1-2 少女は笑う 《新たな依頼》
シオンは先程起こった不思議な出来事を頭の中で整理しながらシャワーを浴びていた。
急に現れ、消えた少女。
その少女が語った事。
思い返すと非現実的なことが短い間に濃厚に重なって起こっていたように感じる。
しかし、夢のように記憶は霧散していない。
それがますます不思議さを増させていた。
“夢でもなければ現実とも考えにくい…か”
そう考えながらシャワーを止める。
体を拭いて、寝巻きに着替えてベットに体を倒す。
疲労による眠気が思考を妨害してくる。
“こういう眠気には逆らわないのが一番だ仕方ない”
「寝るか」
シオンはそう小さく呟いた後、すぐに寝息をたて始めた。
すぐに寝れる技術も運び屋にとって必要とまではいかないがあるといいぐらいの技術ではある。
7時間後
シオンは眠りから1分たりとも乱れずちょうど7時間後に目を覚ます。
こちらの技術も運び屋にあるといい技術である。
彼は机の上にコーヒーを置きっぱなしであることに気付く。
「流石に、風味が落ちたな…まずい」
一口飲んで、それをすぐに廃棄する。
シオンは食事等の行為を一通り済ませて、部屋を出る。
国はできた当初こそ無計画に家や工場などが建てられていた。
しかし今は上級居住区、下級居住区、商業・生産区、特別区をセンターエリアから東西南北に計画的に分けて配置してある。
シオンはそのどの区に行くにも通る必要のあるセンターエリアに向かっていた。
センターエリアは夜中を除いて人がいなくなることはない。
それほど常に人で賑わう場所である。
シオンは迷いなく人の合間を抜けて、特別区に向かって行く。
今回の目的地は運び屋が別の国にいるオペレーターと通信するための施設である。
ちなみにローグ達は京都国から通信機を介して遠隔でシオンを補助してくれている。
通信技術は人類が総力を挙げて維持、進歩させているものの一つだ。
そのため世界中どこにいても適切な装備さえあればノイズはかなりひどいがほぼラグなく会話できるのだ。
シオンが扉をあけて施設に入る。
縦に長細い部屋の隅にシオンの装備が無造作に置いてあるのが見える。
普段は自分できちんと片付けるのだが、気絶させられた関係で誰かが置いてくれたのだろう。
「雑に置きやがって」
シオンは装備を足で雑に整えながらそう言う。
通信機を起動させ、ローグ達に連絡を送る。
数秒のノイズの後、
『こちらローグ。シオン、夜は眠れたか?』
とそこそこひどいノイズ混じりの声が聞こえてくる。
「ああ、“あの時”に比べればまだよく寝れた方だよ」
シオンが皮肉げにそう言葉を返す。
聞いてはいけないこと何気なく触れてしまった時のように気まずい沈黙が落ちる。
先に沈黙に耐えきれなくなったのはシオンの方であった。
「まあ、その話は置いておこう。なにか依頼は来てるか?」
『…今は依頼は受けない方がいいんじゃないか?精神的に…』
ローグが心配そうに尋ねる。
昨日のシオンの精神状態を見てそう判断したのだろう。
外の過酷な環境下では身体状態だけでなく、精神状態も良好でなければ生存率は大幅に下がる。
ローグはそれを心配したのだ。
「大丈夫だ、依頼はないのか?」
毅然とした態度でそう言ったシオンにローグが折れる。
『まぁ、ないことは無いが、骸の王の影響で良質な依頼が激減している。ゴミのような依頼ならそこそこあるんだがな』
周囲に危険があるのに貴重な物資を運ばせるのリスクとメリットが釣り合わない。
それが依頼が減る理由だ。
良識のある人間ならば危険な時は避けるだろう。
依頼が減るのは当たり前といえばそれまでだ。
だが、その間はリスクを顧みず運送するのはかなりリターンが大きい。
しかし、そういった期間を狙う依頼者は運び屋にはあまり良質な、リスクに見合った報酬を払うことはない。
そういった意味でローグはゴミのような依頼といったのだ。
「ないことはない、と言うことはあるんだろう?」
『ああ、一件だけ高報酬・低難度の回収・修復依頼がある。ただ、位置が問題だ。骸の王の彷徨く近く、つまりシンシア達がいた街だ』
「ちょっと待て、回収、修復依頼がどうしてきている?本来それはお抱え運び屋の仕事だろ?」
お抱え運び屋とはお抱えシェフと同じようなものである。
国に雇われ、国周囲の運送に失敗した荷物の回収、通信中継器等の修理等を行う人のことを指す。
通常の運び屋よりも危険度が低いため、どんなに長く仕事を続けても三級階級が割り当て続けられる。
運び屋という仕事から少し離れているが、いちいち呼び方を変えるのは面倒な上、基本的に元運び屋がそれになるので便宜上運び屋と呼ばれている。
『そうだが、今回は状況が違う。骸の王にお抱え運び屋が殺される事を懸念しているのだろう。だから、通常の倍近い報酬金を提示してきた』
「おい、待て、回収・修理依頼がきた理由はわかった。たが、大金払ってまで荷物を回収させる理由はなんだ?たしかに時間が経てば回収失敗の確率は上がるが、それが理由じゃないだろ?」
シオンはローグの話から感じた違和感を解消するために質問する。
いくらお抱え運び屋の殺されるリスクを避けたいと言っても、シオン達フリーの運び屋に回収させる理由にはならない。
回収任務はそもそも大金を払って運ばせた荷物が届かなかった時に行うものでそもそもが赤字覚悟の行為なのだ。
だからそういうところにお安く使えるお抱え運び屋を使う。
それを通常の倍の金を払ってまで、シオンに回収させに行くというのはどう考えても採算が合わないはずだ。
シオンの心の中でそれが引っかかっていた。
『それは仕事に不必要な情報だ。余計な情報は時に判断を鈍らせる…基本を忘れたか?』
ローグが冷静に、運び屋の心得を引用して言葉を返す。
「回収する荷物が人類にとってどれほど有益かで荷物を捨てて逃げる判断をする必要がある。荷物は自分で動けないが、運び手が死ねばどんな荷物も意味がない…だろ?」
シオンはそれに対して挑発的な言葉を返す。
ローグとシオンの発言は両方とも運び屋としての心得としてみっちり脳に刷り込まれるものだ。
『それもそうだな、今回に関しては伝えてもいいだろう。荷物の中身は霊嵐の中でも使える短距離無線機だ。東京国が開発に成功し、世界中で改良が加えられる予定の品だ』
「霊嵐の中でも使える…だと?」
シオンは驚きのあまり食いつき気味にそう言う。
もしその無線機が本当に霊嵐の中で使えるならチームを組んでいる運び屋の生存率がいくらか上がることは間違いない。
シオンは常に個人で任務を遂行しているのであまり関係はないが。
それほどの品であれば大金を払ってでも回収する価値がある。
もしも今それを失えば完成品をシオン達に支払う額よりも、高値で買わされることは間違いない。
「了解だ、ミッションの概要を頼む」
依頼内容について合点がいったシオンはそう言った。