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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

親愛なる護衛騎士様へ

作者: 柊 依央菜

※注意※ 話の中で人の死があります。苦手な方はご注意ください。

この話は短編『 賢者様、旅はもう終わりましたよ 』の賢者の話になっております。



 賢者は、魔王を封印する器であり続けなくてはならない。

 賢者は、魔力の才能のある新生児に触れ、次の器たる者に魔王を移さなくてはならない。

 賢者は、器の役目を終える前に次の器を必ず見つけなければならない。

 賢者は、世界を救う英雄であり人々を傷つけてはならない。

 賢者は、賢者は、賢者は、⋯⋯⋯───





 ───賢者は、決して魔王に取り込まれてはならない。

 





「 大賢者様ー!! 見てください。可愛らしいお花が咲いていますよ 」


 僕は物心がついた時から教会にいた。親の顔は知らない。たぶん、僕が賢者に選ばれた時に教会に金を渡され、赤ん坊の僕を取り上げられたのだろう。両親がそれを喜んだか、悲しんだか、その理由は何か、なんて事をこの時の僕が考えているはずもない。この時の僕は教会こそが家であり、僕に魔王を移した大賢者様こそが親であったのだ。



「 坊主、その大賢者様っての止めろ。俺はお前の親から子供を奪い、魔王を移した大悪党だ 」

「 そんな事より、可愛らしいお花です 」


 大賢者様はいつもこう言って僕を悲しそうな目で見る。僕は悲しくないし、彼を恨んではいなかった。彼も赤ん坊の時に同じように前の賢者に魔王を移されたのだ。誰が彼を責められようか、いや、責められる筈がない。

 それに僕にとっての親は彼だ。司祭達や身の回りの世話をしてくれる人達は僕をまるで神のように扱う。僕にとって聴き心地の良い事しか言わない。聴き心地が良いと言っても僕からしたら聴きなれた事で、別段気持ち良くはならない。(むし)ろ、同じ人間として扱われていないようで気持ちが悪いと感じるようになっていた。

 それに比べて大賢者様は、僕を人間として扱ってくれる貴重な存在である。



「 この花は蜜を吸うと甘いぞ 」

「 だめです。花を毟るなんて可哀想です 」

「 たかが野花だ。お前は優しすぎる⋯⋯ 」


 大賢者様は顔をくしゃりと歪ませながら笑った。やっぱり僕を見る目がどこか悲しげだ。でも、頭を撫でる手が温かく優しい力加減で、僕は顔がにやけてしまう。こんな風に撫でてくれるのは彼だけだ。僕はにやにやしながら彼の温もりが離れるまで、この幸せを堪能した。


「 身体の調子はどうだ、奴の声は聞こえるか? 」

「 魔王ですか? わかりません、何にも聞こえないです 」

「 そうか、くれぐれも油断はするな。奴に弱みを見せるな。苦しい事があったら一人で抱え込まず、俺を頼ってくれると嬉しい 」

「 なら僕を大賢者様の子供にしてください 」


 僕は懇願するように大賢者様の足に抱きついた。幼い僕は、背が高くがっしりとした大賢者様の腰あたりまでしか身長がないし、腕も両足に回りきらない。それでも絶対離れないようにと、力を込めた。


「 俺が坊主と一緒にいられる間は親と思ってくれて構わない 」

「 それっていつまでですか? ずっと? 僕が大きくなるまで? 」

「 ⋯⋯さあな、俺にもわからない 」


 大賢者様は、困ったように笑った。僕は彼を困らせてばかりだ。

 そんな僕達に三人の女性が近づいてくる。彼女達を見て、僕はここが教会の広い中庭である事を思い出した。大賢者様といると自分の状況を忘れてしまいそうになる。


「 賢者様、お食事の準備が整いました 」


 彼女達は教会によって選ばれた僕の世話係の人達だ。文字通り、僕の言う事なら何でも聞く。そういう人達だ。


「 大賢者様ともっと一緒にいたい⋯⋯です 」

「 ⋯⋯俺は、そろそろ昼寝の時間だからな。お前は子供なんだからしっかり食ってしっかり寝ろ 」


 彼はそう言って僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。そう言われると、どうしようもないので僕は素直に従った。






────────────⋯⋯⋯⋯







 僕はその日、大賢者様を驚かせようとこっそり彼の部屋に向かっていた。彼の部屋は、広い教会の一番奥にある。僕は驚いた大賢者様の顔を思い浮かべて、どきどきわくわくしていた。彼なら驚いてもすぐに僕の頭をくしゃくしゃと撫でて、笑ってくれるに違いない。僕は慎重に、でも足取りは軽く彼の部屋の前まで来た。


「 ⋯⋯いるかな? 」


 扉に触れようとした時、中から苦しむ声が聞こえてきた。


『 うがっ、ぐうぅ⋯⋯、はぁ、はぁ、はぁ 』


 それは、大賢者様の声だった。


「 ⋯⋯大賢者様? 」


 僕は中のようすが気になり、入室の許可を取らずに部屋に入った。

 部屋は赤だった。赤だった。赤。彼の口から血が出ている。白い衣服や床はその血で汚れ、床に倒れこむ大賢者様は、血走った目でこちらを見ていた。


「 ⋯⋯見るな。見ては駄目だ。まだ早い!! 」

「 大賢者様!! 血がっ、血がこんなに出て 」


 僕は慌てて彼に近づき治癒魔法を試みようとした。だが、彼の手が僕の腕を掴んだ。いつもの優しい手ではなく、力強く震える手であった。


「 これに魔法は効かない 」

「 何故ですか!? 僕くらいの力があれば治せるかもしれない!! 」

「 いいか、よく聴け!! これは歴代の賢者が通ってきた道だ。⋯⋯賢者と言えど、身体は人間だ。魔王を身に封印する事によって身体は、少しずつ壊れていく。魔王を自分の中から出す事により、それは加速する 」

「 ⋯⋯えっ 」


 僕は大賢者様の顔を呆然と見つめた。魔王を自分の中から出す事により加速する。つまり僕に移したから大賢者様の身体が壊れていってるのだろうか。


「 ⋯⋯僕のせい? 僕が賢者になったから 」


 身体が震える。彼の身体が壊れていくなんて。彼がいなくなってしまったら、僕はこの世界で独りぼっちになってしまう。


「 お前のせいじゃない!! 大丈夫だ、大丈夫だから落ち着いて聴け⋯⋯ 」

「 ⋯⋯嫌だ、そんな、⋯⋯いなくならないで 」


 頭に声が響いてくる、魔王を受け入れれば大賢者様を助けられる気がしてくる。いや、助けられる。魔王を受け入れ、僕が更なる力を手に入れる事が出来れば彼を救える。彼の身体が壊れなくて、死ななくて、消えてしまわなくて⋯⋯。


「 ⋯⋯良いんだ。⋯⋯僕が魔王を受け入れれば 」

「 やめろっ!! 俺の目を見ろ!! 奴の声を聞くな!! 」


 大地が揺れている。大賢者様が何かを言っているが僕には聞こえない。まるで自分の中の何かが聞こえないようにしているみたいだ。


 目の前に僕がいる。僕が僕に手を伸ばしてきている。この僕を受け入れてしまえば全て上手くいく気がする。いや、全て上手くいくんだ。僕は僕だ。受け入れてあげないと。


「 やめろっ!! ⋯⋯くっ、今は仕方ない 」


 大賢者様を僕を抱きしめた。もう一人の僕が彼を忌々しそうな目で見ている。僕は大賢者様を不思議な気持ちで見た。


「 何で止めるんですか? 僕が必ず貴方を救ってみせるのに⋯⋯ 」

「 お前と魔王を無理矢理引き剥がす!! その前によく聴け!! 都合のいい事しか言わない教会の奴は信用するな!! 本当にお前自身の事を見てくれる人を見つけろ。賢者じゃなくてお前を!! 」

「 ⋯⋯大賢者⋯⋯さ⋯⋯⋯⋯ま 」


 僕達を中心に爆発的な光が溢れ出す。白い光と黒い光。僕は僕を引き剥がされた。もう一人の僕はどこかに行ってしまった。


 壁の崩れた教会の部屋に残されたのは、只の僕と、動かなくなった大賢者様だけだった。






────────────⋯⋯⋯⋯







 大陸に魔王が現れたらしい。教会の一部の人間以外は、それが賢者から切り離されたものだとは夢にも思わないだろう。みんな賢者は魔王を封印するための器なんて事を知りはしない。賢者は国を支え、民を想い、全てを守る尊いお方。みんなそう思っている。


 僕の未熟な精神のせいで一番大切な人は死んでしまったのに。

 僕が受け入れようとした事で、僕と魔王は同化しかけた。完全な同化を防ぐためには、無理矢理誰かが引き剥がすしかない。大賢者様は僕のために残っていた魔力を全て使い、死んだ。


 大賢者様が死んでから10年経った。


 魔王は今、実体を持っていない。自分に適した身体がなければ本来の力を発揮することはない。今の僕でも倒す事は可能だろう。大司祭の話では、数年後に聖女という女と旅に出されるらしい。もう一人の自分を倒すための旅だ。倒した後どうなるかなんて僕にもわからない。


「 賢者様、大司祭様がお呼びです 」

「 そうですか 」


 世話係の女性の一人が中庭で佇む僕を呼びにきた。僕は、彼女に顔を向ける。初めて見る顔だ。質問をしなくては⋯⋯。


「 貴方は僕のために死ねますか? 」

「 勿論でございます。賢者様のためならいつでも死にましょう 」

「 ⋯⋯そう、死ななくて良いですよ。生きてください 」


 僕がそう言うと、彼女は泣き出し、礼を言ってくる。彼女と僕が会うのは、今日が初めてなのに、何故。

 それは、彼女が僕を見ていないからだ。彼女は賢者を見ている。僕がどんな顔をしていて、どんな気持ちをしているかなんて関係ない。優しく慈悲深い、賢者を見ているだけだ。

 普通の人間は、初対面の人間に自分のために死ねるかなんて聞かないだろう。そして、それに死ねると即答もしない。僕も彼女もどこかおかしいのだ。



 大司祭のいる聖堂まで行くと、整列している何人かの知っている神官に混じって、知らない女性が一人いた。白い騎士服を身に纏い、凛とした佇まい。素直に美しいと思った。


「 賢者様、御足労いただきありがとうございます。今日は紹介したい者がおりましてな 」


 長い白髭を蓄えた大司祭が僕に話しかけてくる。僕は、女性を気にしながらも彼に近づいた。


「 紹介したい相手とは、誰でしょうか? 」

「 これから賢者様を近くで護衛します騎士でございます。⋯⋯イルーナ、前に出なさい 」

「 はい、大司祭様 」


 騎士服の彼女が僕達の前に歩いてくる。真っ直ぐ前を向き、僕の目の前まで来るとそこに跪き、頭を下げた。


「 イルーナでございます。今日から賢者様のお側で護衛を務めさせていただきます 」


 彼女の声を聞いて、何故かわからないが心臓の鼓動が早くなった。


「 ⋯⋯イルーナ。⋯⋯君は僕のために死ねますか? 」


 僕は、思わず彼女に例の質問をしてしまった。変に思われたであろう。彼女は少し黙って考えているようだ。周りの神官達は即答しない彼女に眉をひそめている。

 彼女は顔を上げ、僕を見た。その目は僕を見ている。賢者ではなく、僕を。


「 私は護衛です。私が死ぬという事は賢者様に危険が及ぶ可能性があるという事です。私は死にません。貴方を守りきって生きます。この役目を終えるまでは⋯⋯ 」


 僕はこの時、初めて彼女と出会った。彼女という存在を感じた。僕を一人の人間として見てくれる存在を。大賢者様以外の大切にするべき人だ。




 僕はそれから彼女に頻繁に話しかけた。彼女は護衛の任務が疎かになるかもしれないと、初めは口数が少なかった。だが、だんだんと自分から話しかけてくれるようにまでなった。時折見せる彼女の笑顔が大好きだ。僕は毎日が楽しく、幸せであった。これからの苦しみ何て考える事もなく。


「 イルーナ、今日は空がとても綺麗ですよ。君の瞳と同じ色です 」

「 それは、ありがとうございます。ですが、あまりはしゃぎ回っては駄目ですよ。大切なお身体なんですから 」


 僕はその言葉を聞いて、嬉しくなり彼女に近寄った。


「 大切ですか? イルーナにとって僕は大切な人間ですか? 」

「 大切な人間ですよ。賢者様 」

「 本当に!! 僕もです。僕も貴方の事を大切に想っています 」


 僕は信じられないほどの幸せを感じ、彼女の手を取ろうとした。だが、彼女は身を引き、その場で跪いた。


「 勘違いさせてしまい申し訳ありません。私は只の護衛です。賢者様は大切なお方ですが、恋愛感情は持ってはいません。恋愛感情を持つ事は大司祭様に固く禁じられています。すぐに護衛を外すと⋯⋯ 」

「 ⋯⋯え、護衛を外す 」


 恋愛感情を持てば護衛を外される。一度護衛を外されれば僕は二度と彼女に会う事は出来なくなるだろう。彼女の家は代々続く騎士の家で、大変厳しいと聞く。賢者の護衛を自分の失態で外されれば罰が与えられるか家を追い出されてしまう。

 僕が彼女を守ってあげる事も出来るが、教会に管理されている今では無理だ。魔王をそのままにしておく事も僕には出来ない。では、魔王を倒した後は教会が僕を解放してくれるのか。いくら僕でも教会の魔導師達全員とやり合うのは無理だ。もっと力があれば、僕にもっと力が⋯⋯。恋愛感情を持つ事さえ許されないなんて。

 いや、一つだけ方法がある。僕が力を手に入れられる方法が。


「 大丈夫ですか? 賢者様 」


 彼女が心配そうに僕を見ている。今、僕は何を考えていた。どんな顔をしていた。考えてはいけない事を考えてしまっていた。

 ふと、彼女の手を見ると赤く腫れ上がっていた。


「 その手首、どうしたんですか!? 」


 彼女はまずいといった顔をしてその手を隠した。


「 ご心配には及びません。少し、捻ってしまって⋯⋯。また、神官様に治して貰うので大丈夫です

「 また? 初めてではないんですね。僕に言ってくれればいつでも治す事が出来たのに。何故、他の神官に!! 」

「 それは、その 」

「 ⋯⋯誰にやられたんですか? 僕に知られたくなかったのでしょう 」


 僕は彼女が傷つけられた事に怒りがわき、彼女に詰め寄った。


「 命令です。誰にやられたんですか? 答えてください 」

「 ⋯⋯賢者様の世話係の女性です 」

「 誰ですか? 命令です 」


 イルーナはそれを聞くと黙ってしまう。黙ってしまう事が何よりの答えである。僕の顔から血の気が引いていく。


「 ⋯⋯全員なんですね。わかりました 」



 その後、何度、世話係や使用人を入れ替えても同じ事が起こった。僕は彼女を守るために人前では彼女と距離を取る事にした。

 顔合わせをした聖女エリザなどは僕が彼女と話しているだけで怒り狂い、彼女を罵倒した。僕の見ていないところで。僕はエリザの機嫌を取るようになった。エリザは公爵家の娘だ。イルーナは彼女に言い返す事も出来ない。僕が我慢すればイルーナを守れる。それが彼女に嫌われる原因になっても、僕が我慢すれば、我慢すれば、彼女は傷つかず側にはいてくれる。


 そうしているうちに、彼女から笑顔は消えていった。僕も心から笑う事は出来ず、張り付いたような笑顔しか出来なくなった。



 魔王討伐の旅の中で僕の心は魔王の力を求めるようになった。


 エリザは狂っている。イルーナに回復魔法をかけようとしないのだ。そして、僕が彼女に少しでも回復魔法をかけようものなら怒り狂う。僕が見ていないところでイルーナに何をするかわからない。イルーナには僕が力を手に入れるまで我慢して貰わなければならない。僕は人を殺す事はどうしても出来ない。大賢者様が死んだ時に誓ったことだ。


 次に僕に近づいてきたマリンナは膨大な魔力を持っていた。今は無意識に制御しているが暴走すれば国が滅ぶくらいの力だ。古代の本に書かれていた魔力制御装置ならそれが防げるかもしれない。それをつくるまでは側に置いて、僕が制御しなければならない。足手まといだが仕方ない。イルーナが魔力の暴走に巻き込まれたら大変だ。イルーナに魔法をわざとあてるような女だが、今だけだ。今だけ、我慢すれば。


 ジリーとかいう魔族の女は呪いの道具を持っていた。そのままにしておいては危険だ。魔王の力を手に入れるまでは側に置いておこう。呪いは僕が受ければいい。僕はわざと気を抜いているふりをした。魔族しか使えない道具であるため、ジリーが自分から力を使うのを待っていたのだ。その夜、僕を庇ってイルーナが呪いを受けた。なんて事だ。力を手に入れるまで “ 邪竜の呪い ” は解けないのに。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。イルーナごめんなさい。


 カリアは暗殺者だ。僕を狙っていた。僕を狙うという事は、イルーナが僕を庇うという事だ。イルーナは傷と毒を負った。あり得ない。だが、僕は人間を殺せない。放っておけば、何度もカリアは僕を殺しにくる。その度にイルーナは、僕なんかを庇うだろう。僕なんかのために傷つく、傷つけられる。仕方なく、カリアの契約の呪いを解き、仲間に入れた。カリアには他の暗殺者と戦って貰おう。僕が力を手に入れるまでは。ああ、イルーナの呪いも僕が解く事が出来たら良いのに。彼女が毒に苦しむのを少しでも和らげるために夜に少し回復魔法をかけた。エリザにばれたら危険だ。ばれないくらいにしなければ。



 全ては僕が魔王を取り込むまでの我慢だ。それまで、それまではどうか我慢して欲しい。君がこれ以上傷つきませんように。僕は嫌われてもいい。いくらでも嫌われていいから。






────────────⋯⋯⋯⋯






 魔王を取り込んだ後は自分を制御するのに苦労した。欲望が渦巻いて、僕を飲み込もうとする。


 パーティーで彼女と初めて手を取り合い至近距離でダンスを踊った。彼女の息遣いが近くで聴こえてきて、僕の心臓はあり得ないほどに早く鼓動を刻んでいた。その時の僕には彼女しか見えておらず、周りの人間などどうでも良かった。彼女と目が合ってしまい、僕は耐えきれずにその場を後にした。


 その後、彼女は家を追い出されたらしい。大変だ、僕のせいだ。まだ、呪いを解いていないし、傷も治していないのに。

 僕は旅の他の仲間達の対処をしてから彼女に会いに行く事にした。この時には魔王の力を完全に制御出来ていた。僕は魔王を取り込んだのだ。取り込まれる事なく取り込んだのだ。もう、何にも縛られはしない。彼女を守ってみせる。








 彼女ともう一度旅に出てみたい。二人きりで何にも縛られずに。でも、これは僕の勝手な望みだ。彼女も僕なんかと旅には出たくないだろう。僕は嫌われているから。断られたら諦めよう。諦めて何をするかと聞かれれば何も思いつかないが。


 久しぶりに見るイルーナは清々しい顔をしていた。僕の顔を見ると恐怖の表情に変わったが、仕方がないだろう。僕は嫌われている。彼女が僕の前で笑う事は二度とないのかもしれない。大好きだった笑顔は見る事が出来ないのかもしれない。でも、それでも僕の気持ちだけは知って欲しい。



「 ⋯⋯エリザは、世界を救った聖女として教会から保護という名の監禁状態です。これで君に回復魔法をかけることは一生ないでしょう。君に頼られるのは、僕だけであるべきです。⋯⋯マリンナは、膨大な力が僕の魔力という支えを失い、暴走しました。彼女の国の城地下の特別魔力補助装置の中でしか生きられない。君を傷つけた罰ですね。⋯⋯ジリーは、夢叶って僕の力で人間にしてあげました。これから愛する人を見つけるように言ったら嬉しそうに泣いていましたよ。僕は彼女に愛されても嬉しくありませんから。⋯⋯カリアは、僕に近づくと僕が苦しむ呪いをかけました。彼女は僕のために、僕には近づかないでしょう。離れていても想い合っていると勘違いしたままで。ふふふ、どうですか? 僕らはまた、2人で旅が出来ます。行きましょう 」


 ああ、彼女が怖がっている。当たり前だ。こんな男近寄りたくないだろう。だが、口は勝手に動いていく。魔王と同化したせいだろうか。言動が上手く制御出来ない。力は完全に制御出来ているのに。


「 君にやきもちを焼いて欲しくて他の女性を仲間に入れてきましたが、効果はあまりなかったのが残念です。⋯⋯僕は君に頼られたい 」


 いや、これでいい。こう言えば僕が耐えていたものに彼女が罪悪感を抱く事もないだろう。これでいいんだ。僕なんか嫌われていい。

 でもせめて、これだけは言わせて欲しい。




「 賢者が名を明かすのは一生を添い遂げると決めた相手だけです。僕の名は─── 」


 聞いて欲しい。僕が僕でいるうちに。

 この気持ちが届かなくていいから、受け入れなくていいから、聞いてくれるだけでいいから。



「 僕の名はベルガルード。魔王を宿す賢者です 」


 


 親愛なる護衛騎士様へ


 僕は人間ですか。





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[良い点] 面白かったです! ビターエンド好きなので、何度も読み返してしまいます。 二人の視点から見るとガラッと印象が変わって、それが良かった。 言動を制御できない賢者と、しがらみから解放されて、得た…
[良い点] 誰も幸せになってない… だが、それがいい
[良い点] イルーナ視点と賢者視点、良い意味での差別化がされていてグッと引き込まれました。 キャラクターの複雑で細やかな心情を丁寧に、それでいて心に突き刺さるような鋭さで表してラストを締めているのには…
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