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結の九  宣告承知


 英語で言うとパニック、四字熟語で言うと絶体絶命。んっ? これ類語なんですかね? そんな風に頭がとっ散らかる。

 だってチート過ぎる。悩んで悩んで鏡花が出す答えも、彼は既に知っているのかもしれないのだから。


 混濁して迷走する思考の末に、出た一つの結論。

 鏡花は、つまらなそうに見ている副会長を睨み返しながら、ゆっくりゆっくり一号のハンドルに手を伸ばし、掴むと一息に浮き上がった。

 鏡花が導き出した答えは、一旦逃げよう! そんな酷く戦略的でそれ故情けないものだった。


 そんな鏡花を見ても副会長は動かず、倦怠感を漂わせる。分かっていたとでも言わんばかりに。




 明寺の挙動の悉くが天野に封殺されるのを目にして、僕は頭を抱える。

 感じたのは古い既視感。僕の体験がリプレイされているようだった。


 あれは[兼定]在学中、ddsの頂点たるイタリアの高校選抜との交流戦で予知能力者と対戦し、陰引金(ヒデュントリガーズ)の全てが容易く看破され、なす術もなく敗退した。

 ただでさえ理不尽に便利な力なのに、それは陰引金との相性が良過ぎた。


 そんな事情から、明寺が距離をとったのも妥当だと評価できる。

 僕が彼女に伝えた技ではとても足りない。分かっていても回避できない、そんな奇策が必要だ。

 最も天野としては、彼女が自棄になってサクリフィーチョを使うことのみに、期待しているようにしか見えないのだけど……


 キックボードに乗って宙にフワフワと浮き、天野を睨み付ける明寺。きっとその頭の中では必死で考えを巡らせているんだろうが、状況の停滞は続いている。


 その静寂を天野が踏み出した一歩が破り、ビクッと明寺の肩が跳ねた。

 しかし彼は明寺に近づく事はせず、視線さえ外し、明後日の方向に歩き出す。明確な挑発行為だろうか? 明寺もキョトンとしてその行く先を見ている。


 彼が辿り着いたのはステージの端、アリーナの壁だ。そこで彼は燃え上がる腕を振りかぶった。

 しまった! そう思った刹那、叩きつけられた拳は会場を大きく揺らし、上がる火柱が客席にまで届く。


「貴様っ!」と無意味な悪態が咄嗟に口をつくが、被害者がいないのを確認し安堵の息が漏れる。


 口元だけで下卑た笑みを浮かべた天野は、青褪める明寺に視線を向け言い放つ。


 「準備が出来ないなら待っていてやる。暇つぶしをしながらな」

 

 再び騒然となる客席。暇に任せて潰されてはたまらない、そんな必死さを顔に表し、立ち上がる数人。そしてその彼らを庇うように有力選手達も動き出す。

 

 明寺は思い詰めたような顔で宙を漂っている。

 このままでは恐らく、もう一度彼が拳を振り上げたら、無策のまま飛び出してしまうだろう。それもサクリフィーチョを使うのも厭わずにだ。それほどまでに彼女に流れる正義は観衆が傷つくのを許さない。

 だからこそ


「その程度で脅しのつもりかっ! 天野御使」


 客席の最前線に走り出でて大声を上げた。


 その声に明寺は目を白黒させ、天野はゆっくりと近づいて来る。


「貴方が構ってくれるのか? 浅間真翔。しかしまぁ、私の拳をたった三発防ぐだけで貴方の電池(パワー)は尽きるんだがな」


 ニヤァと効果音が付きそうな程に口角を吊り上げ、哀れだ、愚かだと蔑んでくる。


「へぇ……僕を仕留めるのに4発も必要なのか?」


 安い挑発で表情が消える天野。その怒りは両腕から噴き出す炎がより一層勢いを増したことから察すことが出来た。

 よし、それでいい。精々僕を甚振ることに酔えばいい。お前の暇潰しが生む数十秒は、僕が命を懸けてでも作る価値がある時間だ。

 明寺の目はまだ死んでいない。マネージャーが体を張る理由ならばそれで十分だ。

 雑にポケットに詰め込んだ電池をおもむろに掴み、繰り出される正拳に備える。


 

 


 拳が振られると、地を揺らす大きな衝撃。それに次いで身を溶かす熱風、最後に火柱が襲い来る。

 壁が殴られた瞬間にその衝撃の一部を相手に返上し、威力を軽減。熱風は身を低くして耐え忍び、炎は陰引金で作った結界で包囲して酸欠状態にし、天野の方にバックドラフトを起こす。

 しかし天野はそんな炎のカウンターを、蠅でも払うかのように軽く消してしまう。

 それでも、これで三発目。何とかいなすことが出来た。


 未来予知なんてされてしまうと、どうにか四発目も防ぎ切りたいと思ってしまったが、今やもう完全に電池切れ。そして天野は再度拳を振りかぶる。


 最早これまで。そう思うが気分はそこまで悪くない。

 遠く聞こえる明寺のつぶやき声、鈴のように響くその謎の言葉の羅列が、今の作った時間は無駄ではなかったことを証明しているように思えたから。



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