ホワイト、メリークリスマス
僕はその時、メリークリスマスと誰かに言ったのを覚えている。けれど、その言葉を聞いたその人は、じっと黙って僕を見つめ、やがて「ホワイトクリスマス」と言い返した。確かにその時には僕らの周囲を粉雪が舞っていて、僕はその雪景色で際立つ赤い服装の彼女をじっと凝視していたのだった。
「君は何でそんなところで立ち尽くして、プレゼントを抱えているの。誰かを待っているの?」
どうしてもその赤い服がサンタクロースの格好に見えてしまうのだけれど、彼女はただ暗い赤のコートに、赤いチェックのスカート、赤いマフラーを巻いていただけだった。でも、彼女は寒さなど感じていないのか、眉一つ動かさない。
逆に待っていた僕を見て、顔をしかめているぐらいだった。僕は彼女がこうした表情をするのも計算の内だったので、思い切って提案してみた。
「ねえ、あのさ、これから食事に行かないか? レストランで予約取ってあるんだ。君を待っていたんだよ」
「どうして私を待つ必要があるの? だって、君には帰るべき家があるんじゃないの?」
「今日は約束があるからって、家族には言ってあるんだよ。行こうよ」
「私は家族に約束があるって言ってないんだけど、帰ってもいい?」
「ちょ、ちょっと待って。そんなにあっさり切り捨てないでよ。なら、プレゼントだけでももらってよ」
「プレゼントだけもらって食事行かないのは、何だか悪い気がするよ」
「え、なら……一緒に来てくれる?」
「でも、一緒に行くのは嫌なのよ」
どっちなんだ……何か、頭が混乱してきた。僕は今にも頭を抱えたくなったけれど、でもすぐに気を取り直し、彼女へその白い包みを渡した。
「それだけでも受け取って欲しいんだ。僕の気持ちだから」
彼女は未だ眉をしかめたままだったけれど、それをゆっくりと恐る恐るといった様子で受け取った。
「中、何が入っているの?」
「開けてみてもいいし、帰ってから開けてもいいよ?」
僕は少し期待しながらそう言う。実はその場で開けてもらいたかったのだ。
「ここ、寒いし、君の顔見てるのも寒いし、帰ってから開けるね!」
「今ここで開けて下さい!」
僕の顔見てるの寒いってドユコト!
僕は彼女の腕にあるその包みを強引に開いてしまった。そして、そこから白い毛糸の帽子を取り出して彼女に差し出す。
「これ、あったかいから、たまにでもいいから着けてみてよ。君の為に買ってきたんだ」
「え……本当にいいの?」
「結構高かったよ。バイト代その為に稼いで奮発したんだから」
「ありがとう……私の為に」
「じゃあ、受け取ってくれてありがとう。それじゃ」
僕はプレゼントだけ渡せただけでも嬉しかったので、彼女へと背を向けて歩き出す。すると、彼女は「ねえ」とつぶやいた。
「実はね、ちょっと嬉しいんだ」
その言葉に、僕は心臓が飛び跳ねて勢い良く振り返る。
「この帽子、実は色違いの持ってるんだ。ありがとね」
僕はぽかんと彼女の顔を見つめていたけれど、やがて頬を緩ませて言った。
「それは良かったよ」
「これ被って帰るよ、ありがとう……」
メリークリスマス。
彼女はそう言い残して、塾からの帰り道、大通りに向かって歩き始めた。僕はいつまでも彼女の背中を見つめていたけれど、やがて大きくガッツポーズをした。そして――
「ハックシュ!」
自分が薄着をしていたことに気付き、慌ててコートのフードを被り、帰路に就いたのだった。
レストランには一人で行くのも何なので、あらかじめ妹に言っておいて正解だった。二人で美味しく夕食を楽しみ、ほくほく顔でクリスマスを過ごしたのだった。
実はそのツーショットをクラスの女子に見られ、冬休み明けに二週間彼女に口を利いてもらえなかったのは、言うまでもない。