承 空の封筒は責任のように重く
泣き声が治まってきたかと思えば、明寺がバタバタと 恐らく何度も転びながら、部屋を出ていく。
本当にごめんなさい、そんな言葉を泣き声交じりに残して。
しばらく何もする気になれず、椅子にもたれていた。
ふと机の上に目をやると、いつの間にか置かれている封筒に気づき、手に取る。
筆ペンで辞表と書かれ、涙で濡れたそれの中を見ると、空だった。
溜息をつくと、自然と渇いた笑いが溢れ出る。 自分に対する嘲笑だ。
彼女の将来を左右するかもしれないから気が重い? 呑気も大概にしろ!
思わず、拳で机を殴りつける。血が滲むが、その痛みに怯む自分の防衛本能にすら腹が立ち、もう一度殴りつける。
僕はとっくに彼女の未来をぶち壊していた。
自分だって他人の夢に自分を重ねておきながら、
それ故に無謀な夢を見ておきながら、
夢に走る事は、他人に同じ夢を見せることだと忘れていた。
それに僕なら気づけたはずだった。
彼女が僕の技を模倣していた理由、彼女の秘密に。
そう。彼女が、彼女の未来があんな風に終わってしまったのは僕のせいだ。
宙を仰ぎ、己がファンにした仕打ちに顔を歪め、不意に唇を強く嚙んでいた。
そんな中、ドアをノックする音が会議室に騒がしく響く。
ハッとして咄嗟に姿勢を正す。
「どういうことですか! 兄さん」
ノックの返事を待たずして、入って来たのは偉皆だった。
「さっき号泣してる明寺さんが滑走していったんですけど、ってなんで兄さんも泣いてるんですか!
苛められたんですか? 私だけは兄さんの味方ですよ」
今の心境で、元気な奴を相手にするのは辛かった。それに何より、相談できるような話でもない。
その結果
「僕の味方なら今は放っておいてくれ」
そんな思春期の息子の様な言葉で、心配する従妹突き放し、会議室を後にした。
社に戻り、扉の前で深呼吸
いつもの数十倍は重く感じる扉を開いた。
すると社長が満面の笑みで駆け寄って来る。
「聞いておくれよ浅間君。ようやく明寺君にしてもらう仕事の厳選が終わったよ。
うちの様な小さな事務所が名だたる大企業からの依頼に選り好みが出来るなんて。凄い申し訳ない気分にはなるけど、夢のようだよ。
それもこれも君の名前に明寺君が食いついてくれたおかげだ。
君の望む形じゃないのだろうけど、こうやって君が武専で重ねてきた三年間の努力が実を結んだ。
ありがとうね。」
そう言って、僕の肩を優しく叩く。
悪夢のようだった。
僕が武専にいる頃は僕を売り出すために大赤字を出し、それが叶わなかった今はこうして雇ってくれている。
そんな恩人がこんなにも喜んでくれているのに、僕は最悪の報告をしないといけない。
意を決して社長に伝える。
明寺はもう走れない様な体であること。
正式なものではないにせよ辞表を出されたこと。
全て僕に責任がある事。
終始明寺に同情を示しながら、静かに話を聞く社長。
だが、辞表を取り出して見せると、彼は膝から崩れ落ちた。
顔に大粒の汗が滲み出す。
取り繕うように社長は言う。
「勘違いしないでおくれ。 君のせいだとは思わないよ。仕方ない事だ。
でもねまずいことになってる。」
そう前置きして、社長は先ほど大手のタレント事務所からかかって来たという、電話の内容を伝えてくる。
大手事務所は所属タレントの敗北が面白くなかった。
だから再戦を希望している。
断られないように、うちの会社がお金を借りている銀行を丸め込んだ上でだ。
要約すると、明寺が副会長との再戦を受けなければ、うちの事務所は潰れる。
続けて社長は今までに見た事もない、申し訳なさそうな顔で言う。
「そういう訳なんだが浅間君。……何とかならんか?」