれい?」
確かに日本語であった。
はじめは同じように理解できなかったが、頭を回転させて言葉を解析してみる。
『守護』=守る。『霊』=少なくとも人間ではない。
自分の頭の中にある辞書を引っ張って、言葉の意味を調べる。
ここで初めて、勇人に驚きと恐怖が襲い掛かる。
「しゅ、守護霊!!??」
守護『霊』ということは、この少年では人間ではなく幽霊。さすがの勇人も、このような経験はしたことがない。朝目が覚めると、ロフトの上に幽霊が寝ていたなんて……。
「いや、ち、違うなっ。たぶんそれは、泥棒であるお前が俺をだますための言い訳だろ!」
あのキャラは崩壊し、元のプラス思考の自分に変更する。
もはや、プラス思考と言えるのか? という台詞だが、その守護霊は、
「やっぱり信じてないんだ……」
無表情ですねる。
「信じるわけないだろうがぁ!」
勇人はロフトの上に向かって、獣のように吠える。
「それより、ここから下ろしてくれないか?」
勇人は呆れて、視線を散らかった自分の私服に向けて、
「守護霊なんだろっ? だったら、そんなとこから飛び降りるくらい、怖くないだろ……」
なんか幽霊と話していると考えると、複雑な気持ちに襲われた。
それよりも勇人は、どうやってはしごもないのにあそこまで上がったんだ? という疑問が浮上する。だが、この疑問は次の守護霊の言葉によって掻き消されてしまう。
「はぁ〜、それ、見ず知らずの困っている幽霊に言う台詞かよ……」
その少年は生意気にも、逆さまの状態で勇人を睨みつける。
その言葉と態度で、勇人の中の何かがブチンッ! と切れた。
「やっぱりガーディアンじゃないんだろうがぁ!! 泥棒なんだろ! 泥棒と言え! 私は泥棒ですと言えば、警察には通報しないでやるからっ」
「じゃあ、証明すればいいのか?」
「なっ……?」
その言葉に勇人は冷静さを取り戻す。と、同時に恐怖が襲い掛かってきた。
証明ということは、呪うとか、魂を抜くとか言う『オカルト』をやろうって言うんじゃないだろうかと、心配でならない。
「じゃあ、やるぞ〜」
仕方ないからやってやるんだぞ、とでも言うような言い草で言葉を放ったあと、その守護霊は突然炎に身を包まれた。その迫力に圧倒され、勇人はそのまま床に座り込んでしまう。
そして守護霊は赤い狼へと変貌した。
「どうだ? これが普通の人間にできるか?」
獣になったせいか、余計に表情が読み取りにくくなったが、声からして誇らしげに思っているのは間違いだろう。だが、勇人は起き上がりながら、
「――で、できるぞ」
何回も言うがこの程度で驚くような勇人ではない。さっきのはただ、その迫力に反射的に驚いただけであって、『感動』という驚きではなかった。
「この街には、変身なんて技を使う奴はいくらでもいる。魔法による変身。超能力による変身。遺伝子レベルの変身。だいたい、その炎も偽者なんだろっ?」
変身には様々種類があるが、結局は姿形を変えるだけであり、身体から炎やら冷気やらを出す、霊獣になる、というRPGの世界ではない――ということを勇人は言いたいのだった。
そう話すと、守護霊は首を傾げ
「あ、やばい。落ちそう」
「はぁ?!」
首を傾げたせいもあるが、獣変身したことによってバランスが崩れたのだ。
この炎が偽者ならば、被害は少なくて済むが、もし本物だとしたら?
「おいおい嘘だろ!?」
バタンッ。と守護霊が落下したあと、パチパチッとその落下した守護霊の下から不吉な音が鳴る。
「……マジ……かよ……」
勇人はその状況を信じたくないというでも言うように、両目を両手で塞ぐ。
パチッ……ボォー!
しかし、さらに不吉な音が勇人の耳に襲い掛かってくる。
思わず指の隙間からその光景を確かめるように覗く。
私服が見事に全焼していた。
そのことから、あの炎が本物だったという絶望と、この少年が本当に守護霊だったという悔しさの意味を込めて、
「うそだぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
こうして、勇人の非日常生活は悪化した。




