5 真の継承者とは
流血表現があります。苦手な人は注意してください
プロレスに関して色々言う人はいるだろうが
つまるところ人は、殴り合いとか見るのが結構好きなのである
ずっと昔から人前で殴りあうショーみたいなのはあった
どこでも
ガツンと殴り合い
捕まえて体を持ち上げ、投げ飛ばし
鍛え上げた肉体がぶつかり合い、打ち合う
そういうのを見たいってのも人の本音なのである
だから実際に殴って見せねば、殴り合って見せねばならない
手加減してれば、それは見れば分かるもんで
実際に体を持ち上げて投げて見せねばならない
そういう派手な動きがあってこそ人目をひけるもんで
ショーだというなら、確かにショーで、見せモンかも知れんが
だからこそ人目をひき付けるために
実際に殴り合い投げ飛ばし
それに耐える強靭な肉体が無ければ出来ることではない
それを職業にして、それで人気を得ようというのなら
そらもう尋常では無く鍛え上げ
肉体を頑丈にしておかねばならない
プロレスとかバカにするやつはいるが
でもなー実際なー
プロレスラー以上に体を鍛え上げてる人なんて、まずいないわけで
じゃあお前、プロレスバカにするなら
レスラーにケンカ売ってこいよ、できんのか?
ラリアットとか大したこと無いってんなら
一回本気でラリアットしてもらってこいよ
それを当たり前に打ち合って首に受けて見せて
それに耐えてまだ殴り合い、投げ合うわけだぞ?
えらそうにプロレス批判するお前の貧弱な肉体とか
一発で吹き飛んでおしまいだろが
頑強に鍛えられた肉体同士のぶつかり合いを
見たいと思って何が悪い?
プロレス馬鹿にすんなよ
戦いに来たつもりではなかった
今回は
ただ兄に伝えたかったのだ
「兄貴。俺、ネコにゃん拳を、継いだよ」
「タカシ……正気か」
「兄貴がさ
こんなのやってられるか、俺はプロレスラーになるって出て行ってから
まあ色々あったんだけど
とにかく俺、決めたんだ
猫にゃん拳が最強であることを
俺が証明してみせるって」
「タカシ、待て、俺が悪かった、正気に戻れ。
俺が出て行ってからクソ親父の教育が全部お前に向かったのか……
いや、そうなるだろうと分かっていたが、いや、ほんとスマン!」
「大丈夫さ、今の俺にはもう、迷いは無い」
「そこが大丈夫じゃねえーーー!
タカシ、正気に戻るんだ、あんなアホ親父の言うことなんて聞くこと無い!
お前まだ19だよな、よし、いいからしばらく俺んとこで暮らせ。
今から勉強し直せば大学とか行けるさ、学費は俺が出してやる、やり直すんだ。
俺もレスラーとして少し売れてきたからそのくらいは平気だ。
勉強が性に合わないなら別の道もある、とにかくアレだけはやめておけ!」
「いやさ、兄貴……」
「大丈夫だ、あとは兄ちゃんに任せておけ」
「でも実際、兄貴、親父に勝ったこと無いじゃん」
「……何を」
「いつも一方的にボコボコにされて。良い勝負になったことも無いよな」
「……それは」
「つまり猫にゃん拳が最強だってことだろ?」
「昔の話だ。今は違う!」
「今なら親父に勝てるってのか?」
「……それは……その……」
「ま、そんなとこだろうと思ったよ」
「……おいタカシ、なんだその口の聞き方は」
「親父に勝てない人が何言ってもな」
「おい! お前だって俺に勝ったこと一度も無いだろ!」
「兄貴と俺、7歳差だろが。そら勝てるわけは無かった」
「……過去形か、今なら勝てるとでも言いたそうだな」
「そらまーね。あの親父に継承者と認められるまでになってるからな」
「俺も飛び出してから遊んでたわけじゃねえ。レスラーになるための厳しいトレーニングを積んでいた。」
「別にそれを否定はしないよ。でも拳法の組み手となったらまた違うだろ」
「……そうか、今はお前が、正統な継承者ってわけか」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、お前を叩きのめせば、俺はあのアホくさい拳法に勝てたってことだな!」
「まあそうなるね」
「待ってくださいケンさん、素人をリングに上げるわけには……」
「練習でスパーするだけだ!」
「いや、まずいですって高良さん」
「こいつ田舎で拳法とかやっててよ。ちょっとプロレス舐めてんだよ」
「でもなー」
高良健一(26)は身長190を越え体重も100キロオーバー
しかし贅肉など一片も無い。全身筋肉の塊
近頃売れ始めているプロレスラーであり
まあとにかく
既に素人を殴っちゃいけないレベルの人だ
柔道とかの有段者、ボクシングのライセンス持ちなどが
素人を殴ると、武器で殴ったのと同じ扱いされて
刑事罰が厳しくなるのと同じで
だから周りが止めるのは当然なのだが
「さあ来い、タカシ! 打って来い! てめえのパンチなんて効かないってことを
教えてやる!」
頭に血が上っていて周囲の言うことを聞きそうも無い
若手では既にナンバーワンで、周囲に上の人がまだいなかったのも不味かった
タカシも一般人の中ならすげえガタイなんだが
周囲がレスラーばかりだと埋没気味
そしてタカシは身長も体重も、健一より一回り小さい
しかし顔見れば分かるが丸きり兄弟である
何の説明もなく誰もが納得するレベルで似ている
つまり兄弟揃ってクマのようなゴツイ顔してる
「えーと、まあ見れば分かると思いますが、俺、弟ですんで」
「ああ、やっぱり」
「兄弟ゲンカってことで、一つ、すいません」
「お、おい!」
リングの上から挑発する兄に向かって
タカシはふわっと体を浮かせ、ロープの端も掴まずにリングに降り立った
「ふん! バカみたいなジャンプ力してやがる」
「修行の成果さ、兄貴には無理だろ?」
「は! そんなもんせいぜい軽業の芸になる程度のもんだ!」
「それで食ってたご先祖様の芸だ、バカにしたらバチが当たるぞ」
「うるせえ! ほら打って来い! てめえのパンチなんて効かねえんだよ!」
「うーん」
打たれて、それに耐えることを目的にして
頑丈に鍛え上げた筋肉の鎧
全力でベストの打撃を顎に当てても……
「まあ、確かに、パンチだと倒れないだろな」
「ああん!? 他に倒す手があるとでも言いたいのか!」
「さあね」
「このガキ……! 来ないならこっちから行くぞ!」
ノシノシと歩いてきてこっちの腕を掴もうとする
しかし歩き方が無防備だったので
つい反射的に、猫出足払いをしてしまった
出足払いはきれいにきまるとストンと転んでしまう
だがまあダメージはゼロだ
しかし
挑発としては超有効だったらしい
いきなり転ばされてマジ切れしたらしい健一
「この!」
倒れたままこっちの足首を掴もうとしてくる。
当然避ける。
しかしそのまま、手を地面につくほど低い体勢のままタックルしてくる
下半身に取り付かれれば後は力勝負で
健一は力だけで、タカシを持ち上げ叩き付けることも容易だろう
素早さではタカシが上なので
タックルの回避は可能なのだが
しかし狭いリングの上
それに健一はリングを使って戦うことに慣れているのに対して
やはりタカシはそこは素人である
いつしかコーナーに追い詰められて
次のタックルは回避できないと誰もが思ったその時!
タカシはコーナーポストを支点に三角飛び
健一の頭上を軽く飛び越え、背後に降り立つ!
しかし健一もそれは予想していた
タカシの身の軽さならそのくらい余裕だろうと
だからタックルも、コーナーに突っ込み過ぎずに急停止!
そしてその勢いで背後に体を向けつつ、ショルダーアタック!
百キロ以上の筋肉の塊のショルダーアタックである
当たれば下手すれば死ぬ
だが健一の肩がタカシに当たる寸前
タカシは健一の肩に猫手を当てて
その手を支点にして、健一のショルダーアタックの勢いを吸収し
その勢を利用して再び跳躍し
ふわりと対角のコーナーポストの上に降り立った
そのまま普通に棒の上に立ってる
これぞ猫ばらんす
不安定な足場の上でも平気で立てる!
「っち!! 相変わらず軽業でかわしやがって! おい男なら殴り合え!」
「そうは言ってもなー」
その頃リングサイドでは
「おお、すげえ軽業だな」
「漫画みたいだ」
「高良の弟か? タカラブラザーズとして売り出せそうだな」
「うわ社長!」
「タカラは顔がよ、ほら野生のヒグマみてえな、ワイルド過ぎるツラしてるからよ。
どうしてもヒール、悪役ばかりまわってきてたけど
弟もクマヅラしてるけど、並べたらマシに見えるな……
弟は善玉にして、悪のレスラーである兄貴を倒すみたいな筋でやれば……
女受け狙えるかもな。女子供からの人気ってなあ結構重要でよ」
「社長……それはちょっと高良が可哀相過ぎませんか……」
「ふん、リングを私用で勝手に使うバカは、やられ役が相応だ」
そんな会話がサイドで行われているうちにも
リング上では相変わらずの動きが続いていた
健一が突っ込み、高志が避ける
展開がマンネリになってきた
客からブーイングが出そうだ
「いい加減諦めろよ兄貴!」
「うるせえ一発殴らせろ!!」
「ああもう、こっちは兄貴の体は商売道具だから傷つけないようにって気ぃ使ってんだ」
「ああん?! ざけんな、てめえの攻撃なんて一切通じないんだよ!」
「あんだと!? 『引っかかれ』ても同じこと言えんのか?」
同門で同じ術を習っていたので話は通じる
「やってみろってんだ! こっちは場合によっちゃ凶器攻撃でも受けるんだよ!」
「クソ、このバカ兄貴が!」
「ほら来いよ! 受けてやる!」
リングの中央に仁王立ちする健一
それを見て、まだ迷うタカシ
「このままではラチがあかねえな」
そのとき、リング外から声がかかった。
「おい高良の弟! いいから全力で打ってみろ!」
「誰だよ」
「うわ社長! す、すいませんこれはその……」
「おせえんだよバカ。これで負傷したらそれは高良がバカだったってだけだ。
かまわねえ、おい弟、全力でいけ!」
「……んじゃあ上司っぽい人のお許しも出たところで……」
「お、おいタカシ、まさかアレをやる気じゃ……」
「本気だ! 当然だろ!」
「待てタカシ!」
タカシの両手が猫手にされ
右手は顔の横、左手は胸の前
体はやや斜めにして柔らかく猫体に
足も勿論猫足立ち
顔も若干傾けて
「猫にゃんにゃん!
猫にゃん拳!!
ふー(猫の威嚇音)!!!」
決まった
いつもより気合を入れていたから
かつてない見事な発声にポーズ
タカシは何かを掴み、一枚上の境地を得た!
リングサイドの人々はいきなりの展開に呆然としている
笑い出そうにもなんというか
突きぬけ過ぎていてかえって反応しにくいのだ
「兄貴……いやレスラー高良健一……
猫にゃん拳の力を知りつつも
それを侮った罪は重いぞ
お前がかつて一度も勝てなかった猫にゃん拳
その力を再び
思い出させてやろう!
さあ狩りの時間だ!!
フニャーゴ!!!」
「っく!」
健一は小さい頃から猫にゃん拳によって
親父に徹底的にボコボコにされて来た
幼少期のトラウマというのは大きいもので
つい咄嗟に身を守る、庇うという選択肢しか取れなかった
両拳を固め顔を守る、亀のような防御姿勢
その両腕は常人の太ももくらいある筋肉の塊で
さらに腹から下半身も鉄壁の筋肉の鎧で覆ってるから
ここに有効な攻撃とか普通無いのだが
「甘いにゃー!」
猫にゃん拳には通じない!
「うざいにゃー!!」
タカシの猫手が健一の下腕部を切り裂く!
猫引っかきは皮膚を切り裂くが流石にきれいにスパッと切れるわけではない
一点集中して皮膚を破ったところから
皮膚を引っ掛けてビリビリーっと行く感じであり
だからつまりめっちゃ痛え
だが健一も耐える
腕の皮膚を切り裂かれながらも防御は崩さず
少しずつ後ろに下がりながらも耐え続ける!
だがそんな健一に対して
タカシの容赦ないラッシュ!
「うざいにゃーうざいにゃーうざいにゃーうざいにゃー
フギャーウニャギュラニャナヤキュラギュラギニャーーニャーーー!!!」
猫がケンカの時に出すあの声である
それも全くそのまま、似てるってレベルじゃねえ!
そしてその声と共に猫引っかきのラッシュは加速するばかり!
いまや健一の腕はズタズタに表皮が切り裂かれ
さらに腹や胸、顔にも傷が入り始めた!
流血もひどく、既に健一の上半身は真っ赤である
「おい待て! 止めろ!」
これはリングサイドからの社長の声
想像以上、ここまでするとは思わなかったのだ
その声に反応して
これで止めてもらえるかと
安心してしまったのは
健一の方であった
ここが健一の痛恨のミス
相手が動かなくなるまで
獲物が動かなくなるまで
猫にゃん拳は攻撃をやめない!
健一は声に反応して上半身のガードを一瞬ゆるめた
腕から力が抜けてしまった
そこを見逃すタカシでは無い
「邪魔だにゃー!!」
タカシの両腕が内から外に振られて
健一の両腕のガードを外に弾き飛ばす!
「今は遊びたい気分じゃないにゃー!!!」
そして健一に密着し一挙に健一の体を駆け上る!
そう猫は勢いつければ壁でも走り昇る、その動き!!
そして健一の鎖骨のあたりに乗り顎を思い切り蹴り上げる!!!
そのままダウンする健一
その健一の上から飛び
空中できれいに一回転
猫のようにふわりとマットの上に降り立つタカシ
これぞ猫にゃん拳の必殺コンボ
「うざいにゃー邪魔だにゃー今は遊びたい気分じゃないにゃー」!!!
今は眠たいとかのネコに遊ぼうよってネコジャラシを持って近づき
嫌がってるのにしつこくネコジャラシをネコの顔に押し付ける
ネコは嫌がって逃げる
逃げても追い回してしつこくしつこく続けると
ある時、急にネコはマジ切れする
そのネコのマジ切れの動作を移したのがこのコンボである!
そのために近所中のネコに顔見たら逃げられるほどに嫌われた。
「うざいにゃー」は怒涛の「猫ひっかき」ラッシュ
続けられれば耐えられるものはいないし
それでも耐えれば出血多量まで追い込むまでだ
「邪魔だにゃー」は敵が怒涛の攻撃に耐えられなくなったところで
とどめに体勢を完全に崩す攻撃
今回はガードを猫手の振りでどかしたが
大抵は猫パンチを食らわせて動きを止める形となる
「今は遊びたい気分じゃないにゃー」は、つまり蹴りである
猫にゃん拳は猫体すなわち猫のような柔らかな身軽な動きを重視する
ゆえに徹底的に脚力を鍛える
結果、その鍛えられた脚力による蹴りの威力は尋常では無い
猫は蹴りは使わない
だが細かいことは気にするな
これぞ掟破りの「猫きっく」!
いや、もしも猫だったらって考えるんだ
まずそれが基本、それが猫にゃん拳
この今の俺がそのまま猫だ
猫の形をしていない、人の形をしてるのが現実とか些細なことだ
今の俺でそのまま猫だ
なら今の形なら今の状態なら蹴りも使うだろう
猫は自由だから
その自由な精神こそが重要なのだ!
「おい弟、ここまでやらんでもいいだろ。」
社長は完全にダウンした健一を運び出すように皆に命じてから言った。
周囲に健一の同僚のレスラーも複数残ってる。
険悪な雰囲気を漂わせてる者もいるし。
どこか困惑気味の者もいる。
奇妙な沈黙が皆を覆っていた。
「兄貴は、俺の実の兄貴だ。」
タカシは答えた。
「だからだな……」
社長はまた何か言おうとしたのだが。
「だから一回叩きのめす必要があったんだ。」
「なんでだよ。」
「兄貴も俺と同じく生まれたときから猫にゃん拳の修行を積んでいる。高校の頃に嫌になったと言って飛び出したがそれでも素人とは違う。猫にゃん拳は一子相伝の必殺拳、そして兄貴にもまだ継承権はあるんだ。兄貴がやはり継承者になりたいとか言い出さないように一度力の差を思い知らせておく必要があった。
そう、俺が!
俺こそが唯一の!!
猫にゃん拳の当代の継承者なのだから!!!」
断言するタカシの言葉には反論を許さぬ力強さがあり。
タカシの目は揺るぎ無い確信を浮かべ。
彼が本気の本気で言ってることは疑いを入れる余地がなかった。
「おおう……そ、そうか…(やべえ、こいつマジで言ってる)」
そのことは社長にも周囲の人々にも伝わった。
伝わったがゆえに皆は困惑して黙るしか無かった。
「ダメだこいつ、マジモンだ……」
「こういう場合どうするよ……」
「身の程知らずな挑戦者が殴りこみに来たらボコってやるんだが……」
「でもこいつ高良さんの弟なのもマジだぜ。」
「どうしよう。」
「うーん。」
「「「社長!」」」
皆は社長に判断を投げた。
身内同士の争いこそ最も残酷になるもの……