XV,魂は色々ある
ハックシュンッ!
「あ゛〜……。まだ悪寒がするよ……ったく」
鼻をズルズル鳴らしながら日の暮れかけた道を歩く。
「お前はいいよなぁー。幽霊なんだから悪寒とか感じないだろ?」
午後6時。
10月なのにも関わらず、気温は一向に下がる様子を感じさせない。
だが、寮に向かってひたすら歩き続ける二人にとっては、その暑さなどは感じなかった。
とあるファミレスでとある少女を怒らせてしまった結果、彼らは冷凍保存状態にされ、尚且つ氷の塊を頭部にぶつけられ、瀕死の状態まで追い詰められて、『まぁまぁ、それくらいにしといたら?』などと笑いながらその姉的存在が止めに入ったため、なんとか命は助かった。
払うはずのお金は、当然その二人から借金をするはめになり、しかも例の氷女から『あと、今日のクーポンの分は、「一生食事おごり」の処分で勘弁してあげる』などとふてぶてしい笑み浮かべて『一生借金地獄』という重い刑に処せられてしまった。
というわけで、彼ら(主に勇人)は肉体的にも精神的にも大ダメージを受けてしまったのである。
「しゅ、シュゴレイをな、なめるな、よぉ……」
どうやら勇人の『守護霊だから感覚はない』という考えは違ったらしい。小刻みに震えながらも、無表情を保とうと努力しているが、身体はまったく言うことを聞いてくれないようだ。
しばらくの間、その冷え切った身体が少し温まるのを待って、
「確かに、お前らのように五臓六腑なんて物はないが、第六感を含む、五感と血液は備わっている! 即ち、血液系統に関する以外の病気にはならないが、寒さ、暑さ、痛み、快楽、感情、その他諸々は感じることができるんだ!」
無情キャラはどこへやら。どうやらこの守護霊さんは、感情のスイッチが入るととことんその感情に呑まれる傾向があるらしい。
「ん? ――ってお前胃袋ないなら、カレーが嫌いの理由の一つと上げていた胃のもたれはなんなんだよ?」
「ハヤト? 人の話聞いてたか?」
「は、はい……」
まるでお母さんのような口調に改まった返事をしてしまう勇人。
「確かに、お前らのように五臓六腑なんて物はないが、第六感を含む、五感と血液は……」
「おいおいおいっ! お母さん!? さっきと同じ話をしようとしてるんだけど!?」
「ん? じゃあ、何が聞きたいんだ?」
「だからぁ、胃袋ないならカレー食べても胃はもたれませんよねぇ〜? という素朴な疑問に答えてもらいたいんだが……」
裕は呆れて、
「よく考えてみろ? 五臓六腑がないなら、その空いた空間は全部血液とでも言うと思うのか?」
「あっ、確かに……」
「俺が霊体類にも関わらず、一般人、お前らが言う『レベル1』にも見えるのは、『実体』という霊術のおかげなんだぞ? それがなかったら、お前如きに俺が見えるはずがない」
勇人は最後らへんの言葉に少々イラっと来たが、とりあえずそこは突っ込まずに話しに耳を傾ける。
「――いいか? この世なかにはすべてに『魂』が宿っているんだ。それは生命体だけじゃないぞ? 物や機械も例外じゃない。俺はその魂を実体化させて、 『偽もの』の五臓六腑を身体に宿しているからして、人間と同じように胃のような感覚があるわけだ」
「いやいやいや、じゃあ、あの100人前とも言うべきのデザートの量は何なの?」
「当然、魂にも種類がある。俺はそれを克服するために、俺の五臓六腑は1000人前の糖分と油を摂取できるように作られているんだ♪」
「マジかよ……」
とんでもなく都合のいい話ではあるが、あの大食いと甘いもの好きなことからして、この際、何を言われても真実だと受け止めざる終えない。
さて、そんな話をしている間にも、勇人たちは寮に着いてしまった。
エレベーター――などというハイテクな機械はこの学生寮には存在しないので、階段で自分の部屋――最上階を目指す。
「――だから、俺に急所というものはないが、魂を抜かれれば『死ぬ』のと一緒なんだぞ?」
「ふ〜ん」
裕の話を軽く受け流したあと、辺りを見渡せばすっかり薄暗くなっており、やっとの思いで部屋に到着。
部屋に入るなり廊下を駆け、奥の部屋のベットへと飛び込む。
「あ〜♪ やっとの思いで帰ってきた我が家!」
守護霊が突如現れ、学校では喧嘩という名の殺し合い。レベル3に繰り上がり、変人が集うクラスに移動し、亡霊に襲われ、金を取られ、食事に誘われたが、守護霊のせいで借金地獄にはまってしまい――という、やっとの思いで帰ってきた我が家なのであった。
と、
「じゃあ、さっそく悪霊狩りに……」
「――ふざけんなぁ! 今日は散々だったんだぞ!?」
人間には我慢の限度というものがある。
現在その勇人はその状態の真っ最中であり、裕が感情を『恐喝』に切り替えたとしても、維持でも外には出ない気でいた。
「だって、このままだと世界が滅びるって言ってるのに、それを信じないんだから、身体でそれを知ってもらうしかないだろ?」
それは遠まわしに『死んだらわかる』と言ってるようなものだ。
「わかったわかった。昨日はあまりの突然のことで信じなかったが、お前の胃と、たださえファンタジーだった俺の生活がさらに悪化してることがそれを証明してるし……。今度はちゃんと聞くっ」
「……そうか」
すると無表情の顔に険しさが加わる。いつものようなポカーンという無表情ではなく、死体のように、怖いぐらいに硬い表情だった。
そして裕が話しを始めようとした時、
「待てっ」
勇人がストップ、と交通整理をする人のように手を前に突き出す。
「そんな硬い話になるなら、茶でも飲んでからにしよう」
と立ち上がって狭い台所へ足を運ぶ。
裕はそれを理解したように表情を崩し、その場で寝転がった。
何から話すかを考えるように。