IX,笑いは時として人を壊す
この街にある学校すべての時間割は学年別ではなく、クラス別で違うという変わったシステムにある。それはその生徒のレベルによってクラス分けされることによるもので、そのレベルは毎学期ごとに行われる『脳診断』よって決定される。基準としては、どれだけ脳が覚醒、発達しているかどうか、という点で、全体を100としたときの覚醒、発達の割合でレベルを決める。クラスの番号は、その『レベルのクラス』というわけだ。しかしながら、レベルが高い=強い、とかいうファンタジーの基準というわけでもない。レベルが高くても何の力を持たない者もいるし、レベル2でも凄い力を持つ奴もいる。ただ、レベルというのはあくまでも脳がどれだけ覚醒しているか、というものなので、そこらへんはあまり関係ない。
しかし、レベル1に関しては例外で、レベル1はレベル1。つまり絶対に力は持っていないということである。レベル2で念動力を使える者もいる。レベル5で何の力も持たない者もいる。が、レベル1で空間移動ができるとか、肉体治癒を持っているということは100%ない。
それは勇人も同じ。
レベル1とは一般的な基準で、森羅の人間ではない、つまり日本やアメリカと言った人間の脳の覚醒基準なのである。見る、話す、考える、聞く、味わう、感じる、臭う、と言った人間の行動しかできない人達の仲間が勇人なのである。
勇人のような人間は世界の9割を占める。だが、ここ森羅ではおよそ5割強。だから当然、街中で力を使おうという気を起こせば、もちろん捕まるか、生徒であれば指導がくだされる。 だが、勇人はそんなことには無縁だった。
だってレベル1なのだから。
何の力も持たないレベル1……。
「――の、はずだったんだけどなぁ……。なぜに運命の女神は俺をこういじめるんだ……」
勇人は今現在、1年3B組の机で授業を受けていた。
「はい、ではっ、さっきの騒動でHRはなくちゃいましたので、さっさく森羅理論について勉強していきますよ?」
ディナ先生は張り切って授業を始める。
勇人がこんなことになってしまったのは脳診断をしたことから始まる。
あの騒動のあと、勇人は編集長に別れを告げて解析室に向かった。のだが、
「レベル3」
その若干太り気味のふてぶてしい顔をしたおばさんは言う。
「……はい? レベルぅ3……? 間違ってません? それ」
「レベル3」
しつこいっ、とでも言うように同じ声のトーンで言い返してきた。
「いやいやいや、計り間違えでは? 俺生きてこの道16年、レベル1をやってきたんですけどぉ……」
「だったら、頭トンカチで叩き割って、レベル1にしてあげてもいいのよぉ」
「……結構です。レベル3で……」
そのおばさんはふてぶてしい表情を変えようとはしない。これが真顔なのだろうか? 逆にそれが独特の恐怖感を漂わさせていた。
「わかったらさっさと3B組に行く!」
「は、はいぃ……」
というわけで、渋々このクラスに強制追放されてしまったのである。
今行っているのは森羅理論という授業で、この森羅に関することや力の使い方とか言うこの世界での『基礎』を教える時間。教科担任はなく、それぞれの担任が教えることになっている。ちなみに、これは必修科目なので取らないという生徒は誰一人としていない。なので、授業もクラス毎で行い、学校全体で授業を行う。
レベル1の生徒もこれだけはやることになっているので、勇人も多少のことは知っている――というわけでもなく、授業を聞き流している勇人には何の知識もなかった。
「――つまり! 魔術とは術式や法則を利用した術で、魔法とは魔力を身体及び魔具から放出する術のことを言うのです! ――って聞いてるんですか大和君?」
大和は机に肘をつきながら、先生の話を寝ながら聞いていた。
「まったくっ……。別にいいんですよ? 授業を聞かない生徒は補習ですからっ」
呆れたように黒板に向き直ってチョークを持ち直す。
「先生……」
「?」
「俺は眠ってなんかいませーん」
変わらずその姿勢を保ったまま言い訳を始める。
「目を休めてるんですぅ――とか言うつもりなんでしょう! どうせっ」
「視覚的情報を無くして、聴覚的情報に集中してるんです。えらいでしょっ?」
「むぅ……、先生にそんな屁理屈通用しませんよ!? だいたいあなたは魔法魔術専攻の生徒なんですよ!? こんな基本中の基本を勉強しないでいいと思ってるんですかぁ!?」
先生が何もない大和の机を指差して声量を徐々に増していく。
「俺は武術専攻の方が良かったんですよぉ……」
その体勢を崩すことなくすねる。
「だからと言って、授業放棄していいわけではないんですよぉ?」
「じゃあ、他の超能力専攻とか、武術専攻とかの奴らはどうなんですか? 全員、寝てますけど?」
「へ?」
ディナ先生が辺りを見回すと驚くべくき光景が広がっていた。
クラスの半数以上が仮眠を取っていたのである。
「……ふふーん、先生がこの程度のことで取り乱すと思ったら大間違いですよぉ?」
「……」
「先生は知っています。怒ったって時間の無駄というぐらい知っているんですっ。そんなことをするよりは、授業をしっかり聞いている生徒に対して丁寧に授業を行い、授業をサボタージュする生徒には後でしっかり補習をすればいいんです!」
先生は今までの人生で学んだことをベラベラと喋る。
(先生って何歳だ? 見た目7歳……だよな? 7歳の先生にそんなこと言われても全然説得力ねぇ)
「はははっ」
「勇人君!? 何がそんなにおかしいんですかぁ!!??」
「――あっ……」
勇人はつい自分の考えたことが面白くて笑いを声に出してしまった。
慌てて口を抑えたがもう遅い。完璧に先生にマークされた。
「先生の顔になんかついてるんですか!? それとも悪い妄想癖でもあるんですか!?」
「い、いや……そういうわけでは……」
「それとも……、先生の可愛らしさに思わず笑みがこぼれたとか?」
頬に手を当てて可愛い(と思っている)ポーズをとる。
「先生っ。話はそれぐらいにして授業を再開してもらいませんか?」
ぶっ!
大和の斜め向かいに座る新聞部の編集長が言ってはいけないことを発言に勇人は思わず吹き出してしまった。
「……守、原、ちゃん? 今、先生、ひどく傷つきました……」
「?」
言葉の意味が理解できない様子で編集長こと守原はポカーンとする。
(編集長、ナイス! や、やべっ、面白すぎて堪えきれねぇ……)
「クククッ」
「! は、勇人君!? さ、さっきから何がおかしいんですか!?」
その先生に大和がさらに罪を重ねる。
「はははっ。そんなに動揺してぇ、せ、先生だって何がおかしいかくらい、わ、わかってるんでしょ?」
笑いを堪えながら先生をおちょくったあと、思いっきり爆笑する。
無論、先生の顔はますます赤くなった。
「む〜っ!」
プンプンという効果音が似合いそうな顔を浮かべたあと、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
「あはははははははははははははっ!! は、腹が、腹が壊れるぅ――」
とうとう勇人の笑いを堪えれなくなり思いっきり爆笑する。
何がおかしいのかわからない守原と、馬鹿にされた先生以外の生徒はほぼ全員爆笑していた。
その時、先生の中でポチッとスイッチが入った音がした。
「次、しゃべった奴は、問答無用で『チョーク千本』の刑にしますからぁ……注意してくださいね♪」
そう言うディナ先生は笑っていた。
その笑顔の裏にある何かを全員が察知して教室は凍てつくような静まりを見せた。
ただ1人を除いて……。
「せ、先生は、か、可愛いというより……『幼い』でしょ? あははっ」
一番後ろの席で馬鹿笑いしているのは雷花だった。
「!」
先生はギロッと雷花を睨んでチョークを手裏剣のごとく投げつけた。
「……ぐぁ゛っ」
放ったチョークは見事に雷花のおでこにヒットして、死んだように椅子ごと後ろにひっくり返り気絶した。
「勇人君♪ 今のを『チョーク一本』って言うですよぉ? この意味わかりますか?」
勇人は瞬時に理解した。
あれがチョーク一本ということは、チョーク千本は『死』を意味することを。
「は〜い♪ では授業を再開しますねぇ?」
何事もなかったように授業を仕切りなおす。
(――何か見てはいけないものを見たような気がする……)
そう思う、クラス一同であった。