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相談室で

作者: 平野海純

「消えたい」

 そっと私の口からこぼれた。

 体を冷えきったコンクリートに預け、虚ろな目で憎いくらい真っ青な空を見る。

 ハァ

 ため息がこぼれる。

 手には一切力が入らない。

 ただ体に掛かる重力を、自分の身体の重さを感じていた。

 私は特別不幸だった訳でもない。

 充分な幸福を貰い、それなりに親には大切にされてきた自覚もある。

 それなりに何でもできる。

 大きな難もなく生きてきた筈だ。

 だけど何時からか自分の価値を見出だせなくなった。

 何も特別もない、他人より優れたことがない自分に劣等感を感じた。

 何もかも捨ててこのまま世界に沈み消えてしまいたい。

(あなたはまだましじゃん)

(出来るだけ良いよ)

 そんな事言わないで、私は私なの!私にとって今は苦しいの!自分という存在が嫌で嫌いなの!

 頭の中で誰かに言われた言葉がぐるぐると回る。

 私は誰かに慰めて欲しい訳じゃない、ただ逃げたいだけなの。

 コツッコツッ

 近くで足音がする。

 私は体を一度ビクッと震わせ何とも言えない恐怖で心が一杯になった。

 このまま溶けて、消えて、何もなくなれば良い。

 心ではそんな事を思い続けてる。

 コツッコツッ

 足音が私の前で鳴りやむ。

 私は、下を向いた。

「こっちを見てください。話なら聞きますよ。何時間でも」

 彼は、ニコッと笑った。

 やめて、やめて、そんなに眩しい笑顔を私に向けないで!

 私という害悪な存在がこの世界で「生きたいって思っちゃうじゃん」

「生きて良いと思いますよ」

 彼が言った言葉で私は心の声が漏れていたことに気づく。

「私は、生きてる価値がないの、必要ないの」

 私は言った。

 頬が熱くなり、目の辺りがジワッと何かが染みる。

 水滴が目から垂れ、むずむずとする。

「あなたは生きてて良いんですよ。だって今僕があなたの隣にいて幸せを感じているから」

 やめて、やめてそれ以上優しい言葉はかけないで何もできなくなっちゃうから。


 ――――――――


「隣の家のあの子すごいわよね、○○高校ですって、やっぱり頑張ってる子は違うわね」

 親が何気なく言った言葉が私の胸に刺さる。

 親は確かに優しいし、幸せをくれるけど私の努力を見てくれない気がする。

 出来る人と私を同一視しないで、私を出来ないって言わないで、声には出ない。

 声に出してしまったら、自分がちっぽけに見えてしまうから。

 最後に褒めて貰ったのは何時だろう。

 学校でも、似たような事があった。

 私は小学生の時から学校にはちゃんと通ってない。

 中学校もさほど行ってないから思い出なんてほとんどない。

 卒業式にも出てない。

 家で自分の部屋で無理矢理勉強して、少しレベルの高い学校に受かった。

 でも私は数日行っただけでまた自分の部屋から出てこれなくなった。

 期待されている気がする。

 私はプレッシャーに弱い。とても弱い。


 ――――――――


 ハァ

 僕の口からため息がこぼれる。

 小学生の時、中学生の時、そして今。

 僕の隣の席は空白だ。

 彼女とは、幼なじみで月に数回は会う。

 会話をするわけではないが、目があったりする。

 僕は退屈な授業をただ欠伸して、眠気と戦って汚い字でノートに乱暴にメモしていく。

 正直寂しいさ、隣の席の人ってこんなに大切なんだ。

 今、僕の隣の席の人は小学校も中学校も一緒で、小学生の時から不登校気味だったから仕方ないけど僕は少なからず寂しかった。

 そして、いつも学校に来なくなるときの最後に隣の席は僕だった。

 一時期は僕が悪いんじゃないかという噂が広がったがそんな噂も消え、クラスは彼女が初めからいなかったかのように流れていくだけだ。

 似たような日常を繰り返して、ただ自分に自分自身に嘘をつき続ける学生が覇気のない生活をするだけ。

 僕は誰にも聞こえない声で誰も座っていない席に呟く。

「僕が悪いなら言ってよ。何も言われないのは辛さ以外残らないんだよ」

 僕は知ってる。

 彼女が誰も教室にいないような完全下校時間近くに机の中に貯まったプリントを取りに来てることを……


 ――――――


 少女は久しぶりに家から出た。

 重い足取りで学校へ向かった。

 時刻は夕方誰も教室にいないであろう時間。

 職員室へ寄り担任の教師に一言伝えてから、教室に向かいプリントを回収する。

 ふらふらと歩く。

 この時間に渡り廊下は人がほとんど通らない。

 ズルズル

 コンクリートの壁に身体を預け、ボーッとする。

 虚ろな目、誰も受け付けない目。

 そんな少女を校舎の窓からチラッと見た男子生徒が呟く。

「今日は来たんだ」

 その声は優しさが混ざっていた気がした。

 少年は、頬を多少赤らめ、無理矢理気をそらせていたのは見なかったことにしよう。

 少女は泣いていた。

 そこが学校という場所であることを忘れ、泣いていた。

 そんな彼女に、一つの手が差し出される。

「僕なら話を聞きますよ。何でも愚痴でも溢してください」

 真っ直ぐな目で少年が語る。

 照れているのか多少早口ではあったが、声には芯があった。

「お、お願い…します」

 少女は震えた声で言う。

 少年はそんな少女に笑いかける。

 彼の笑顔はとても暖かいエネルギーを持っているように思える。

 彼らは、保健室の隣の相談室に行った。

 本来この教室は、教師と生徒が相談する部屋だ。

 少女は、少年に全て自分が思っていることをぶつけた。

 少年は時に相づちをして、終始真剣な目で聞いていた。

 少女は全て話して、スッキリしたのか、少し早足で帰っていった。

 少年は少女の言葉を受け止めて、一人相談室に残っていた。

「今日はありがとうな」

 教師が少年に言う。

 少年は一人浅く頷いただけだった。


 ――――


『偽善者』

 僕に突き刺さる言葉。

(貴方は何のために彼女に会ったんだい)

 どこかから聞こえる声。

 僕は、分からない。

(偽善じゃないのかい。か弱い女の子を助ける俺、カッコいいとでも思っているんじゃないのかい)

 ズシリ、グサリ

 胸に刺さる。

 違うのに、そんな事思ってないのに。

 どうして、言い返せない。

 どうして、言葉が出ない。

 なんで、なんで、なんで?

 僕は、普段より大きなため息をこぼした。


 ―――――


 あの日から数日、数週間後……

 私は久しぶりにちゃんと登校しようと決めた。

 学校に行った……

 でも、私の話を聞いてくれた。

 隣の席の彼は居なかった。

 先生は「分からない」と一言だけ言い残してどこかへ行った。

 彼はどうしたんだろう。

 誰かに聞きたいけど、周りの目は冷たいだけの視線に感じた。

 私はもう一度彼に会うために、毎日とまではいかないけど月に一度、二週に一度と学校に行くようになっていった。


 ―――――


 僕は何時からか学校に行かなくなった。

 周りの目が恐くなり、周りの言葉が悪口に聞こえるように感じるようになった。

 被害妄想だってわかってる。

 でも、でも、分からない

 あのときの彼女もこんな気持ちだったのかな。

 暗い部屋の隅で体育座りして壁に寄りかかった。


 ―――――


 バンッ

 ドアが開く。

 バチンッ

 少年の頬に走る鈍い痛み。

 少女がビンタしながら投げ捨てるように言う。

「酷いよ、私を助けて自分だけが逃げるなんて」

 少年の頭は混乱していた。

「初めて、初めて今生きてて良かったって思えたのに、何でつき離すの何で私の好きな笑顔でいてくれないの。どうしてそんなに一人で抱え込むの?私に話してよ!ぶつけてよ!全部聞くから。だから少し前の私みたいに距離を作らないで、逃げないで、にげないで!」

 少女は泣きながら少年に彼に問いかけた。

 少年はニコッと笑い。

「好きだ。ずっと前から小学生の時から」

 そう呟く。

 急にそんな事を言われた少女は固まっている。

 それでも少年は続けて言う。

「僕は君の事が好きだ。ずっと前からだから君と話した。君に笑顔で話しかけた。少しでも僕を見てほしくて」

 少年の言葉に、少女は頬を赤らめながら、

「こんな私を好きになってありがとう」



 彼らがこの後どうなったか分からないが、少なからず悪い結果にはならないと思う。

 逃げたいときは、逃げれば良い、だけどそれで納得できないのなら一度試して見るのも良いかもしれない。

 自分を救うのは、自分自身か自分の事を大切に思ってくれる人か、誰にも分からない。

 そっと誰にも聞こえない声で呟いた。

 声は風に乗って何処かへ消え去った。

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