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第13話 新聞部によるインタビュー

 放課後、俺たち軽音楽部はいつものように第二音楽室に集まっていた。


 これから一曲演奏するというので、俺はベースのチューニングをしている最中だ。

 ベースのストラップに右腕を通し、弦を弾く。もう一度弾く……まだ合っていない。左手でペグを弄り、何度も弦を弾いて音を近づけていく。

 調弦しながら口笛を吹いていると、


「おい。あれ里中じゃね?」


 大輔が窓を指さした。

 校庭にはソフトボールのユニフォームに身を包んだ里中がいる。

 彼女の隣には男が立っていた。里中と親しげに話しており、じゃれ合うような軽いスキンシップを取っている。

 問題は里中が校庭でイチャついていることではない。隣の男が、彼氏の飯田くんではないということだ。


「隣にいるの、古文の先生だな。たしか名前は……」

「笠原先生だよ、貴志くん!」


 静香が興奮気味にそう言った。


「ねぇねぇ貴志くん! 先生と里中さん、付き合ってるのかなぁ?」

「いや飯田くんと別れるの早くね? 最近まで付き合っていただろ。もし別れてないなら浮気だぞ?」

「先生と生徒の禁断の恋……燃えるね、貴志くん!」

「お、おう……そうだな」


 人の話を聞かないくらい興奮しているので、適当に同調しておいた。恋バナとかほんと好きだよなぁ、静香は。

 それにしても里中め。ツンデレで純情な可愛いヤツと思っていたが……浮気じゃないよな? 俺にはそんなことをするような子じゃないと思うけど。


「知らないの? 笠原先生と里中さん、従妹なのよ」


 先ほどまでマイクチェックをしていた綾が会話に入る。


「え、そうなの? なぁんだ。それで仲がいいだけか。がっかりだよぅ」


 静香がうんざりした顔でそう言った。静香さんや、人の恋愛で楽しむのやめなさい。

 まぁ何はともあれ、浮気じゃなくて安心した。


「そんなことより、早く練習するわよ。準備までしておいて、何くだらない話をしているの」


 綾の言うことはごもっともだった。俺たちは謝ってから、すぐに演奏モードに気持ちを切り替える。


「準備はいいな……いくぞ」


 ベースの弦を弾いた。イントロはベースソロ。静寂を切り裂き、正確なリズムで低音を響かせる。

 続いてドラムの音が加わる。スネア、バス、ハイハット。歯車のように噛み合うドラムの音に酔い痴れながらピッキングする。

 静香のギターの音が融け合い、リズムが完成する。軽快な音。時折混じるギターのビブラートが、楽曲に表情をつけていく。チョーキングからのチョークダウン。揺れる弦の音は優しくて、耳に心地いい。

 イントロが終わる。うちの歌姫が一気に息を吸い込み、声を吐き出す。


「――――」


 透明感のある、柔らかい声。どんな色にも溶け込むカラフルな美声は、この楽曲のようなポップな曲だけでなく、バラードにも、テンポの速い曲にも変化する。

 ほら、こんな感じに。


「――――」


 転調。サビ前に訪れる静かなバラードだ。ギターのシンプルな音に寄り添い合うのは、綾お得意のファルセット。歌声の欠片が宙に舞い、弾けて空気を震わせる。まるで夏の夜空を彩る打ち上げ花火のようだった。


 サビを迎え、曲調が戻った。

 それぞれの楽器から生まれる跳ねる音に、明るい声が無軌道に交錯する。それらの音を支えているのはベースの低音。俺がリズムを乱すと、みんなの演奏も乱れる。俺は歌声の魔力に引っ張られないように、スコアに従って弦を弾いた。


 メロディーは収束し、余韻を残して消えていった。

 耳にまとわりつく荒い呼吸音。すごい。綾が加入してくれたおかげで、俺たちは最高にロックなバンドに成長した。彼女には本当に感謝している。照れくさいから、本人には言わないけどな。

 文化祭ライブまで、あと一週間。準備はもうできている。本番は最高に盛り上がるだろう。

 密かに手応えを感じていると、すぐ近くから拍手の音が聞こえた。


「いやー、すごい音の迫力と歌声っすね! ぱねぇっす!」


 声の主に背を向ける。底抜けの明るい声から薄々勘付いてはいたが、やはり宮崎心愛(みやざきここあ)だったか。


「あ、心愛ちゃん! 珍しいね、音楽室に来るなんて」

「むっふっふ。実は、静香ちゃんに会いたくて来ちゃったんすよー」

「ほんと? えへへ。うれしいなぁ」

「静香ちゃんスマイル最高っす。はー、癒されるっす……」


 心愛は静香に頬ずりし始めた。俺の隣では、大輔が「う、羨ましいっす……」と喉をごくりと鳴らしている。どうでもいいけど、語尾が同じになってキモい感じになってるぞ。


 宮崎心愛は二年四組の生徒だ。今は違うクラスだけど、一年の頃、俺たちはみんな同じクラスだったので顔なじみである。

 まぁ同じクラスでなくても、心愛とは遅かれ早かれ出会っていただろう。何故なら、心愛は校内で顔が広いのだ。

 彼女は新聞部に所属しており、取材班担当だ。仕事柄、いろいろな部活に突撃取材をする。なので、部活をやっている者は、一度くらいは心愛に取材を受けたことがあると思う。実際、俺たちも年に数回は取材を受けるし……あ。

 そうか。じゃあ、心愛がここに来た理由って……。


「心愛さん。今日は取材に来たのかしら?」


 俺が尋ねるより先に、綾が心愛に尋ねた。


「おお、綾さん! 歌声、すごく綺麗だったっす。いやー、見た目も美人さんですし、羨ましいっす」

「そ、そう? ありがとう」


 綾は褒められて満更でもないのか、恥ずかしそうに笑っている。あいつ、将来訪問販売とかに引っかかりそうだな。


「綾さんの言うとおり、今日はインタビューのアポを取りに来たんすけど……いいですか?」

「ええ。もちろんよ」

「ありがとうっす! 美人なうえに器までデカいとは……綾さんはできた人っすねぇ」

「そ、そんなことないわよ。心愛さんったら、褒めるのお上手なんだから」


 否定しつつ、口許が緩みっぱなしの綾。おいこら。普段のクールなお前はどこへ行ったよ。


「実は文化祭の出し物として、うちが注目している部活のインタビュー映像を流したいと思っているんすよ。もちろん、いつものように新聞記事も書いたりするっすけど……あ。映像、流しちゃってもいいっすかね?」

「ええ、どうぞ。文化祭ってことは、準備の時間、厳しいんじゃない? 心愛さんさえよければ、今からインタビューする?」

「え、いいんすか!? こちらとしてはすごく助かるっす!」


 心愛は「綾さんって、すごくいい人っすね。歌も上手いし、ファンになっちゃいましたっす」と褒めちぎっている。くっ……この女、取材交渉が上手すぎる。


「おい綾。勝手に決めんなよ。俺はまだ練習したいんだ」

「あら。でも、みんなはインタビューを受ける気満々みたいよ?」


 みんな? そう言えば、さっきから大輔と静香が妙に大人しい気がする。

 周囲を見回す。二人はさっきまで演奏していた位置から離れた場所にいた。大輔は髪を櫛でとかしており、静香は鏡とにらめっこしつつ化粧を直している。駄目だこいつら。完全にのぼせてやがる。


「ふふっ。三対一ね。インタビュー、受けてもいいでしょう?」

「はぁ……わかったよ、綾。今日の練習はお預けだ」

「そうと決まれば、うちは取材に必要な撮影道具を持ってくるっす!」


 心愛は「うっひょーいっす!」と奇声を発しながら音楽室を出ていった。相変わらず、台風みたいなヤツだな。

 こうして俺たちは新聞部の取材を受けることになった。



 ◆



「――以上でインタビューは終了っす。みなさん、ご協力感謝っす!」


 礼を言いつつ、心愛はぺこりと頭を下げた。言葉遣い(主に語尾)には問題あるが、こういう礼儀正しいところは好感が持てる。


 インタビューは一人一人個別で質問される形式で進んでいった。もちろん、カメラは回してある。撮れた映像を編集して発表するらしい。また、編集でカットした細かい部分は、新聞記事にするそうだ。

 その後、練習風景を撮りたいのとのことで、三曲ほど演奏してみせた。時間と労力もかかったが、心愛が面白おかしくインタビューしてくれたおかげで、案外楽しかった。


 時計を見る。時刻は十六時五十分。そろそろ第二音楽室が使える時間が終わる。吹奏楽部に明け渡さないと。


「映像は発表前に見せてもらえるのかしら?」


 綾がそわそわしながら心愛に尋ねる。お前はインタビューのデキよりライブの心配をしろ。


「いいっすよ! 今日、部室でギリギリまで編集するんで、明日お見せするっす!」

「夜まで作業するの? 大変ね」

「他の部活のインタビューもまだ残っていますし、記事も書かないといけないっすからね。頑張るっすよー!」


 心愛は「それじゃあ、失礼しますっす!」と言って去っていった。


「さて。俺たちは片付けて帰るか……綾? 何ぶつぶつ言ってるんだ?」

「二曲目のとき、ちょっと大げさにしゃくりを入れ過ぎたかしら? サービスのつもりだったけど……いや、それよりも三曲目のサビの部分が――」

「はいはい。本番はミスするなよ」


 呆れつつ、楽器の片づけをした。

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