1-終 宴の裏で
シンシアやシオン達をエーテルからの発見を避けるために四つの集団に分けて国へ向けて戻ろうとしていた。
選ばれた道は比較的エーテルの発見率が低く、この極限世界において安全と言えばまあギリギリ安全なルートであった。
シオンとシンシアを含んだ第四隊は足を負傷してたシオンに歩幅を合わせるためにゆっくりとした帰国になる。
帰国した彼らを待っていたのは国長、倉庫長、自警団長たちであった。
彼らは国を回すリーダーであり、憲法や実定法を失い、自然法のみが支配する世界を無法地帯にしないための権力機関の長を務めている。
ちなみにここロンドン国は国長、自警団長が男性、倉庫長が女性である。
国長とはその名の通り国を治める存在で他国との交渉や貿易、さまざまな研究の指示などを行う。
国には倉庫や自警団の暴走時にセンターエリアを遮断して、一時的に両組織の力を削ぐことができる。
倉庫長は生産・流通・販売の管理やインフラ整備を行う倉庫と呼ばれる組織のリーダーである。
主に各階級に対する配当を決めたり、販売価格の不当な上昇に対しての規制を行う。
また国や自警団の暴走時に配当を絞って抵抗することが可能である。
自警団長はその名の通り自警団のリーダーである。
主に治安維持と争いの仲裁を行う。
入国手続きを行う兵士も自警団に所属している。
警察に司法権を与えたような組織である。
裁判を行う人員も時間もないこの世界では民事裁判的なことはすべてその場に居合わせた自警団員に委ねられる。
武装的な威嚇に加え、自警団は倉庫の配当決定権を持ち、国の暴走時にセンターエリアを制圧することが許されている。
それぞれの組織にあらゆる行動を行う時に理由開示義務が存在し、それによって配当率を変えたり、武力による威嚇を行ったりして三権分立的な形で権力の偏りを防いでいる。
国を動かすリーダーたちが一堂に会するこの状況が幻魔の討伐がいかに凄いことかというのを物語っていた。
「お帰り、シオンくん。そしてありがとう、君の活躍は世界中に希望を与えた」
国長が握手を求める手を伸ばしながらそういう。
シオンは手を伸ばし、その手に答える。
「さて、急いで準備させたから贅を尽くしたとは言えないが宴の準備ができている。君達の勝利を祝おう」
握手を満足げに終えた国長がそう言う。
「一日、準備期間をくれれば完璧に仕上げてみせたなぁ。なあシオンはん、次幻魔を倒す時は事前に教えてねぇ」
と倉庫長が少し不満げに言う。
シオンはそれができたらいいんですけどねと心の中で呟く。
「その前に医療棟に行きたいんですけど。この足を固定しないと歩きにくいんで」
その言葉を聞いた国長は申し訳なさそうに
「すまない、その事を失念していた。もちろんそちらが先で構わない」
と言う。
「なら、その前肩を貸してやれ」
と自警団長がシオンの肩を支える運び屋に命令する。
運び屋は「はいっ!」と姿勢を正して大声でそう答える。
医療棟・高等医療区域
一通り診察を終えたシオンはベッドに寝かされていた。
「バイタルサイン問題なし、足に関しては掻っ捌いて中を見るわけにもいかないけどヒビが入っているのはほぼ間違いないわ」
シオンの診察を担当した女医がカルテを手にそう言う。
「硬い棒を用意したからとりあえずそれで足を固定しましょう。あと、このカルテのデータ、サポートチームに渡してもいいかしら?」
「お願いします。こちらもそうしてもらった方が楽なんで」
シオンがそう答えると女医は「はーい」と返事をして部屋の奥に消えていく。
基本的な運び屋は作戦終了後必ず、医療調査書というものを提出しなければならない。
これは運び屋の体調管理のために自然と生み出された生存率を高める手段であり、次の作戦に適した体調かを確かめる役割がある。
それを提出してくれるというのは手間が省けて非常にうれしい。
部屋の奥から戻ってきた女医は包帯で足と棒を巻きつけて固定する。
「はいっ!出来上がり。伝説の運び屋の治療ができるなんて人生何が起こるかわからないものねぇ」
固定した足をバンと叩いてそういう。
「痛っ!怪我の場所を叩くなよ…伝説なんてそんないいものじゃないですよ」
小さく文句を吐きながら、ベットから起き上がる。
固定されただけだが歩きやすさは格段に上がっている。
シオンはお礼を言って医療棟をさる。
治療を終えた宴の会場に向かい、シンシア達と合流する。
「足、大丈夫?」
シンシアが心配そうに尋ねる。
「大丈夫ではないな。…あっ、そうだこれを」
シオンは無線機を渡す。
シンシアは何故これが渡されるのかわからないと言った表情を浮かべる。
「何かあったらそれを使って連絡しろ、俺に繋げることもできるがこの足だから何もできないと思うから直通でローグに繋がるようにしておいた」
シンシアは黙って無線機をポケットの中へしまう。
シンシアとともに会場に入ると、視線が一気に二人に向く。
その中には共に骸の王を倒した者もいる。
『さて、今夜の主役の登場だ』
司会を務めているらしい人間がそう言う。
国長、倉庫長、自警団長の待っているステージに上がる。
宴の会場にいる殆どの人間が骸の王討伐とは無関係の人間である。
サポートチームの人間は全員別の国にいるから仕方ないといえば仕方ないのだが、頑張った人間が宴に参加できないのはなんとも言えない感覚を引き起こす。
『彼らの活躍と数々の同胞の命を奪ってきた骸の王の死を祝って、乾杯!』
国長が高らかにそう言うと全員が「乾杯!」と返し、食事を始める。
十分後
シンシアはシオンの姿を探していた。
最初の方は色々な人から話しかけられめんどくさそうに対処しながら食事するのを見ていたがいつのまにか消えいた。
仕方なく、シンシアは無線機を使うことにする。
扱いに慣れていないので直通無線を開くことしか出来なかった。
『こちらローグ、…その感じ、シオンではなさそうだな』
普段のシオンの行動から今無線を使っているのが別人だと判断したローグがそう言う。
余程長い付き合いなのだろう。
「あの、私…シンシア…です」
本当に自分を知っているか不安そうに答える。
『ああ、シオンが言っていた娘か、どうした何かあったか?一応、ロンドンの知り合いに見張ってもらっているが…』
シオンからあらかじめ何かあったら対処するように頼まれていたローグは名前を聞いてすぐに状況を理解した。
「大したことじゃないんですけど…シオンがどこにもいなくて」
『ああ、あいつは大体外にいるだろうな。あいつは人と一定の距離を取りたがるんだ。俺にだって完全に心を開いてくれちゃいない』
「それは、またどうして?」
意外なことを聞いたシンシアは条件反射的にそう尋ねた。
『まあ、シオンに協力してくれたお礼ってわけでもないが話しても別にバチは当たらんだろう。…あいつはな生きている意味、理由が一つしかない。あいつは“死ぬために生きている”』
シンシアはシオンの矛盾した生きている理由を聞いた。
会場の外
シオンは腹7分くらいの食事をささっと済ませて、外に抜け出てきた。
「やあ、待っていたよシオン」
外に出るや否や、声からも自信家だとわかる女性が話しかけてくる。
シオンは身構えながらその声の主を見る。
「イブ・スカーレット…どうしてここに?」
声の主を見たシオンはそう尋ねる。
赤い髪に赤い瞳の女性、イブは
「そもそも私たちの本拠地はロンドン国だからなぁ、どうしてと言う質問に答えるのは難しい」
と答える。
「そういや、そうだったな。あんたのご主人、クラレット家の当主も宴にいたっけか」
クラレット家はヨーロッパ圏を中心に活動する世界最大規模の企業である。
スカーレット家はクラレット家配下の家として代々直属の運び屋として扱われている。
このように大企業が生活難に陥ってどうしょうもなくなった家を将来の系譜ごと買い取ることなんて実定法のないこの世界では両者の同意さえあればなんの問題もない。
こんなことざらにある話だ。
「そうだろうなぁ、そこまでの護衛を務めたのだから。そのついでに外に出てくるあんたとお話しするためにここで待ってたのさ」
イブは胸ポケットから代用タバコ取り出す。
イブが右手の人差し指の爪を親指の爪で弾くと人差し指から火が現れる。
その火をタバコの先端に当てる。
シオンはその超常現象に一切驚かない。
「話したいことはなんだ?」
シオンは悠長にタバコを吸い始めたイブを見て、いらだたしげに尋ねる。
「そうだなぁ、単純に言うならあんたを仲間にしたい」
シオンの言葉を聞いたイブは口から煙を吐きながらそう答える。
「それは俺にクラレット家に下れという意味か?」
シオンはイブの言葉からクラレット家からの差し金の線を予測する。
「いや、そうではない。私の作る組織にあんたを迎えたい」
イブの答えはシオンの予想の範囲をはるかに超えていた。
「お前の作る組織?そんなことクラレット家が許さないだろう」
スカーレット家はクラレット家配下の家の中でも地位の中の下の方である。
そんな地位の低い家が、勝手に組織を作ることをクラレット家が許すわけがない。
「そうだろうなぁ、だからクラレット家には私の思い描く舞台から退場してもらう」
イブは毅然とした態度でそう発する。
「バカなっ!そんなことできるわけが」
シオンはイブの発言に叫び声をあげる。
一つの巨大組織を簡単に退場してもらうと言い切る彼女の発言は信じられなかった。
例え、クラレット家を潰すことはできても、その余波で世界中の経済が悪影響を被ることになる。
冷静に考えてデメリットしかない。
「できないと言いたいのか?そんなことはない。私はそれを可能にできる準備を進めている」
「なぜそんなことをする。クラレット家が気にくわないからか?」
「いや、違うね、全くもって違う。私は人類の滅びを止めたいだけだ。私達は精神世界について研究していた組織の建物跡から情報を集めて回っている。精神世界と現実世界は一つの門で繋がっているらしい。私たちはそこを壊そうと計画している。その計画への協力をあんたにしてほしい」
「それだけの行動力があるなら、俺なんか要らないだろ」
「いや、私の部隊には私のような超能力的な力に目覚めた存在が必要だ」
「俺にあんたみたいに指から発火するような力はないぞ」
「いや私にはわかる。あんたは帰還者だ」
イブはまるっきり聞いたことの単語を口にする。
「帰還者?なんだそれ」
「まあ、私が勝手に呼んでいるだけだ。一度死にかけ精神世界に逝きかけて帰還したものが、稀に特殊な力に目覚めることがあるらしい。あんたもそのちからがあるはずだ」
「そんな力があればこんなに苦労してないと思うが?」
「違うね、あんたは帰還者だからこそ生きている。そうでないならあんたは異常だ、死んでいてもおかしくないのに生きている。彼女が死んだあの時も、死んでもおかしくない重症を負ったはずだが、生還した。その後の経過観察も見せてもらったが、ありえない速度で自然治癒していた。一度死にかけ、なお生きている。これが帰還者でなければなんだと言う」
シオンの皮肉混じりな言葉にイブは真っ直ぐ言葉を返す。
「そもそも帰還者と言う存在自体が怪しいが」
「私だってそうだ。クラレット家の尻拭いをさせられた時爆発事故が起こった。私は首から下の右半身を焼かれた。本来なら私の皮膚は灼け爛れ見れたものではないだろう」
イブが右手を見せてくる。
その手は無垢な子供のもののように綺麗なものだった。
火傷があると言われても信じられないほどに綺麗な腕だった。
「だが、私は右手から火を出せるようになり、ご覧の通り火傷の傷も見る影はない。さらに言うなら、帰還者に似た文献をすでにいくつか見つけている。人間に霊的エネルギーを当てると霊感を得ることができると言うものを見つけた。それの上位版と考えれば十分あり得る話だと思うが?」
「なるほど、そこまで言われると信じられない話ではないか…。だが、戦闘中に全くとは言わないまでも使いにくい力を持つ俺を仲間に加える必要はないんじゃないか?」
シオン自身、帰還者と言う存在はともかく特殊な力に関しては少し自覚があったため、彼は話を受け入れた。
「無論、私とて帰還者だから誘っているのではない。シオン、君のネームバリューがほしい。伝説の運び屋の君がいるだけでおそらく士気は2倍近く上がるだろう」
明らかに話を盛っているように聞こえるにもかかわらず、確信を持って言葉を発している。
「だが、クラレット家の一運び屋が世界を救おうなどと?」
「私はこの生きにくい世界に嫌気がさしたんだよ、みんな現状維持という殻に閉じこもって、世界を元の姿に戻すことなど考えもしない。だから私がやるんだ…仮に失敗しても誰かが世界を救おうとしたいう文化的遺伝子は引き継がれ、いつか世界を救う一端となる。私はそう確信している」
「…ご大層な自論を展開したところ悪いが、俺は誰の元にも下るつもりはない。俺には一生かけてやらなきゃならないことがある」
シオンは一種の信念を持ってそう言葉を返す。
「“彼女”か、まだ君は死者の亡霊にすがっているのか?そんなことより、この世界を救った方が余程……っ!」
満身創痍の人間が繰り出すとは思えないほどの速度でナイフを振り抜かれ、イブは声を失う。
ナイフはイブの首に触れる寸前で止まる。
金属のひんやりとした感覚が伝わるほどに接近したナイフにイブの汗が伝わる。
「そんなこと…だと?貴様にとってはつまらない事かもしれないが、俺にとっては意味のある事だ」
シオンの目は殺意に満ちており、イブは冷や汗をかいてその目を見返す。
「わるかった、わるかったよ。機嫌を損ねてしまったな、今回の交渉はここまでで打ち切りだ。次会うときにはいい返事が聞けることを期待しているよ」
イブは恐る恐るシオンの右手を押し、ながらナイフの間合いから離れる。
そうしてイブは何事もなかったかのようにシオンのものを歩いて去った。
【一編・完】