1-3 王と弱者の戦い 《ライブ・オア・ダイ》
シオンの話を聞き終えたシンシアは俯いてしまう。
「こんな、弱い私に何ができるの?今までだましだまし、来たけれど…それも…もう、限界よ」
辛そうにそう告げるシンシアを見てシオンはどう言葉をかけるか悩む。
シオンは仲間を失う悲しみももう一度立ち上がって前に進む難しさもよく知っている。
一度でも常人には立ち直れないほど苦しいものを何度も何度も繰り返してきたシンシアの心は磨耗しきり、悲鳴をあげているのだ。
“苦しみから逃げた俺に彼女に言葉をかける権利があるのか?…だが…”
「それでも彼らのところに戻ってやってくれ、少なくとも彼らはシンシア、君のことを待っている」
シオンは苦悩の中、口を開く。
シンシアは顔を持ち上げ、シオンを見る。
「でも、私が戻ればみんなが私に頼ろうとす る。…こんな状況、私にも対処できない」
「こんな状況なら誰だって同じだ。あんな化け物に対応できる人間はこの世にいない、いるはずがない。だが、あんたが戻らなきゃ、彼らは逃げることすらできない。…あんたを待っているからな」
シオンが諭すようにそう言う。
シンシアは黙ってなにかを考えているように見える。
シオンがふと視線をシンシアの背後に送ると明らかに異質な箱が見える。
周囲のものに比べて確実に新しいそれがなにか理解したシオンはそちらに向かって走る。
シンシアが訝しむ視線を向ける。
シオンは箱をこじ開け、中を見る。
大きくしたカプセル型の薬のようなものの中にアタッシュケースのようなものが見つかる。
「見つけた。これが例の無線機か」
シオンはケースを開けながらそう呟く。
中に入っていたトランシーバーの非常にシンプルなもので通信の開始・停止を行うスイッチと電源のオンオフ切り替えのスイッチのみが付いている。
通信用の周波数はいじれないらしい。
「それは何?」
シンシアが不思議そうに尋ねる。
シオンはある程度動作確認を終えると、トランシーバーをシンシアに投げて渡す。
「俺が、遠くの人と会話するのを可能にしていた代物だ。このスイッチで通信の開始ができる、これを耳につけて音がなったらスイッチを押してくれ」
シオンが軽く使い方を説明する。
シンシアは戸惑いながら受け取る。
「えっと…わかったけど、どうしてこれを?」
「俺があいつの注意を引く、その間にみんなと合流してくれ。頃合いを見て連絡を入れる」
いつのまにかこちらに近づいて来ていた骸の王を首で示す。
ゆっくりとであるが奴は確実にこちらに向かってきていた。
「そんな!危険すぎる、一緒に逃げましょう」
シオンの意図を理解したシンシアは青ざめた顔でそう言う。
「それができたら、最高なんだが…この距離はさすがに厳しい。リスクを背負って迂回するよりはどちらかがすべての危険を背負ったほうがはやい。それにあんたがみんなの元につけないと意味がない。任せろ、奴らから逃げるのは慣れてる」
シオンが冷静に言い放つ。
走り出すシオンをシンシアは追おうとするが数歩足を動かした後、止まる。
ここでシオンを追えば彼の行動を無駄にすることだということを理解できたからだ。
苦しそうに足先の向きを変え、走り出す。
骸の王が数十メートル先にいるのが視界の悪い中でもよく見える。
シオンはカバンの横についている圧縮カプセルを展開、サブマシンガンを手に収める。
「さぁ、勝負しようぜ、骸の王さんよ」
シオンがそう呟く。
骸の王もシオンに気づいたらしく、大きな声で吠える。
腰だめで弾丸をでかい的に向けてぶっ放す。
弾丸が骸にめり込む。
しかし、王にダメージを与えられた様子はない。
王が大剣を横薙ぎに振るう。
空気を引き裂く音とビルが倒壊する音とともに大剣が埃の中から現れる。
シオンは姿勢を下げて間一髪のところでかわす。
王が大剣を自分の元へ戻して、地面に突き刺す。
その結果、生まれた衝撃波がシオンの体を強く叩く。
シオンはよろめき数秒動けなくなる。
王がゆっくり近づいてくる。
胸のツノ付きの髑髏が雷を放つ。
雷はシオンの頰をかすめて瓦礫に小さな穴を開ける。
頰から血が流れてくるのを感じる。
さらに血の流れている部分の周囲は火傷のような痛みが感じられた。
“かすっただけでこの威力かよ、化け物め”
シオンは心の中で文句を吐きながら、ビルへと逃げ込む。
階段を駆け上がり上を目指す。
数秒前まで居た階層が王の拳によって、巨大な開放的な巨大な廊下へとリフォームされる。
シオンは己の持つ力全てを発揮するつもりで階段を駆け上がり続けた。
そうしてなんとか生きて屋上にたどり着く。
シオンはサブマシンガンを構えて、顔に向けて発砲する。
しかし、やはり骸に弾丸がめり込むだけで傷ついた様子はない。
弱点を探すように身体中に弾丸を撃ち込むが王は気にする様子さえ見せない。
“王は殺せるんじゃないのかよ!…弱点か何かがあるはずだ”
シオンはサブマシンガンのマガジンを交換しながらそう思う。
王の腕が天高く上がる。
腕の先には王の腕と同じぐらいの長さの大剣が雲へと届こうとしていた。
その大剣が一気に振り下ろされるのが見える。
「まずい、まずい、まずい!」
何が起こるか瞬間的に理解したシオンは発砲をやめ、王から離れる方向に走り始める。
数秒でビルの屋上端まできたシオンは走ってきた勢いを殺さず、ジャンプする。
足場にした床が次の瞬間、瓦礫と化していた。
大剣がビルを叩き潰し、粉砕したのだ。
向かいのビルになんとか着地できたシオンはその光景を見て絶句する。
逃げないとやばいと理解したシオンがもう一度走り出そうとする。
すると王の動きが完全に止まった。
走りながらそれを見ていたシオンが不審に思い、速度を緩める。
しかし、王を確認しに行く余裕は与えられなかった。
大量のエーテルが一気に現れシオンに襲いかかったのだ。
シオンはサブマシンガンを放つ。
しかし、数が多すぎて対処が間に合わない。
マガジンの弾もすぐに弾切れになるだろう。
一体のエーテルに喰らい付かれれば、足止めされ次々と別のエーテルに襲われることとなり、逃げる事は絶望的となる。
シオンはサブマシンガンをカプセル化し、ハンドガンを引き抜き、背後に向けて適当に撃ちながら走り始める。
動きの速さならギリギリ、シオン有利に動くが一度足を止めれば死は避けられない。
ビルとビルの間を数回飛び越える。
ビルを飛び越えて逃げるのには限界がある。
それにこれ以上逃げると新型無線機の通信可能範囲を超えてしまう。
シオンはどうにかできないかと首を回して、背後をちらりと見る。
エーテルの数が明らかに減っている。
しかし、一安心というわけにはいかない状況が代わりに眼に映る。
王が動きを再開していたのだ。
大剣が横薙ぎに振るわれ、先程までいたビルは真っ二つになる。
今いるビルも中層の半分が削り取られ、消し飛んでいる。
自重に耐えきれなくなったビルは大きく傾き始める。
このままではビルとともにこの辺りのゴミとなってしまう。
シオンは屋上の端から飛び出して半分床と化した側面を窓に落ちないように気をつけながら走る。
側面は途中で斜めから地面と垂直な状態に戻っている。
大剣で消し飛ばされた影響で傾いていたのは中層から上なので垂直に戻るのは当たり前のことだった。
シオンは足で強く地面を叩きつけ、向かいのビルに飛び込む。
受け身をして転がった体が壁に打ち付けられ、激しい電撃が全身を駆け巡った。
「かはっ、はぁ、はぁ」
痛みで数秒呼吸を忘れたシオンは辛そうに息を吸う。
“骨が持っていかれたかもしれんな、だがこの高さなら飛び降りても大丈夫だろう”
痛みがひかない体をゆっくりと持ち上げる。
直感的に危険と判断したシオンは持ち上げた体を下げる。
その時、天井が轟音とともに消えた。
もしあの瞬間、立っていれば首から上はなかっただろう。
そしてビルの上部が悲鳴をあげて崩れ始める。
数体のエーテルが部屋に飛び込んで来る。
シオンはハンドガンを拾い上げ、発砲し、窓から飛び出る。
エーテルに服を掴まれ、宙に浮かされる。
他のエーテルがビルから飛び出てこちらに向かって襲いかかって来るのが見える。
一瞬で追いつかれる距離だ、瞬時に対処せねば命が終わる。
シオンは“くそっ!”と叫びながら服を掴むエーテルに向けて発砲する。
エーテルは銃弾によって打ち払われる。
解放され、重力に逆らえなくなった体は落下し始めた。
受け身をして衝撃を抑えこむが内側から鋭い痛みが走る。
痛む体を無理矢理持ち上げ前を見る。
目に映ったのは絶望的な光景、王の大剣が縦に持ち上げられている様子だった。