1-4 死なない王の倒し方 《戦いの終点》
人というにはあまりにも異形の姿であり、化け物というにはあまりにも人に似た姿をしすぎている“ナニカ”がゆっくりとシオンの方へ向かって歩み寄る。
明らかに異様な存在である“ナニカ”からどうしても目を離すことができない。
シンシアは言葉を失い怯えたようにただただ“ナニカ”を見続けている。
シオンは弾切れのサブマシンガンを投げ捨て、ハンドガンを引き抜く。
プレスチェックではなくあえて1発排莢し、確実に装弾されていることを認識した後、異形の“ナニカ”に狙いをつける。
シオンはゆっくりと息を吐く。
人でありそうで化け物である。
化け物でありそうで人である。
そんな得体の知れなさがシオンの狙いを乱す。
その間も“ナニカ”はゆっくりとゾンビのような足取りでシオンの元へ向かってきていた。
「それ以上動くと撃つぞ」
一応、人間であるもしくは人間の言語が理解できる可能性も考えてそう話しかける。
しかし“ ナニカ”は全く反応せずただただシオンの元へと歩み寄る。
彼我の距離がおよそ20メートルとなる。
シオンは意を決して“ナニカ”の足に2、3発、弾丸を撃ち込む。
“ナニカ”は弾丸を受けて、一瞬動きを止めた後、再度シオンの方に向かって歩き始める。
“ナニカ”との距離を稼ぐために後ずさる。
右足に激痛を感じ、バランスを崩して後転が途中まで回って、失敗した時のような動きをしてしまう。
“このタイミングで鎮痛剤の効果が切れたのか!この粗悪品が!”
心の中で悪態をつきながら、痛みのない左足で身体を数メートル後方へ動かす。
その間もシオンは発砲して少しでも距離の差を稼ごうとする。
固まったまま動かないシンシアが目に映る。
「シンシア!下がれっ!」
シオンの声を受けて、今になってようやく“ナニカ”から意識が解放されたシンシアはもう少しで“ナニカ”に触れられるというところでシオンのところに向かって走った。
「シオン!立てる?あの新しい化け物どうにかしないと」
シンシアはシオンの肩を支え、身体を持ち上げる。
「シンシア、銃は?」
「ハンドガンを持っているけど…奴に銃弾は通るの?」
「正直言って確証はない。ただ無線にわざわざ介入してきてあの男が告げた方法を試したい。ハンドガンに入っている銃弾を全てあいつに向けて撃つんだ」
シオンは右肩を支えられながら、タクティカルリロードを行う。
「了解、そうと決まればさっさと決めましょ」
シオンは左手にシンシアは右手にハンドガンを持ち、二人同時に“ナニカ”に狙いをつける。
「俺ハ悪クナイ、俺ハ悪クナイ…」
近づくことで初めて聞こえてきた“ナニカ”の苦しそうな訴えに、判断がひどく鈍ってしまう。
しかし、シオンはすぐに正気を取り戻し
「決めるぞ、シンシア!」
とあえて大声で叫ぶことでシンシアの正気も取り戻すことに成功する。
骸の王に撃った弾丸の数に比べれば桁違いに少ない弾の数だったが、苦しそうに訴える“ナニカ”を沈めるには十分な数だった。
悍ましい叫び声とともに“ナニカ”は地面に倒れ込み、
「俺ハ、俺ハソウカ俺ハモウトックニ死ンデイタノカ……ハハハ」
そう最後の言葉を吐き終えると、ドロドロに溶けて地面に染み入って、そもそも存在しなかったかのように消え去った。
「倒した…の?」
シンシアがあまりにも倒した実感のない状況に戸惑いの声を漏らす。
「ああ、おそらくな。奴が地面からもう一度這い出てこない限りは、倒したと見ていいだろう」
シオンがそう言い聞かせるとシンシアはホッとした様子を見せる。
『よくやってくれた。これで完全に骸の王も解放されただろう』
また無理矢理、無線に介入してきた男がそう語りかける。
「お前は誰だ、どこから話しかけている」
シオンはシンシアに支えられながらキョロキョロ見回してそう言う。
『おや?労いの言葉は不要かい?…はぁ、そうだな…名前は…ジョン・ドゥとでも呼んでくれ。話しかけている場所に関しては企業秘…いやこの場合は個人か…とりあえず秘密にさせてくれ』
また現れた第二の名無しの権兵衛にシオンは不快そうな表情を浮かべる。
当然その表情は無線相手には伝わらない。
『骸の王は、自分が良かれた思ってしたことが全て裏目に出て守りたい人まで間接的に殺してしまったと言う事に対する、極度に強い自責や現実逃避の感情から生まれた存在だ。君が経験したアランの死よりももっと酷い経験をしたものが、この世にもう一度その経験を記憶に刻み込まれたまま生み落とされた。そして、居ないはずの、間接的に殺してしまったはずの守りたかった人を探して延々と苦痛と自責の念中歩き回って居たんだ…想像できるか?苦しくて、悔しくて、自分が許せないそんな感情しかあいつには残っていなかった。そんな彼ら、いや存在的には彼になるのか、を救ってくれてありがとう…とだけ言わせてくれ。このお礼はまたいつかしよう』
そう言うと無線は途絶えてしまう。
先程同様、追跡することはできず、ジョンと再度話すには相手からかけてくるのを待つ以外方法がないということになる。
「くそっ、またあいつ言うだけ言って無線を切りやがった」
無線機がノイズのひどい声が耳に入ってくる。
「おいテメェ、今度はなんだ?」
何を言っているか理解するより早くシオンは不機嫌な声でそう尋ねる。
『なんだいきなり、霊嵐が止んだから連絡入れてみればいきなり不機嫌な声のお出迎えとは』
「ローグ!?いつのまにか霊嵐が止んでいたんだ」
ローグに言われて初めて霊嵐が止んでいる事に気づいたシオンは驚きの声を漏らす。
『こちらの観測機がバグったのかそちらの無線機がバグったのかはわからんがまだ町の中にいるように観測されているんだが?俺は逃げろと言ったよな?』
「バグってなんかないさ、俺は事実、町の中にいる。通信中継器の修復はまだだが、無線機は回収した。
『はぁ?骸の王はどうした、近くにうろついているんだぞ?』
何を馬鹿げたことをというニュアンスを含んだ質問がシオンに向かって放たれる。
「いや、骸の王はもういない。俺たちが仕留めた」
『なんだと!?ありえない、奴は不死身なんだぞ?』
ローグは信じられないと言いたげに尋ねる。
普通は信じられなくて当たり前である。
幻魔は現行兵器では倒せない、これが世の常識だからだ。
「嘘だと思うなら適当な使いの者を出せ、というか出してくれないか?右足が使い物にならないんだ」
『わかった、今すぐに人間を送ろう』
シオンの態度から彼が嘘をついていないと理解したローグはそう言った。




