私の乙女ゲー転生が詰んでいる件
昨今の悪役令嬢転生ブームに乗っかろうと思った。
なんか違うものができた。
「ヴィヴィアンヌ、君との婚約は破棄させてもらおう!」
その言葉が広間中に響き渡り、私がそれを認識したとき、私は『わたし』を自覚し、思い出した。
あ、ここ乙女ゲーの世界だ。
そして、詰んだ、と。
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『わたし』は、ごく普通の女子高生であったと思う。
いや、当時の友人に言わせれば「キセキの世帯の|純血オタク《サラブレッド
》」らしい。まぁ我ながら濃いキャラクター性を持つ家族だった。
生真面目で野性的な、古典を愛する高校教師の父。
コミュ障で引きこもりな、今を時めくライトノベル作家の母。
一体どんな出会いの場があれば電撃恋愛結婚するに至るのか不思議ではある。が、聞こうとすると二人とも嬉々としてゲロ甘な惚気を聞かせてくるので、詳しく聞いたことはない。厳めしい顔つきの父がデレデレになって饒舌になる様など見たくない。
三人の兄は、それぞれ方向性は違えどオタクだった。
詳しくは割愛するが……『わたし』が妙に銃火器に詳しかったり、シュミレーションゲームの知識があったり、TTRPGをやりこんでいたりするのは、全部兄の影響である。多様なオタク趣味を持つ兄たちの溺愛の結果、末妹は浅く広く専門家というよく分からないものになりました。
いや生前の――文字通り、生まれる前の『わたし』についてあまり多くを語ってもしようがないが。これでも混乱しているので、少々の話の脱線は目をつぶって欲しい。
話を戻そう。
そんな家庭に育った『わたし』も、漏れなくオタクとなった。一言でまとめれば、ネット小説オタク、といったところか。商業にならない、故に玉石混合のその空間にどっぷりとはまった。
クオリティの高低はもちろん、とても公には出せないようなエログロナンセンスも存在しうる無法さ。著作権ギリギリの型で押したような話の数々。きらりとセンスの光る逸品を掘り当てる快感。流行廃りの変遷の観察も、それをネタにしたメタ小説もある。
いや、本当に楽しかった。
『わたし』はその片隅で、ちまちまと小説を書いていた。まぁ特筆するほどもない、底辺ユーザーである。基本的には書きたいものをつらつらと書いていたが、ある日ふと思い立ったのだ。
試しに、流行ってるジャンルを書いてみたい。
思い立ったが吉日とばかりに早速公式ランキングを見れば、なるほど、基本的にはファンタジージャンルらしい。まぁ現実逃避に読み書きする小説だ、むべなるかな。
しかしランキングでひと際目立っていたのは、とあるテンプレートだった。
それが『乙女ゲー転生』の派生形『悪役令嬢転生』である。
一昔前からある『ゲームの中に(あるいは酷似した異世界に)転生、またはトリップする』小説の新しい形だ。女性向けとして『乙女ゲー転生』はしばらく前からあったが、それを少しばかり捻った形の新しいテンプレートである。
乱暴にまとめれば、美男子どもを侍らせるゲームヒロインの鼻っ柱を折り、悪役という立場を塗り替えるカタルシス展開だ。その為、華々しい舞台である婚約破棄の場面を切り取る短編も多い。
短編なら、試しに書くにはちょうどいい。
ジャンルが確立されている以上、読み手も受け入れやすいだろう。
なるほど、流行るわけである。
で、二番目の兄に突撃した。
というのも、二番目の兄はゲームクリエイターなのである。正確にはシュミレーションゲームのシナリオライター、というやつらしい。
確か乙女ゲーも詳しかったろう、参考資料に良い作品はないか、と聞けば、そらよとすぐに出てきた。部屋に数多あるソフトから目的のものを十数秒で見つけ出す当たり、オタクだなーと思う。
そうした結果やってみたゲームが、今の私が生きている世界なのである。
『フェアリーテイル・シャンゼリン』。妖精や神獣やらが良き隣人であり、魔法が息づく世界での学園ラブストーリーだ。
主人公シャンゼリンは田舎の平民だったが、妖精を見ることができた。妖精が見える者は魔法使いとなる素質を持つ。素質ある者の義務として王立ユルシュール学園に入学した彼女は、そこで国の未来を支える青年たちと出会い恋をしていく。そんな話だ。
基本的に普通にプレイしていれば、メインである第一王子テオフィルと恋仲になる。
他にも様々な貴族の子息や主人公と同じ平民の少年、さらには隠しルートで妖精と恋人になる、らしい。兄から聞きかじっただけなので詳しくは知らない。
そして『わたし』お目当ての悪役令嬢、それがヴィヴィアンヌだ。
テオフィルの婚約者であり、ボードワン公爵の愛娘。そして、同世代でも特に秀でた魔法の才能を持つ少女。
もう、字面だけで、そそる。
シャンゼリンに魔法の才で負け、婚約者の心までもを奪われ落ちぶれる彼女の姿の、なんと美しいことか。嫉妬に狂い、血に染まる醜さにも魅了される。
婚約破棄をテオフィル王子に言い渡され暴走するシーンなど、惚れるかと思った。
ああ、これは悪役令嬢モノが流行るわけだ。なるほど、確かに魅力的だ。負の面を描くもよし、更生して度肝を抜くもよし。題材にするには面白すぎる。
よし、これで行こう、と。
そのときの『わたし』は興奮しきりでパソコン画面を見つめていた。画面の中はクライマックス、婚約破棄を言い渡すテオフィル王子の一枚絵。
全く、ヴィヴィアンヌと別れるとは見る目のない男である。未だプロットは構想段階だが、王子役にはぜひともこっぴどい目にあわせてやりたい。
もちろんシャンゼリンもだ。彼女さえいなければ、ヴィヴィアンヌは自信を打ち砕かれることなく、華々しくその魔法使いとしての才能を使っていたはずだ。
『わたし』はゲームを一時停止し、パソコンのメモ帳を開いた。思いついたアイデアはこまめに書き込まねば。
まだまだゲームは序盤。他のキャラクターのルートも見てみたいし、兄曰くなかなかに裏のあるゲームらしい。これを参考とすれば、面白い者が書けそうだ。
そうしてメモ帳に文字を打とうとキーボードを叩き――――。
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そして、今である。
ちらりと視線をめぐらせれば、煌びやかな大広間。パソコンの画面で見たものよりずっと豪奢で、見物人の服装も実にファンタジーな装いだ。モチーフは近世のフランスあたりだったか。じっくりと観察して文字にしたいほど、物書き魂がうずく。
もちろん、現実そんなことをしている場合ではない。逃避を続ける私を置き去りにして、ストーリーは進む。時間の流れのなんと残酷なことか、よよ。
「ヴィヴィアンヌ様、お願いします……! わたしはテオフィル殿下を愛しているんです!」
「愛があれば何であろうと許されるとお思いですか。下賤な生まれであることを自覚しなさいな」
「姉上! シャンになんてことを言うですか!」
「その小娘に誑かされた貴方に口を挟まれたくはないわ、バティスト。……殿下、貴女が第一王子であらせられる以上、その口から出た言葉は真実となります。ですが今ならば、釈明の余地はありますわ。我がボードワン公爵家の力を思い返し、どうか賢明なご判断を」
「ヴィヴィアンヌ様、それはまさか脅迫ではないでしょうね? ご自分の立場が分かっていらっしゃらないのは誰のことだか」
「今、殿下と話しているのは私ですわ、クロード様。恋人たちの語らいに無粋な口を挟むなんて、さて外野という立場が分かっていないのはどちら様かしら?」
「……、……」
はは、実にカオス。
全身に冷や汗をかきながら、私はこの修羅場の穏便な乗り切り方を探していた。
私の乙女ゲー転生が詰んでいる件、どうか回答を求めたい。
本当に悪役令嬢転生のつもりで書いていました。オチを書く段階になって、急に「あ、こっちがいい」と筆が暴走しました。
転生先が類似の作品、あれば読んでみたいので教えてください。
後日談というか、続きが書けるだけの設定は無駄に用意してあったりして。
たぶん基本ラブコメちょっぴり内政? 評価最低からの巻き返しを狙う成り上がりも入るかも。明るい話は書きなれないので、けっこう作ってて楽しかったです。
追記(5/24)連載開始しました。『私の乙女ゲー転生が詰んでいる』(n7274dh)もよろしくどうぞ。