4 古流との対決
素手なら遊びだ
本気でやるなら人間、武器を持ち出すもので
武器をわざわざ用意する、だからこそ本当に本気
人は素手だと弱い
長い歴史の中で現実的に人の脅威となってきた動物となると
大型のクマとかより、むしろ狼とか野犬とかだろう
身近にいくらでもいた
野良犬一匹が相手でも、素手だと危ない
しかし
棒一本持つだけで優劣は逆転する
その棒が金属製ならなお良し
江戸時代の旅人は「犬おどし」の脇差一本携帯して旅をしたという
現実的にそれは必要不可欠だったのだ
本格的な戦争道具となると、長柄とか弓鉄砲になる
こういうのはいつも持ち歩くわけには行かない
携帯できる程度の軽さは絶対必要
だから剣一本くらいが現実的には丁度良い
だから護身用に剣を持つ
洋の東西問わずどこでも同じ
だから剣の使い方
剣術こそが最も発達した武器術となる
剣道こそが武道の正道である
今日の相手は絶滅危惧種
今時珍しい田舎に残った古流剣術の継承者である
剣術以外に、杖術や手裏剣術、柔術なども伝承しており
その中でも得意技は居合
一般には居合術としてなら少し知名度がある流派である
居合とは、剣を腰に帯びて普通にしてる、平常モードから
いきなり抜刀して一撃
その平常モードから戦時モードへの一瞬の切り替えってのを
とことん突き詰めた技術であり
抜刀術とも言う
ぶっちゃけ不意打ち最強の技術で
江戸末期に新撰組と切りあった人斬りの皆さんは居合が得意な人が多い
漫画だけの話ではなくマジで
まあ暗殺向けの技術であるから
これを学んでおけば暗殺避けにもなるってことで
剣術の一種として、かなり重視される技ではあるのだが
しかし術としての性質上、真剣使わんと話にならん
竹刀とかで打ち合おうって話じゃなくて
いかに一瞬で殺せる一撃を与えられるかって方向だから
だから今日の敵のエモノはもちろん本物の日本刀
腰に帯び、居合腰を決めて静かにこちらの様子を伺っている
あのさー
抜刀一撃とか受けたら死ぬっつうの
全く手加減の無いやつだ
抜刀と、納刀
その単純な動作を一日最低千回
それを一年
さらに十年
気付けば自然に抜刀、納刀するって動作が
普通の人が見れば目にも留まらぬ速さになっている……!
徹底的にこれだけ突き詰めているので
その速さに、速さで対抗できると思わんほうが良い
居合はとにかくその最初の一撃を外せ、と
それがセオリー
一撃目を外しさえすればなんとかなる……
タカシのエモノは、鎖鎌である
目の前の相手の家から借りた
普段はヒモの先に錘がついたみたいなのを携帯してる
これは「ネコひも」という
ネコはヒモが好きだから
猫にゃん拳の武器術は、全部、ヒモ使う系である
その延長で、鎖術、万力鎖とかも使える
紐の先につける分銅には、幾つかトゲが生えていて
これを「猫の爪」と称する
分銅の一撃をギリで避けた、と思ってもかするだけで皮膚を裂くので
地味に嫌な攻撃である
この猫爪分銅さえ忘れず持っていれば
ヒモなんてどこでも手に入るし
ヒモにこれつけて振り回せば結構強い
素人が持っても、相手が野良犬程度なら、十分護身用になるであろう
猫にゃん拳はそこまで考えられているのである
ましてや猫が紐で遊ぶ姿を観察すること十数年
ネコ紐使いとして厳しい訓練を積んできたタカシが扱うとき!
ヒモでも鎖でも、恐るべき凶器となる!
しかし今日の相手は古流剣術の継承者、居合が得意技
本気でやりたいとのことなので武器まで貸してくれた
さすがに本身の日本刀相手だと、ヒモだときつい
鎖が欲しかったが相手の家には鎖鎌しか無かったので借りている
なに、鎖鎌術もタカシは使いこなせる
鎌の部分はオマケで、本命は鎖分銅の部分になるが
左手に鎌を軽く持ち
右手で鎖分銅を短い半径を描いて振り回す
分銅が上にまわってきた瞬間でも
下にまわった瞬間でも
一瞬で打ち出すことができる
鎖分銅の一撃は、皮の下の肉が薄い場所などに当たると効果的
一撃で骨を砕く、ヒビくらいなら入る
んーっとそうだね
金槌ならどこの家でもあるでしょ、片手で軽く持てるくらいの重さの
でもその金槌でガツンと頭殴られるとか考えてみ
下手したら死ぬでしょ
鎖分銅の攻撃ってのは、つまりそういう一撃が飛んでくるってことで
マジヤバイのである
距離で有利なのはこちらだ
分銅鎖の間合いのほうが当然長く遠い
しかしその一撃が回避されれば
次の一瞬で、向こうは飛び込んでくる
居合の間合いまで接近されれば、まあ、終わりだね
鎖鎌では防御力無いし
相手の剣を受けるとか出来ないしねー
だからこれは間合いの勝負であり
タイミングの勝負でもある
こっちとしては、打つぞ投げるぞって見せかけて
あえて飛び込ませる
そして抜かせる
予想してるから回避可能
避けると同時に分銅の一撃を与えると
向こうは逆に、こっちに先に本気の一撃を投げさせて
それをかわして飛び込み切ると、シンプルだ
って油断してると手裏剣が飛んでくるかも知れん
あれも結構得意だったんだよなこいつ
剣に付属したアクセサリの小柄ってやつだけでなくて
多分全身各所に棒手裏剣を何本も呑んでるだろう
それにまー居合の一撃が一番怖いとは言っても
抜いた後だって普通にこいつは剣術使いであり連続攻撃もお手の物
でもま抜いた後なら、その剣に鎖を絡みつかせる
というかつまり攻撃の軌道に鎖を置くことで剣の動きを抑えることは可能で
それができても、またこっちの勝ちになるのだが
実はこうして対峙したことは、こいつとは複数ある
ゆえに互いの手の内も知っている
しかし流石に、互いに真剣と、本身の鎖鎌で向き合ったことは無いのだが
「兄さん……」
「なんだ」
「今日こそはそのふざけた拳法を名乗るのを辞めてもらいます」
「他流に言われる筋合いは無いな」
「そっちが分家です! こっちが本家です! 本家の恥になるんです!」
「そんなこと言っても家が分かれたのは明治の昔だし、もう他人だろ」
「親戚の中で同じ年代で一番強くて……自慢の格好良い兄さんだったのに……」
「安心しろ、今でも一番強いぞ」
「どうして……どうしてそんな拳法の継承者になってしまったんです!
兄さんだって前は嫌がっていたはずでしょう!?」
血を吐くような従々…従姉妹(正確にはどのくらいか忘れた)の台詞
ちなみにスラっと高身長の文句なしの美少女である。175㌢、モデル体型。
確か高校で生徒会長とかやってるとか、全校生徒の憧れとか
しかし素手でも剣を持たせても異常に強い
男女全員で考えても恐らく同世代最強……だった
タカシさえいなければ
タカシは聞き分けのない妹を見るような優しげな微笑を浮かべ
何かを吹っ切った人間特有の爽やかな声で
「昔の俺は若く、何も分かっていなかった、それだけさ」
「……兄さん!」
「納得できないなら、納得できるまで、繰り返してやろう」
「やめて兄さん! それだけは……!」
トモエ(18歳女子高生、胸はAか下手したらそれ以下)の哀願を無視
タカシは分銅を右手で回したまま、シナを作り
左手の鎌で猫手をイメージした体勢でポーズを決め
「やめて兄さん! 本気で斬ります!」
「猫にゃんにゃん!
猫にゃん拳!
ふー(猫の威嚇音)」
ビシっと決めた
しかしトモエもさるもの
ポーズの一瞬の膠着を狙って飛び込み居合い抜き!
胴にまともに入る軌道
おい死ぬぞ
普通なら
タカシは良い意味でも悪い意味でも普通では無かった
胴にまともに入る軌道だったトモエの一閃は
むなしく空振る
いや
なぜかさっきまでタカシがいた場所に
鎖が一本、天から垂れ下がっていた!
その鎖にまともに剣をあててしまい、そのまま鎖は剣に絡まる
なんとあの一瞬で
タカシはトモエの身長を越えるほどの高さに跳躍
その際、分銅鎖だけその場に残るように
その瞬間なら確かに天から鎖が垂れ下がっているように見える状態に
相手が固いものなら剣で切り裂ける
切り裂けなくても衝撃は与える
しかし手ごたえのない、ふわっと垂れ下がった鎖では
むなしく鎖をたわめて、そのまま絡ませてしまうだけ
「これぞ、猫じゃんぷ!」
「普通に跳躍でいいじゃないですか……」
ネコだから身が軽くなくては話にならない
身長190近くで体重も90キロ以上あるクマのような体型のマッチョのくせに
幼い頃よりネコジャンプの特訓をさせられ続けてきたタカシの身は異常に軽い
剣に鎖を絡められ、それを外そうと意識が剣に向く
その一瞬でタカシはトモエに接近し手元を押さえ
鎌を喉に向ける
「俺の勝ち、だな。
猫にゃん拳は最強だ
そろそろ認めろ」
「だから!
兄さんは普通に強いんだから!
猫にゃんとか言うのやめてください!」
「断る」
言うと同時にタカシは猫手刀でトモエの手首を打ち、剣を落とす
その剣と、絡まった鎖ごと、鎌も遠くに投げようとした、ら
「この、分からず屋!」
「うお! 危ね!」
トモエの掌底が顎をかすめる
さらに連続してタカシの水月を狙ってトモエの拳が
普通なら絶対当たるタイミングだった、のに
その一瞬でタカシは、ふわりと柔らかい動きで距離を取り
トモエの拳は空しく空を突くのみ
「やめとけやめとけ、素手だとお前、勝ち目ねーぞ」
「うぅぅぅ……なんて無駄に見事な動き……」
「これぞ猫体術、即ち猫にゃん拳だ!」
「だからそれやめて!」
半泣きで哀願する美少女!
だがタカシの心には響かない。
平然と言葉を返すタカシ。
「断る! じゃ、またな」
その冷たい回答に対して。やはり身内で慣れっこのトモエ。
今泣いたカラスがもう笑った。女は怖い。
トモエは普通に日常的な口調で。
「あ、兄さん、うちでご飯食べていかないの?」
「なんかそんな気分じゃねーわ」
「ちょっと! お金もあんまり無いんでしょ? 無理しないで」
「いや、いつお前に切り掛かられるか気を抜けない場所でメシ食うのはちょっと」
「そんなこと……えっと、三回くらいしかしてないじゃない!」
「十分だろ三回もあったら……」
「じゃあ、もうしないって約束するから!」
「じゃあ猫にゃん拳を認めるんだな?」
「それはダメ!」
押し問答
結局
「では、さらばだ!
にゃー!」
「あああーーーその声もポーズもムカつく!!」
トモエのクラスメートが見たらショックを受けるような表情と声だったが
タカシはネコ走りによってあっという間に遥か遠くに
他に見ている人は誰もいなかった
「ダメだわ
あの変態バカには勝てない……
私では……
私って常識人だし……
ああ、誰かあのバカを叩きのめせる人はいないのかしら……」
馬上戦闘で鎧武者の首を軽々取ったという。
巴御前の伝説から名付けられて、その名に恥じない力を持っている。
非常識な自分の力量を棚に上げて、トモエは嘆いた。
古くは修験道の流れを汲み、戦国期に新当流や柳生流の影響なども受け、居合の開祖、林崎甚助に一時教えを受けて居合も取り入れ、そのまま土着して技を磨き続けて林崎夢想流高甲良派を江戸時代中頃に名乗り、幕末頃にはなぜか高甲良流とそのまま名乗るようになっており、明治期に一時剣術全般が衰退した頃に、正統剣術寄りでは無く、その他の「外の物」と呼ばれる鎖鎌術など忍術寄りの技術を継承していた家の次男がこんな田舎に閉じこもっていても未来は無いと、大阪に出て芸人になった。
その芸人になった次男坊の家系が、すなわち猫にゃん拳の家系である。
何かを吹っ切って、どっかぶっ壊れた彼が戻って来て、ふざけた拳法で実家の連中を全員叩きのめしてしまったことは一族の恥として今でも秘密になっている。
江戸時代から続く高甲良流居合道の名に懸けて、あのアホ拳法を名乗っている邪道の連中を叩きのめさねばならないのだ!
あ、読みは「たかから」ね
昔は「たかこうら」と読んでたが、いまでは「たかから」になってる
地元の人間は「たかーら」て感じで発音するから
知らない人が聞くと「たから流」って言ってるように聞こえたり
トモエさんは高甲良流宗家の総領娘で本名は高甲良友衛
字面だけ見ると男か女か分からんと評判
明治初頭に大阪に出て芸人になった、分家の次男坊は、
芸名を「宝猫丸」といって
タカラって音を移して今では表記は「高良」になっていて
タカシの本名は高良高志である
なお今でも両家は普通に親戚付き合いはしており
女系は普通に仲良しなのだが
武道を継承してる男系はアレで
トモエは微妙な位置なので微妙
開祖、猫丸は神戸の中華街で中国人に拳法を教わったり
当時としては珍しく、西洋系の外人と結婚したり
そんで子孫は体がでかくなったり
猫丸自身は小柄で本当に猫っぽい外見だったらしい
猫マネは芸であったが、その芸を極めて逆に武道に応用
高甲良流分家は根来流忍術の流れも汲む家柄だったので少し忍者も入ってる
声芸、軽業などショウビジネス系で結構成功したらしい
なお高甲良本家では「猫にゃん拳」などというふざけた名称は認めず
「高甲良流分家、高良派忍術」と呼んでいる
実はタカシはNINJAだったのだ!
閑話休題
だから強いのである!
ネコならどうでもいいにゃー
と言うだろう
だからどうでもいい話だにゃー
ゴロゴロ
長い説明部分は読まなくて良いです
いかん、つい歴史ネタになると長くなってしまう