XIII,守護霊は糖分が大事
「うぅ……。今日も最悪の1日だな……」
昨日に引き続き、レベルが突然2ランクも上がり、変な人達がたくさんいるクラスに移動され、お金を取られ、亡霊に襲われ、MHPに目を付けられた(勇人がそう思ってるだけ)という最悪の出来事が勇人を襲った今日。
午後4時を回った頃。
勇人は学生寮の前を通りながらため息を吐く。
学校から勇人の住む学生寮との間の距離は5km。時間にしてだいたい1時間ぐらいは掛かってしまうのである。ということは、勇人は8時に始めるHRに対して、6時45分ぐらいに家を出なければならないという試練に毎朝耐えている、ということになる。
「つか、悪霊を捕まえるって話はどうなったんだ?」
「とりあえず飯だっ」
裕の表情は若干不機嫌に見えた。
まぁ、朝のクッキー5箱から、何も口にしていないので当然だろう。
「はぁ〜、あと少しで部屋に着くから我慢しろっ……。冷蔵庫には人参とジャガイモしか残ってなかったから……、今日はカレーだなっ」
「やだっ」
「は?」
「そんなインド発祥の香辛料を使った辛い料理なんて俺の好みじゃないっ」
「好みじゃないって……、お前カレーライスという国際的に愛される料理が嫌いなのかよ?」
「当然!」
そんなの当たり前だろっ! とでも言うような顔で言い放った。
「だいたい、カレーが国際的に愛される誰が決めた!? 食べたあとの胃もたれに、舌を突き刺すような辛さ! 認めん、絶対にあれが国際的料理だとは俺は認めないぞぉ!」
(あまりの空腹に『カリカリ』してるなぁ、こいつ。……………………、!)
今のはけして駄洒落ではない、と自分に言い聞かせる。勇人自信も気づいているだろうが、今のは駄洒落としてかなりひどい。今のが心の声でよかった〜っと一安心したところで話を元に戻す。
「っで、どうすんの? もう寮の前まで着ちゃったけど……」
「とにかくカレーは嫌だ」
「じゃー……、人参スティックにでもするか?」
「……、ハヤト? お前は俺をなめてるのか?」
は? と勇人が反応する前に、
「そんなウサギの主食をどうして俺が食わないといけねぇんだ!?」
冗談なのか本気でそう思っているのかはともかく、勇人は裕の心中を探ってみることに。
「じゃ、じゃあさ、……何が食べたいの?」
「糖分」
やっぱり。
「糖がなきゃ、頭が回らないだろ?」
幽霊というジャンルに脳みそなどあるのか? という疑問を抱きつつも、この極度の甘党に勇人は頭を悩ませる。
「おいっ」
その声は裕ではなかった。
不意に後ろから声を掛けてきたのは、病院又は家で寝込んでいるはずの氷条だった。
「いやぁ〜、今頭を回す必要はないと思うぞぉー?」
だが、勇人はここでプラス思考に考えて、氷条がそこにはいない、と自己暗示をかけ、わざとらしく会話をつなげる。
「って、無視すんな!」
「ッ! 冷たっ!!」
不意にも氷条は勇人の首をガッシリと掴んだ。
その手の冷たさは、彼女が氷を司る魔法使い――という理由ではなく、単に明らかにさっきまで右手に持っていたであろう、キンキンに冷えたアルミの缶ジュースを左手に持っていたからだった。よって彼女の手はそれによって冷たく支配されていたわけである。
「な、なんだよ!? テメェー、家で寝込んでいるか、病院送りになったじゃねーのかよ!」
「私を馬鹿にしてんの!? それぐらいで病院送りになるほど柔じゃないの!」
「はいはいっ、そうですかっ。……それで? 俺に何の用なの?」
「私は嫌だったんだけど……、姉御があんたと話したいって言うから……」
「姉御?」
そう言いながら、視線を後ろへ向ける。勇人もそう方を見ると、
ミャーっ。
「――ミャーっ。ミャーッ」
「……………………………………………………………………………………………、」
何やら道端で、野良猫と会話をしている少女を発見。
勇人と同じ、森羅高校の制服で身を包み、セミロングの茶色い髪の毛、灰色のスカートをぎりぎり校則違反破ってないぐらいのひざぴったりの丈の長さで装備した、見覚えのある幼馴染の姿。「へ、へんしゅうぅ……ちょぉ?」
その純粋なる後姿は、とても『姉御』などと呼ばれる柄には見えない。
そして純粋なる少女は、純粋なる表情で、
「あっ♪ ハヤトォー」
純粋な声で、純粋にも勇人に向かって手を振る。
そのあとも、純粋なる少女はネコと会話をし続ける。どうやら勇人の存在に気づいたものの、自分からそっちへ向かおう、という気はないらしい。
それを察した勇人は仕方なく少女のもとへと足を運ぶ。
「ミャーッ、ミャッ♪」
「それで? このネコが大好きな『姉御』は、俺に何の用ですか?」
「な、なんで私に聞くのよー! こっちに本人がいるでしょうが!」
「勇人はこの目の前にいる氷条歩という氷女と、純粋でネコが大好きな編集長こと守原雪見との関係性がわからなかった」
「はぁ? 誰に言ってのよ、それ?」
「故に、その関係をこっちから尋ねる前に、そちらから説明してほしいと思う、勇人であった」
「うぅ……、イライラするんだけどっ……。だったら素直にそういえばいいでしょっ!?」
「勇人は知っていた。氷条がやや理解しにくいように言わねば、言うとおりにしないことを」
「……マジで、殺すぞゴラァ!」
瞬間、一気に周りの気温が下がり始める。
「お、おいっ、冗談だよ、冗談っ!」
はははっ。などとごまかし笑いを加えてみるが無駄なようだ。
「歩〜♪ あんまり派手にやらないでね〜。他の人の迷惑になるから」
心配する点が合っているようで間違ってる感じの言葉を吐きながらも、ネコが餌を与えられたときのような顔でネコと会話を楽しむ姿は純粋そのもの。
だが、勇人にとってはそれどころではない。
「何がいいのっ? 凍死? 撲死? 出血多量によるショック死でもいいわねぇ……」
それは勇人に問いかけているのではない。
どうやって殺そうか、と自分に問い質しているのである。
頭の中で考えがまとまったのか、両手を勇人に向けて、
「アイス……、!!」
「防衛及び、特別な許可がある状況ではない限り、魔法の使用は絶対絶対禁止ですけど?」
その瞬間。本当に一瞬の間に、氷条の目の前にポニーテールの女子が現れ、腕を掴みその魔法を阻止した。
「う゛……わ、わかってるわよ!」
森羅高校の生徒会。
そのやや短い白衣を着て現れた島尻は、その役目を果たしにここに空間移動してきた。ように見えたが、
「まったく、雪見さんが呼んでくれなかったら、一体一体どうなっていたことか……」
「なんだ? お前も編集長に呼ばれたのかぁ?」
「あっ、あなたは今朝、うちのクラスに突如やってきたダメダメ君ではないですか!」
「ダメダメって……」
レベル1(だった)、授業態度ダメ、先生を怒らせた、新学期早々の抜き打ち小テスト1点。
確かにダメダメではあった。
勇人に突っ込む間も与えずに、
「ってことは、まさかのまさかあなた達も呼ばれたのですか?」
「いやー……、呼ばれたというか、偶然出くわしたってとこ、だなっ」
「ちょっと姉御! 私はこんな野郎2匹と、生徒会ちゃんと一緒だなんて聞いてないっ!」
ミャーミャッミャーミャーミ゛ャァ〜ミャーッミャーミャーミャーミャッ。ミャッミャーミーッミャ〜オッミャッミャッミャッミャ〜。ミャミャミャーミャッ、ミャミッミャーミャーみゃ〜ミャオッミャーミャァ♪
「…………………………………………………………………………………………………(汗)」
「…………………………………………………………………………………………………(驚)」
「…………………………………………………………………………………………………(輝)」
いつの間にか守原の周りには数十匹という猫が集まっていた。
3人それぞれ違った表情をしながら硬直する。
「ちょ、ちょっとー。編集長? 早く人間の世界に戻ってきてくれません?」
「ミャ?」
猫語で返されても勇人には『何?』という風に聞こえてしまったことに驚きを隠せない。
「ッ……。だ、だから、俺たちを招集した目的は何なんでしょうか?」
外国人……、又は異世界の人とでも話すかのごとく、丁寧にゆっくりと話かけてみる。
「あ♪ 全員揃ったね!?」
猫に別れを告げたあと、こちらへニコニコスマイルで向かってきた。そしてポケットから何かを取り出して、
「ジャン!!」
「!?」
『ファミリークーポン』と書かれていた紙切れ。
「――というわけなのですっ!」
「…………………………………………………………………………………………………(黙)」
「……? まったくのまったく、雪見さんの意図が見えませんが……?」
仕方ない、とでも言うような顔で、守原に代わって氷条が説明を始める。
「いや〜、なんかね? 姉御が福引らしきもので当てた、らしいのよ。でっ、私と行くはずだったのに……」奥歯を噛み締めて、「あんたがここを通りすぎたがためにっ、こうなってしまったのよ!」
と、逆切れ。
「い、いやー……、ここ、俺んちの寮の前だからねっ、これ……。通らないことなんてないからねっ、うん……。まったく」
「まぁまぁ。だけど、ハヤトたちがいなかったらこのクーポンは使えないんだよ?」
全員が、は? という反応示す。
「ここにご注目!」
そう言ってクーポンの下部分に指を指す。
『4名以上の家族様限定!』
「なるほどのなるほどですぅ。私たちを入れて、4名なんですね?」
勇人はその島尻の言葉に何か違和感を感じた。
「そう! し・か・もっ、4名以上と書いてあるだけであって、『何名以内』とは書いていないのであるからして、何人でも招待できるのだよ!」
と、自慢気に先生口調で話しをまとめる。
内心、勇人はラッキーと思っている。
当然、これでうるさい甘党野郎を黙らせることができるのだ。しかも無料で。自分のお腹も満たせるし、こんな嬉しいことはない。
「てか、そのクーポンいくら分?」
「ふふん♪ 聞いて驚かないでよー?」
……。
「なんと! 5千円分!!!!」
ファミレスの5千円分……。
でも、1人1250円と考えれば、それほど大きな額でもない。
……という自分の思考にも何か違和感を感じた。
「ハヤト今、『全員』で5千円分って考えたでしょ?」
その言葉に考える時間をなくしたが、その口調からして、
「ま、まさか!?」
そのまさかだった。
1枚に見えたクーポンは守原が扇子のように広げたことによって4枚になったのだ。
「ずばり! 『1人』5000円であり、合計で20000円というわけなのですっ!」
おぉ!
「それはそれはラッキーですねぇ!」
「さすがは私の姉御!」
ファミレスで2万円かぁ……。2万ならもっと高級なレストランで食べたほうがいいような気がする――と思いつつも内心かなり嬉しい勇人であった。もちろん、勇人は貧乏な学生なので、2万円という大金を手にしたことはない。これだけのお金があれば……、
と、ここでさっきまで感じていた『違和感』の正体に気づく。
守原。氷条。島尻。勇人……。
あと1人いたはず。
ツンツンの髪の毛に生意気とも言うべき無表情な顔に、180cm弱の長身の身体。そのくせに甘いもの大好きで図々(ずうずう)しい少年がいたような。
さっきまでカレー断固拒否! という態度をしていた、腹を空かせた少年の姿見当たらない。
「なにをキョロキョロしてるんですか?」
「い、いや〜……。なぁ? 髪の毛ツンツンで、ボケーッとした無表情の顔した長身の少年を見なかったか?」
「い、いえっ。私は私はまったく見てませんけど……?」
「あのアンタのダチ?」氷条はキョロキョロ辺りを見回して、
「ん? あの行列……、何?」
後方の50mほど先。
夕日で黒く染まった人影が、寮の入り口の階段の方に向かって列を作っている。
「屋台でも……ある、の……か」
よくよく見ると、それは人影ではなかった。
四足で、何を咥えている……。
動物?
蟻でもあるまいし、動物がこんな行列を作るなんて聞いたこともない。
「な、なんなんですか!? あれは……」
その行列をクーポンで浮かれていた守原も注目する。
「……? ……! 可愛いぃ♪ みかん咥えてるよぉ! あの猫たち!」
夕日が逆光してよく見えないなか、猫探知機とも言えるその目で見事に咥えている品まで当てて見せた。
それを聞いた勇人がすぐさま思考を働かせる。
みかん→甘い→糖分→裕!
「まさか!」
そう声を上げたあと慌ててその行列の先へと駆け出した。
「はい、ありがとね〜♪ いい子だな〜お前らっ」
「…………………………………………………………………………………………………(硬)」
そこには珍しくニコやかな顔で猫たちからみかんを受け取る裕の姿あった。
あとから駆けつけてきた女3人は、
「な、なんですかこの人は!」
「アンタのダチって、動物使い(ビーストテイマー)?」
「……可愛い♪」
猫たちは次々とみかんを裕に渡していく。
その数およそ100匹。
どんな手を使ったのかは知らないが、勇人は改めて思う。
(こいつ……、やっぱ怖ぇ……)
「食うか?」
裕は無表情で勇人にみかんを差し伸べるが、勇人は首を振って断る。
女子3人は喜んでもらったそうだが……。