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SINRA  作者: 空想
12/19

XI,亡霊は止まる

 その火の玉は、ゴーレムの頭に右から衝突したあと、勇人の目の前に着地した。

「ひ、火向ひむかい先輩!?」

 それは半袖ブラウスに赤い生地に黒のチェック柄、とここまでは氷条の制服と変わりなかった。だが、その上から赤いパーカーを身に着けていて、気温28度という今の森羅にはまるで合わない服装であり、それを見ていた勇人もそのせいで体感温度が上昇したような気がした。

 氷条が火向と呼ぶ、明らかに森羅女学院の生徒は赤いパーカーのポケットから卵型の黒いボタンが付いた小さな機械を取り出した。

 その時、さっきの衝撃でバランスを崩したゴーレムが体勢を立て直し、火向に向かって拳を振り落とす。

 ボゥッ。その瞬間火向の左手が燃える。

 すると不思議なことに、振り落とすはずだったその右手はその炎を怖がるようにして、一時的にその拳を止める。

 それを確認して、カチッと火向がその黒いボタンを親指で押すと、


『ビィー! ビィー! 非難命令避難命令! すみやかに近くの防衛施設、公共施設に非難ください』


 街中にある煙突状の機械『解析機(スキャナー』が、赤い光を点滅させながら、機械独特の音で周囲に非難を呼びかける。

 突然周りの住民はキレイに勇人たちの前から次々と姿を消し、やがて誰一人として視界に入らなくなった。

 ゴーレムと火向を除いて。

「ほらっ」

 不意に裕が勇人に向かって白い箱を投げつける。

「ッ!」

 危うく落としそうになったがなんとか受け取った。

 『箱』という名の『カメラ』を。

「あとこれっ、カートリッジ」

 また不意に投げつけてきたのは2つのやや小さめの黒い箱。

 これまた落としそうになるがギリギリで受け止める。

「1つにつき10回だから、30回は撮れるな、これで」

「じゃ、じゃあ、こいつであの怪物を撮ればいいんだな?」

 確認するまでもないことだったが、勇人が考える『カメラで怪物を消す』ということを確実にするために聞いてみた。

「いやぁ? あいつは非契約霊体じゃないから……。今回はお前の出番はないぞ?」

 ……。

 ではなぜ裕はここに来たのか、という理由の解明に勇人は挑戦してみる。

「……、じゃあこのカメラは何のために渡したの?」

「人の物をいちいち預かってる暇はないんでなっ。とりあえずいい機会だし、今渡しておく」

 国語の教科書を忘れ、他のクラスに借りにいき、借りた相手の国語の授業は5時間目なのに、2時間目の休み時間に教科書を返しにいく、っていうあれか――と勇人は解釈した。

(うぅ……。めんどくさい奴……)

「――聞こえてるぞっ」

「げっ!」

 珍しく若干不快な表情を浮かべる裕。

 そういえば、裕は勇人の心を読むことができる。それで裕に助けて欲しいという願いが叶ったのだろう。

 それにしても、目の前でゴーレムを怯えさせてるこの少女は何者だ、と勇人は疑問に思う。

「裕さん」

 その何者かわからない少女の第一声に勇人は驚く、というより戸惑った。

「ひ、ひろし……さん?」

「あなたの言ったとおり、この怪物は炎に『弱い』……というより、『怖い』ようですね」

「ああ。だが、長時間は持たないぞっ」

 勇人はさらに戸惑う。

 家にいたはずの裕が、突然ここに現れたと思ったら1人の女性と知り合っており、しかも「裕さん」と言うまでの関係になっているなんとは……。

 もはや驚いていいのかわからない。

「ど、どうなってんの……これ?」

 その意味は複雑で、『この怪物がなぜ俺を襲う!?』と『二人はどういう関係!?』という二つの意味を成していた。

「あいつは亡霊ファントムと言ってな、悪霊の一種だ」

 どうやら『この怪物がなぜ俺を襲う!?』というほうを解釈したようだ。

「で、でも悪霊の一種ならどうしてカメラでどうにもならねぇんだ!?」

「あいつは恐らく召喚された亡霊だ。カメラは非契約霊体しか吸い込めない」

 恐らく。

 それは裕にも詳しいことはわかないとでも言うようだった。

 つまりそれは、定まった倒し方は誰にもわからないということも意味していた。

「裕さん」

 勇人はこの呼び方に少々抵抗があった。まぁ、きっぱり言えば好きではなかった。

 少し不快な表情を浮かべながらも火向の言葉に耳を傾ける。

「――あの怪物は、魔法そのものですか? それとも召喚、又は喚起かんきですか?」

 少なくとも勇人には理解できなかった。

 第一そんなことを聞いてなにをしようというのか。

「喚起だけど?」

「ではやってみたいことがあります」

 その時、時間という奴がきたらしく、ゴーレムが再び右拳を振り上げて落とそうとする。

「俺が援護してやる」

 勇人の背中に突然熱気が伝わってきた。

 ゴォー! という轟音を立ててながら、裕が燃え盛る赤い狼へと変貌する。変貌した姿で裕がゴーレムの右拳に飛び掛かった。

 すると、やはり少し怖いのか躊躇ちゅうちょしながらも裕を振り落とそうと暴れまくる。

「歩……、まだ動ける?」

 裕に喋る口調とは変わり、姉のような声でまだを息を切らす氷条に優しく聞く。

「は、はいっ……。あと一回ぐらいなら……」

「じゃあ、ゴーレムを凍らしてちょうだいっ」

「やってみます……」

 そう言って立ち上がり、両手をゴーレムに向けて、


氷牢アイスキューブッ……』


 その瞬間、ゴーレムは手と足元から徐々に凍り始める。

 亡霊と呼ばれたゴーレムは次第にただの氷の彫刻と化していく。

 そして完全に彫刻になってしまったあと、氷条はそのまま地面に倒れこみそうになるが、それを勇人が後ろから支え、自分の腕の中でキャッチした。

 その氷を溶かさないようにと、裕は変貌を解除することなく火向の目の前に着地する。

「では、国名。界名。魔術式。あと、それに使われた言語をできるかぎり教えてください」

「国名はイギリス。界名はロンドンの墓地としかわからないけど、言語は英語だ。だた、そのー……、まじゅつしき? って奴は俺には理解できねぇぞ?」

 それを聞いた火向は満足したように頷いて、

「――それだけわかれば十分です」

 しかし、氷の彫刻と化したゴーレムはその怪力で、徐々に氷にひびをいれ、氷の呪縛から解かれようとしていた。

 火向はそれでも急ぐ素振りも見せず、人差し指を地面に当てる。


炎陣パイロスペル


 そう静かに言うと、ゴーレムの足元中央に一つのロウソクの火のような炎が現れた。

 裕が飛び散らせた火の粉とか、そこに紙があってそれが燃えたとかではなく、何もない場所から突如炎が現れたのだ。

 無論、彼女はせっかく後輩が凍らせたゴーレムを溶かそうというわけではなく、まるで地面に当てた人差し指とシンクロさせているように見えた。

 火向が地面に六角星ろっかくせいを描く。

 すると同じようにしてゴーレムの足元の小さな炎も地面を焼いて六角星を描く。

 もちろん地面は石なので、彼女の六角星を描いた場所には何も描かれてはいない。だが、不思議なことに、目の前にあるゴーレムの下ではそれとまったく同じようなことが起きていた。

 次にその指を離すことなく、星の六角星を結ぶようにして円を描く。

 これもまた、同じようにして炎だけがその図形を描いていた。

 刻々と氷が砕け散る中、そのペースを乱すことなくゴーレムの足元には魔法陣らしき陣が完成しつつあった。

 出来上がった頃には、ゴーレムを縛る氷は残り脚だけとなっており、いつでも火向を潰すことができた。が、ゴーレムはそんなことよりも足元にある炎が気になって仕方がないようで、足を小刻みに動かすが、氷はその脚を離そうとはしない。

 その完成した魔法陣は星を描いて二重丸で囲んで終わり――という単純なものではなかった。たくさんの円とその間に書かれた英語らしき文字。だが中には人間が書けるような文字ではないという『記号』という名がふさわしい文字もいくつかあった。

 バキンッ。と氷を無理やり割るような音が勇人に恐怖心を与えた。


 ゴォォォオオオォォオオオオオオオオ!!!


 怒った! とでも言うように天に向かって咆哮ほうこうしたあと、勇人たちを睨みつけるようにして、左腕の大斧を振り落とそうとする。

 勇人にはそれが鎌に見えた。

 死神が持つ、『魂を狩る大鎌』に見えて仕方がなかった。

 ゴーレムがその大鎌を振り落とす瞬間、勇人はその恐怖心ゆえに、目を瞑って死を再び覚悟する。


喚起解除サモンディスペル


 ゴォォオオオッ………………。

 その動きは咆哮が止むと共に時が止まったかのように静まる。

「……??」

 勇人はその不思議な光景に『戸惑い』ではなく、どうなったんだ? という疑問の方が先に脳裏に浮かんだ。

 それを裕に尋ねる前に、


 ゴーレムは魔法陣の光と共に消えてしまった。

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