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余    燃え尽き花火と夢を繋ぐ火花

  

 始業前の職場、その閑散とした休憩室のソファーに体を沈め、僕はここ数日のスポーツ新聞に目を走らせていた。


 あの試合から三日の時が経ち、世間の評価が定まろうというその間、僕はと言えばひたすら眠り続けていた。

 無茶な秘剣の使い方をした反動が回ってきたんだろう。

 目覚めたのは昨夜で、学校や取材をボイコットしてずっと僕に寄り添っていたという明寺が、泣いて喜びつつ喚くのを宥めたり、溜まったデスクワークを消化することに忙殺され、とてもゆっくりニュース番組を見る余裕などなかった。


 それ故にこんな朝を過ごしている訳だ。気になることは数多ある。その中でも一番は明寺のサクリフィーチョが世間でどう受け取られたかだ。


 しかし緊張に手を震わせながら、開いた試合翌日の紙面一面には[明寺鏡花、イメチェン]と大きく文字が躍っており、そのあまりの呑気さが僕を激しく脱力させた。

 内容としても、明寺の勝利や決死の人命救助を称賛する言葉が続き、サクリフィーチョを匂わせるような事もなくて僕は安堵を覚える。

 試合中にあれだけの好き放題をやらかした天野も、お忍びで来日していたイタリアdds界の大御所による鶴の一声で、ふざけで悪役のロールプレイをしていただけと解釈され、その方の手引きでddsの本場へ留学する手筈になった。そんな経緯でなし崩し的に彼は世間に許されているようだ。


余りにも都合良く事態が収まったものだ。そう思って色んな雑誌に目を走らせると意外な人物の記事が上がっており、諸々の都合がいい結末の仕掛人を知って合点がいく。

 記事の見出しは[天野家の元令嬢 権力を携えて凱旋 暗躍か?]というもの。写真には件のイタリアddsの大御所と小柄でグラマーな女性、空夢さんが写っていた。

 僕の卒業後、忽然と姿を消した僕のマネージャーだった人。海外に渡っているという噂は聞いていたが、あんな大物の付き人になっているなんて……

どうやら僕は今になってもあの人の世話になってしまったようだ。やり手な彼女のことだ。メディアを丸め込んで、事実を隠すことなんて朝飯前だっただろう。それでもこうやって三流スキャンダル誌にすっぱ抜かれているのは、彼女なりの現状報告代わりに違いない。


「顔くらい見せてくれたらいいのに……全く、素直じゃない人だ」


 ふと、事務所の廊下からの足音が耳に入ってくる。そして戸が開いたと思ったら、対面に誰かが座り、澄んだ声が朗らかに笑う。


「天野家から除籍されちゃいました!」


「何でここにいる?」


 雑誌から目を離さず、不機嫌に問いを投げる。見ずにでもそこに天使のような風貌の癪な美丈夫がいることは明白だ。しかし意味が分からない。どの面下げて……


「勘当された者が天野家に類する企業に居続ける訳にもいかず、一昨日からこちらの事務所に移籍させてもらうことになりました」


「はぁっ!?」


 そんなまさか! 明寺をあれほど害したコイツが受け入れられる訳……いや、あの社長だしなぁ。


「君はいいのか? ここには憎き僕と明寺が在籍しているんだぞ?」


「明寺さんは最早命の恩人です。感謝しても恨む道理なんてありませんよ」


 あそこまでの凶行をした人物だと分かっているのに、彼から受けるのは心清らかな好青年という印象だ。これが天野御使のタレントとしての才であり、恐ろしい所だ。


「貴方への激情については親愛表現の裏返しみたいなものですし……」


「迷惑な親愛もあったもんだな!」


「そういうことなので、留学するまでの三ヶ月間どうかよろしくお願いします。浅間真翔先輩」


 やなこった! と応じたいが社長が既に決めたことだ。大きな嘆息で返す。



「やぁやぁ、おはよう。揃っているね」


 再び戸が開き、穏やかな声音が部屋に響く。


「あっ 所長! 寝続けて迷惑かけてすいませんでした。その間のことについて質問が…… ん? 揃ってる?」


「あぁ。二人で仕事に行ってもらうよ。出版社からのインタビュー依頼でね」


「えっ? 僕、天野のマネージャーもやるんですか?」


「それもいいけど、今回はそうじゃないよ」


 悪戯な表情で意味深なことを言う社長。そして天野がククッと笑いを漏らしながら開いた雑誌をこちらに突き出す。うん? なになに、[明寺鏡花をめぐる三角関係]…… えっ!? なにこれ。


「君と天野君にインタビューの依頼が来てるんだ」




 辛い時間を過ごした。された事は尋問に近いが、心境的には拷問を受けた気分だ。

 何故ああも人のプライバシーに踏み込んで来る? 学生時代の恋愛エピソードとか話す訳ないだろ! 天野も面白がって僕を丸め込もうとしてくるし散々だ。

 終いには何故か天野と密着した写真を何十枚も撮られる始末。やけくそで「次は抱きつきでもすればいいか」と訊ねると、「直接的なのは萎えるので止めて下さい」と返された。全くとんだ辱めだった。



「勝手なのは分かっているんですが……」


 天野を下宿先まで送り届ける車の中、彼は小さくこぼす。


「私は楽しいです。わくわくして仕方がない。強すぎるからと禁止されていた能力を使って敗退した。随分すっきりした気分です。更に運よく再スタートの機会も得た。それもかつて焦がれた浅間真翔の元でです。心を入れ替えてとはいかないでしょうが、励ませて頂きます」


 そんな言葉に鼻を鳴らして応じる。とはいえ僕は、コイツをもう少し信じていいかなという気になっていた。



 事務所に戻ると客間で優雅に紅茶を楽しむ偉皆の姿があった。社長は彼女を気にしつつ物陰から隠れて出てこない。気絶させられたのがトラウマになってしまったらしい。


 僕を見ると、偉皆は柔らかな笑みを見せて、「兄さん、待ってました」と言う。


「色んな方面から引っ張り凧だそうじゃないですか。社長さんから聞きましたよ。インタビュー以外にも自警団の特別講師やdds特番の臨時コメンテーターの依頼も来てるって。兄さんもうタレントになっちゃってもいいんじゃないですか?」

 そんなに沢山の依頼があったのか。……それにしてもあんなに怯えてるのに……社長、頑張ったな。


「光栄な話だけど、断れない最低限の仕事だけこなして終わりにするよ。僕はあの子のマネージャーで、あの子の夢の手助けをする事が今僕がしたいことだから」


「ふーん。ですって、よかったですね」


 僕の言葉を受け、偉皆は僕の後ろの方に視線を向けて言う。すぐさま背中に衝撃、何かのタックルを受け僕はよろめくことになる。


「何ですか? 今の告白ですか? 仕方ないので勝手に副会長と出かけてたことは許します。今回だけですよ!」


 両腕を僕の胴に回し、顔を背中に擦り付けてくる明寺が早口に言う。というか居たのか。


「ところで兄さん? 試合前にした約束おぼえてますよね」


 偉皆の言葉にちょっとした緊張感を覚え、場が静まり返る。


「一つ頼みを聞くってやつだろ? 分かってるよ」


「それは良かった。では……」


 こちらに歩み寄って来て耳元で囁かれる。そのこそばゆさに目を細めるが、内容に瞠目することになった。


「明寺さんとのランク戦を申請しました。受けて下さいね」





 「用も済みましたし、それでは!」 そう意気揚々と帰る偉皆の背中を呆然と見守り、僕はようやく偉皆、[麗しの究学的悪魔(アカデミックデーモン)]と呼ばれる選手の行動意図を理解した。


 偉皆が僕らの修行に手を貸した理由の一つは、明寺を天野と対抗出来るほど強くすることだろう。そしてもう一つは明寺を観察すること。

 天野が買ってもブラックボックスになっている本気の力を見ることが出来るし、明寺が勝てば天野に成り代わり彼女が序列3位になるから、偉皆にとっては分析しきった相手が自分の上位にいることになる。絶好の鴨だ。更に挑戦を断られないように僕への命令権まで獲得していた。


「完全に偉皆のシナリオ通りにことが運んだという訳か」


 偉皆に失望するような事はない。ただ何も気づかない自分の愚鈍っぷりに頭が痛くなる。


「アサシンさん? 顔色真っ青ですよ。もしや何か酷いこと言われたんです? 鴨原先輩といえどそれは許せません。鏡花が成敗しますよ!」


 明寺は心配そうに僕の顔を眺めていたと思ったら、一人で仇討ちを決意する。


「いや、僕たち二人で偉皆を倒そう。あの性悪な従妹にお灸を据えてやらないと!」


 キョトンとする明寺に微笑みかける。すると嬉しさ気恥ずかしさが綯い交ぜになったような飛び切りの笑顔が返ってきた。


 究学的悪魔(アカデミックデーモン)に全て手の内がバレている。どう考えても絶望的な状況。

 それでも、どうしても明寺を負けさせたくない。諦めたくない。そんな僕の中のヒーローを奮い立たせる彼女はきっと、僕にとってのヒロインなんだろう。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

よろしければこの機会に感想,ポイント評価などお願いします。

作者が続編を考える糧となるので、何卒! orz


番外編は投稿を始めました!

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