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喫茶店「アリーヴェデルチ」

作者: 黒葉

 喫茶店「アリーヴェデルチ」

 

 秋原さん アリーヴェデルチのマスター。

 月宮さん 高校生の女の子。常連さん。

 


 

 喫茶「アリーデヴェルチ」。直訳すると、「さよならだ」となる喫茶店にあるまじき店名のお店。けれども地元の隠れた名店として、ひそかに有名だと言うから世の中分かりません。

 今日も今日とて、一人のお客さんが勢いよく扉を開けます。

「秋原さーん!来たよー!」

 大きな声を出して入店したのは、近くの高校に通う女の子、月宮さんです。ボーイッシュなショートカットと、童顔が実によくマッチして、ずいぶんと幼く見える人です。

「いらっしゃ・・・なんだ、お前か」

 そんな月宮さんに反応したのは、アリーデヴェルチのマスター、秋原さんです。ワイルド風味な顔と、意外と美味しいコーヒーや軽食をだします。女性客に大人気、らしいです。

「唐突だけど、秋原さん。化ける、と言えばなに?」

 いつもの席であるカウンター席に座った月宮さんに、秋原さんはカウンターの反対側から、特に意味もなくコップを滑らせて水を出します。

 ガガー、と音を立ててコップは滑り、ピタッと正確に月宮さんの前でストップ。なぜか手馴れた動作でした。

「は?なんだよ、いきなり」

 そう言いつつも「そうだなぁ」と、秋原さんは考えます。ちゃんと相手をしてあげるあたり、いい人だと思いかけますが、この時間帯は、お客さんが月宮さん以外来ないので、暇だから仕方なく相手をしているだけかもしれません。

「とりあえず、女は化けるな」

「女の人?化けるの?」

 答えを聞いた月宮さんは、「うーん?」と首をひねります。どうやら意味が分かっていないようです。まだまだ青いということでしょうか?もう高校生ですけどね。

「ああ。化粧のビフォー・アフターを比べたらな」

 魔法その一ですね。男の人である秋原さんが、どこまで分かっているかは疑問ですが、あれって結構手間がかかるんですよ?色々と苦労もある魔法なんですよね。

「えーっと・・・どんな感じ?」

「とりあえず、上手いやつは見分けがつかなくなるくらい変わる。恐ろしく綺麗」

「下手な人は?」

「見分けがつかないくらい変わる。妖怪変化のレベルと言ったら言いすぎだが、イメージならそんな感じだ」

 秋原さんの言葉に、イマイチ納得していない月宮さん。化粧したことないんでしょうね。

 まあ、若さで十分カバーしていますよ。まだ必要なさそうです。

「とりあえず、女の人は化けれる、と」

「男子三日会はざれば〜だが、女は一日・・・いや、一時間だ」

 男子三日会はざれば、かつもくして見よ、という名言ですね。意味はそのままです。かつもくとは注意深く見ることですからね。

 この名言と並びたてられると、何だかすごい気がしてこなくもありません。

「へえ・・・?」

 けれども月宮さん。絶対に意味分かっていません。三国志の名言なんて、知っている人のほうが少なくても、十分納得ですけど。

 さて、秋原さんは微妙な顔で月宮さんを見ています。化粧姿でも考えているのでしょうか。

 あ、目を離しました。はぁ、とため息までついています。ダメだったみたいです。

「ねえ、私でも出来るかな?」

 きらきらとした目で秋原さんを見上げる月宮さん。純粋な眼差しに、秋原さんは少しだけ迷うそぶりを見せますが、すぐに迷いを振り払い、一言。

「無理だな。身の程を知れ」

 強烈な一撃です。

「ひっ、ひどいっ!」

 がびーん、と効果音すら聞こえてきそうなほど、ショックを受ける月宮さん。まあ、妖怪変化のイメージを持たれたら無理もないですけど。

 秋原さんもなかなかひどいお人です。

「ううう・・・それで、他に化けるのは?」

 立ち直りが早いですね。もう気持ちの切り替えが済んだようです。コロコロと顔が変わって、見ていてあきません。

「そう、だなぁ・・・他に・・・あ、お金、とか」

 おおっと、流石社会人。お金ときますか。

「お金?何で?」

「少しでも気を抜くと、ワケの分からん下らない物に化けてしまっていてな・・・」

 今月も飲みすぎたしなぁ・・・と、悲しい顔をする秋原さん。お金にだらしがない人なのでしょうか?一応、喫茶店の経営者なんですけど。アリーヴェデルチの明日が心配です。

「よく、わからないよ」

「そうか、チクショウめ」

 しかし、月宮さんには分からない様子。見た目に反して、お金にはきっちりしているようです。子供っぽく、お菓子とかにパーッと使っているかと思いました。

 あ、それと秋原さん、女の子、それも年下に「チクショウめ」はないと思いますよ?

 ちょっと配慮に欠けますね。

「そういや、魚もそうだな。いや、あれは変わる、か?」

 秋原さん、話題チェンジですか。自分から振ったのに。

「そうなの?」

「ああ、出世魚っているだろ。アレだ」(注:名前的な意味で)

 出世魚と言いますと、成長するに従って名前が変わる魚ですね。ボラやスズキ、ブリなんかがそうです。魚にはDHAが豊富らしいので、肉ばかりでなく魚もガンガン食べましょう。

「出世魚?」

「そうだ。知らんのか」

「うん。聞いたことない」

 あらら?月宮さんは知らないみたいですね。食べたことはあるでしょうけど。

 現代っ子は知らないものなのでしょうか?

「で、でも、名前からおおよそは想像できるかな」

 へえ、想像。名前から出来るものですかね、これは。出世魚ですよ?正当に至る想像なんて無理だと思うんですけどね。

 さて、どんな珍回答が飛び出すのでしょうか。わくわくしてきました。

「んとね、なんかこう、背中がシュッとしているような・・・」

「シュッ背魚!?」

 秋原さんがびっくりして叫びます。まさかシュッ背魚とは。

 確かに、背中がシュッと伸びている人は、仕事が出来そうに見えますけど。

「ねえ、あってる?」

「全然違うわ。つーか、意味不明。成長すると名前の変わるフィッシュのことだ」

「イクラとか?」

 それは卵です。違います。

「それは違うだろう。鯔や鱸、鰤なんかがだ」

 話を振るだけあって、やっぱり知っていましたか。これで知らなかったら恥ずかしいですけど。

「食べると美味しいよね。好きな魚ばっかりだよ。照り焼き美味しいよね」

「俺は煮た方が好きだ」

 話がずれてきています。修正してくださーい。食べ物の話には加われませんから。

「なんかお腹減ってきた」

「注文しろ。有料提供を約束してやる」

 月宮さんはチャーハンを注文しました。

 えっと、ここ喫茶店ですよね?チャーハンって・・・まあ、いいですけどね。

 注文からしばらくして、チャーハンが完成します。

「ほら、出来たぞ」

「いただきまーす」

 運ばれてきたチャーハンを、レンゲを握ってがつがつ食べ始める月宮さん。

 女の子にしておくにはもったいない食べっぷりです。

 ちょうど食べやすい熱さのため、止まることを知りません。喉に詰まらせないように、注意してくださいね?

「落ち着いて食べろよ・・・誰も取らないし、チャーハンは逃げない」

「出来立ての美味しさは、出来た瞬間から逃げてくんだよ」

 おお、いいこといいますね。そのとおりです。

「そうかぁ?落ち着いて食べても大丈夫とは思うが・・・あ、こぼすな」

「あはは・・・急ぎすぎちゃった。とっても美味しいから、このチャーハン!」

 そう言って。

 にっこりと。

 最上級の、比較しようもないいい笑顔で。

 月宮さんは秋原さんに言いました。

 同姓でも見とれそうな、ともすれば光ってさえ見えるほどの満面の笑み。

「・・・っ」

 秋原さんは、あわててそっぽを向きます。

 真っ赤な顔を隠すように。

「あれー?照れてる?」

「うるさいっ!」

 直訳すると「さよならだ」となる店名、喫茶「アリーヴェデルチ」。

 今日も楽しい声が響いていました。

 こんなアットホームな雰囲気が、人気の秘密でしょうか。

 え、私?私ですか?

 私はただの、どこにでもいそうな幽霊さんです。

 二人とこっそり一人の、ある平日の昼下がりのお話でした。

 おしまい。


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― 新着の感想 ―
[一言] なかなかいい感じな作品ですね もっと書いたりして、腕を磨いてください ではまたほかの作品で・・・
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