1-1 王との邂逅 《襲撃》
終末の日
その日な世界はいつもとなんら変わりはなかった。
ただ一つの企業を除いてという条件つきだが。
当時、精神世界の存在は人々に当たり前のものとして知られていた。
霊的エネルギーが新たなクリーンエネルギー資源として利用されることが期待されていたほどだ。
事実、霊的エネルギーを電気に変換する技術は現在一部の国に引き継がれている。
その“精神世界および霊的エネルギー利用”の元筆頭企業ゼネルが崩壊の引き金を引いた。
ゼネルはライバル企業に“精神世界および霊的エネルギーの利用”における研究成果で数年の均衡の末、追い抜かれたことに焦り、死者との会話を可能とする完成すれば画期的な装置となるものの開発を極秘に進めていた。
しかし、それは現実世界と精神世界、二つの触れ合わない世界に接点を持たせるという極めて危険な行為であるとゼネルの人間は誰も理解していなかったという。
そうして誰も止めるものがいない状況で最初で最後の“死者との会話”実験が行われた。
結果は現在のシオン達が置かれている世界が示す通りだ。
機械は突如として、高エネルギーを吐き出し始めゼネルの実験施設を“死者との会話”装置を残して、一瞬で跡形もなく蒸発させた。
“死者との会話”装置は交わらないことで均衡を守り続けた二つの世界を交わらせるという禁忌を犯した罪の代償を吐き出し続けた。
高エネルギーは数時間吐き出し続けられ、世界の4割以上の建物を蒸発させ、大地を三回焼き尽くしたと言われている。
しかしそれで終わりではなかった。
今ではエーテルと呼ばれているオバケ、妖怪、怪物に近しい類の存在が精神世界から現実世界へと流れ込んできたのだ。
エーテルは簡単にまとめると死者の魂だった。
皮肉にもゼネルの計画は非常に大きな代償の元、一部成功したといえよう。
しかし、肝心の死者との会話はできなかった。
死者は生者の声を無視して、生者を妬み、怨み、死の世界へと連れ込み始めた。
そうして生まれた新たな死者の魂はまだ生きている者を恨む、悲しみの憎悪の連鎖が人類を襲った。
ただ、人類は終末を目の前にして諦めなかった。
人々は団結し、死者に立ち向かった。
銃弾は死者の魂を一時的に打ち払えたため少しは戦えたのだ。
しかし、終末の絶望は終わりを知らなかった。
幻魔と呼ばれるエーテルの圧倒的上位互換的存在が現れたのだ。
有名どころでいえば骸の王や魂喰らいが幻魔の例だ。
基本的に幻魔には兵器が通用しなかった。
世界が焼き尽くされた中、残った兵器のみで幻魔を倒すことはできなかった。
幻魔は圧倒的な力で人間をねじ伏せ、遂に戦意を喪失させた。
人間は戦う事をやめ、残った技術をフル活用して地下施設に逃げ込み、生存圏を確保した。
終末の日、世界の人口の8割が失われた。
シオンは腕に鋭い痛みを感じ飛び起きる。
痛みはサーチボウがエーテルに反応しているのを知らせていた。
シオンは眠そうに頭を書きながらそばに置いておいたハンドガンを手に取る。
「何時間寝た?…くそっ!頭が回らん」
軽いストレッチをしながら荷物と分離して軽くなっているカバンを背負いワームを起動させる。
まだワームの感知範囲には入っていないらしく何も反応しない。
ただサーチボウの内側にいることはほぼ確実であり、油断するわけにはいかない。
ワームを反応したサーチボウを表すように設定して、どのサーチボウが反応したかを確かめる。
ワーム は周囲へと淡い青色を放つ。
「ローグ!囲まれた、指示を頼む!」
全てのサーチボウが反応していたことに驚いたシオンが吠える。
一体のエーテルがサーチボウの周りをぐるぐる回っていたのならば良いのだがそれはあり得なかった。
十中八九、この元村を囲むようにして入ってきたと判断してまず間違いない。
すでに敵の絶対包囲網が完成してしまっている。
シオンは呑気に寝ているうちに絶体絶命の状況に陥ってしまった事実に若干の後悔を覚える。
『ローグさんは今仮眠中です。スタッフが起こしに向かっていますが自宅に戻っておられるので』
シオンの叫びに対して帰って来たのは女性の声だった。
一息ついたあと女性は話を続ける。
『ローグさんが到着されるまで代理でオペレーターをさせていただきます。と言いましてもこちらからはそれほど支援も出来ないので現場の判断を優先しください』
この女性はおそらく夜番を務めるオペレーターだろう。
「…俺は…何時間寝ていた?」
運び屋にとって普通の人以上に睡眠時間を確保できるか否かは生死を分けるほど重要である。
目的地が近付くにつれ、疲労等で緩む警戒を維持するには睡眠は必須である。
事実、運び屋の死亡例の4割近くは目的地付近でエーテルに襲われるというケースである。
シオンは今そのケースの1パターンとなりかけている。
『私が仕事を引き継いでから約1時間ですのでおよそ3時間かと』
シオンは頭が回らない理由がわかったとため息をつく。
疲れきった身体と脳を中途半端に眠らせてしまったために脳が睡眠をまだ求めているのだ。
だが、この状況で寝るなど自殺行為だ。
無理矢理にでも体を動かさねば死ぬしかない。
だがそれでも眠いものは眠い。
それを解消しなければここで土に還ることになる。
“まだ、俺にはやらなきゃいけない事がある”
シオンは強い意志で眠気を振り払おうと戦う。
「近くに仮眠を取れるスポットはあるか?」
『確認します。ですが、ワームが反応しています警戒してください』
女性の声を聞いてシオンはワームに意識を向ける。
エーテルサーチを割り振ったワームが浮遊しながらおぞましい数のエーテルを示すために動き回り光を放ち続ける。
ワーム一本で示しきれない数なのか光は常に切り替わり違う場所を途切れ途切れに指している。
シオンはワームの仕事配分を戦闘態勢用の設定に切り替える。
エーテルサーチが3本に増えたワームは光を差す方向を分担してエーテルの位置を示す。
かなりの数がこちらを探してうろついている。
シオンは連絡が来る前にワームの生えたリュックサック型のカバンにすばやく荷物を取り付け背中に背負う。
何十キロもの重りが眠気でふらつきそうなシオンを下へと引っ張る。
壁に手をつきなんとか倒れることを防いだ。
「くそっ!気合い入れろ、俺!」
自分に向けて叫び喝を入れる。
それでもボーッとしそうになるのでシオンは自分のほおにビンタを見舞う。
ノイズの中にオペレーターの声が入る。
『確認できました。一番近くで南西方向2キロの位置につい数日前に宿泊地とされたポイントがあります。エーテルに襲われたようですが今はいない可能性があります。ほかの場所だと…』
「いや、そこでいい。ワームに道案内させてくれ」
シオンは話を続けようとしたオペレーターを遮るように言葉を発する。
体を動かす時間をなるべく短くせねば、疲労がかなり溜まっているせいで意識が急に途絶えかねないと判断したのだ。
早急に眠りにつかねばまずいと判断し、シオンは無線機に向かって
「かなりの数に包囲されてる。おそらく戦闘は避けられない。集中するために通信を完全に切るぞ。シオン、アウト」
と叫ぶ。
手早く無線を無効化したシオンはバックパックに取り付けられた手のひらサイズの圧縮カプセルを掴む。
カプセルの圧縮が解除され、数秒でサブマシンガンに戻りグリップ部が綺麗に右手に収まる。
シオンは周囲を見回し、エーテルの少ない場所を探す。
“とりあえずここから抜け出さないことにはどうしようもないな”
シオンは無言で銃を構えて、エーテルの少ない場所の窓が飛び出る。
窓の割れる音を聞いた人型の魂が飛び出たシオンを見る。
エーテルα型、ほかのエーテルや幻魔と比べるといわゆる雑魚、有象無象の敵だが大集団で一気に襲われるとどんな武装をした人間とて ひとたまりもない。
2メートルほど宙に浮いているα型は全員、生者であるシオンを恨めしそうに睨む。
そして死の世界へと引きずりこむために接近する。
「ああっ!くそが!」
シオンは吠えながら特殊なスモークグレネードを投げる。
人骨の混じったスモークグレネードの煙はエーテルの生命力感知を紛らわし煙を生者だと誤認させることができるらしい。
人骨を使うという製造の特徴上量産できないが、ほぼ全ての運び屋にミッション一回につき一つ与えられている。
シオンに襲いかかろうとしていたα型のほとんどをスモークグレネードで生命力を誤認させることに成功するがそれでも十数体が抜けて来ている。
シオンはサブマシンガンを手に持ったまま全力で走る。
元いた場所から十分離れたところでシオンは体を回転させ後ろを向く。
そしてサブマシンガンの引き金を引き、狙いもつけず乱射する。
弾丸が当たったα型は魂が一時的に撃ち払われれ、姿を消す。
ただ、あくまで魂が撃ち払われただけで個体差があるが数分から数時間で魂が再集結して化物を再形成する。
つまり、どれだけエーテルを倒そうとも一時的に数が減るだけで、奴らの絶対数はどうやっても減らないということだ。
しかし、人間は戦い続けるとどんどん消耗していく。
これが終末の日から人類が追い込まれた一つの原因である。
ずっと引き金を引いていたために、数秒で弾切れとなる。
マガジンを交換している余裕はないと判断したシオンはサブマシンガンを圧縮カプセル化し、空マガジンをポーチの中に突っ込みながらワームが指す方向へと全力で走る。




