倍走る理由
「んっ、はぁ……」
カクランは残っていたワインを飲みほしグラスを持ったままベットへと仰向けに倒れこんだ。
「あいつ、ううっ……」
片腕で目を覆いすすり泣く。
俺は、生きていていいのか?あんな事をしたのに。皆んな俺を怨んでいる。なんで、戦えないのに校長は俺を探索に行かせた?
「くそっ!」
起き上がりグラスを壁に投げつけた。
ーーパリンッ
「はぁ……はぁ……! しまったまたグラスを買い直さないと」
俺はいつまでこんな……。
その日の授業が終わり美来達は廊下を歩いていた。
「俺、居なくていいよな?」
「なわけないじゃん、一人で行動するのは控えろって言われたじゃんか」
バムは一応レゲインを言葉で止める。
美来はレゲインが離れていくのを引き止めた。すると、突然レゲインの後ろから誰かが短剣で斬りつけてきた。
「っ…」
レゲインは前に手をつき短剣を足で蹴り飛ばし後ろを振り向く。そこには頭に布を巻いた茶髪の男がいた。
「だ、大丈夫? ゲレイン」
バムが心配して聞くが名前が間違っている。
「……なんだよいきなり」
「魔法しか使えないだろ……!? ……男」
男はフードが外れたレゲインを見て驚いている。そして周りをうろちょろしてレゲインをくまなく見回す。
「なんだよ気持ち悪りぃ、男に決まってんだろ」
男は軽く腕を組み止まって考え込む。
「おかしいな……確かに魔女の気配がしたのに」
美来とバムは顔を見合わせ小声で話す。
「ねぇ、あの人、バムとレゲインみたいに動物のつけてないよ」
「本当だ……しかもドラゴンの目してる」
男の瞳は中央に縦の黒い線が入っている。ドラゴンの瞳だ。
レゲインは男を睨みつけた。
「お前なんだよ?」
「オレは、スペル……耳とかは無くしたけど人じゃない、ドラゴンでもないからな」
「じゃあ、何で魔女の気配がわかる?」
レゲインがスペルに聞く。
「その感覚だけ父親から受け継いだんだよ」
スペルは態度を変えて得意げに答えた。
「わぁ〜やっぱり、ドラゴンの子って美男美女が多いなぁ〜」
バムは目を輝かせてスペルをみる。
レゲインはその様子から目をそらし考え込む。
ふーん、父親がドラゴンね。珍しいな、でもドラゴンの子供は相手が人間か魔女でない限りドラゴンにしかならないはずだけどな。
「じゃ、美来、俺先に行くわ」
レゲインは美来に手を軽く振って行ってしまった。
「えっレゲイン……」
戸惑っている美来をよそにバムはスペルに色々と質問を浴びせている。物珍しいのだろう。
「お父さんは何の種類のドラゴンのリーダーなの?」
「えっと何だったかなぁ〜確か、ダ…やっぱり忘れちゃったかな」
質問に答えていたスペルは急に真顔になり誤魔化した感じだった。
美来はベタベタしているのを見ていずらくなった。
バムってばそんなにも好みなの?
そう思いながらバムを置いてレゲインを追っていった。
グループの部屋へ行ったがレゲインは居ない。
「あれ? おかしいなぁ、ここにいると思ったのに」
外にいるのかと出てみた。
「あれ……レゲイン、何処に行っちゃったんだろ?」
まだ校舎の中かと思い振り向くと目の前に女性が立っていた。
「!?」
その女性は美来をジーと見つめている。
「んー、人間ねぇ」
「あ、あの、何ですか?」
美来は寒気がしていた。
「女の子ねぇ、あ、もしかしてぇ、レゲインちゃんのお友達かなぁ〜ウフフッじゃあ」
ーーシャッ……
美来は何かが目の前に振り下ろされたかと思うと、左肩に痛みがした。
「ギャッ! あっ……」
肩を押さえ後ろに座り込む。
「痛いっ、何が……!」
肩から流れてくる血を見て更に痛みが増す。
「こうして遊んであげたら、絶望した表情見れるかしら」
女性の手には鋭くなった植物が握られていた。どんどん近づいてくる。
「ひっ、いやっ……来ないで……」
美来の目には恐怖で涙が溢れてきた。
殺される……!
ーーザッ
植物は美来の足をかすめた。
「っ! ギャッううっ……」
「んーやっぱり男の子がいいな。それか、戦いなれた人」
女性はまた美来に枝を振り下ろそうとする。
「ひっ……」
美来がもうダメかと思った時、
「アロウ……」
と言う言葉と同時に上から枝を振り下ろす前に女性めがけて矢が降り注ぐ。美来の目の前に誰かが着地して立った。美来が見上げるとレゲインが立っていた。横に白紙になった紙が落ちてくる。
女性は後ろに後退していた。
「こいつはただの知り合いだよ、残念だったなヘルバ、俺はこいつが死んでも何ともねぇよ」
レゲインはそう冷たく言った。
ヘルバと呼ばれた女性は不気味に笑う。
「フフフフッ……あらら、レゲインちゃんに見つかっちゃった、でも、私の名前覚えててくれたんだ」
レゲインはヘルバを冷たい目で睨みつける。
物陰でその様子を見ている者がいた。
「っ、くそ……」
震える体を抑えるように肩を抱えていた。
「じゃあ、こんな子見殺しにすればいいじゃない?」
「は? また魔女に俺の安定した生活を崩されたら困るんだよ、どっか行け」
レゲインはヘルバを手で払う。
「まぁ、今、君と殺り合う気はないからね。またね」
ヘルバは何処かへ去っていった。
それを確認したレゲインは美来の方を向く。
美来は怯えた目でレゲインを見ていた。レゲインは美来の前に片膝をつきかがんで聞いた。
「何だよ? もしかして、俺が恐いのか?」
美来は横に頭を振った。
「な、何で、うっ……助けてくれたのに怖がらないといけないの?」
「……何でもねぇ、てか助けてない、死なれると面倒なんだよ」
そう言って美来の腕を自分の肩に回し立たせる。
「うぐっ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫? 歩けるか?」
レゲインは何かと聞いてくる。本当は普通に心配してくれているのかもしれない。
すると軽い拍手がして物陰からカクランがでてきた。
「レゲイン意外と強いな、美来ちゃん、大丈夫だった?」
レゲインはニコニコしているカクランを鋭い目で見る。
美来は歩けず倒れかけた。
「あっ、おい」
レゲインは仕方なく美来を抱き抱えた。
「どけよ」
カクランはレゲインに睨まれそう言われゆっくり横によける。
「邪魔されたわね、まぁ。帝国からの指令は遂行したわ」
木の上でヘルバはつまらなさそうに遠くを眺めていた。
すると目の前に小さい魔法陣が展開され声がした。
「! なんですな? あぁ、はいはい霊石でしょ? 今、集めてますよ。それより、面白いもの見つけましたよ?」
「……そうだよな」
カクランはあげていた手を下ろし俯く。
「見ていたのに助けなかったんだからな、睨まれるのも当たり前か」
「逆井さーん大丈夫? まぁ、傷は浅いからすぐ治るけど」
「は、はい……少し痛いけど」
保健室で白衣を着てヤギのコスチュームを身につけた男か女かよく分からない人が美来の手当てをしていた。
「逆井?」
レゲインが聞くと気力が無いような笑顔で答える。
「んあ〜この子の苗字だよー」
やけにレゲインと仲が良く見える。
「はーい、これで大丈夫だよ〜。逆井さ〜ん」
驚く事に怪我自体を治してくれたうえに服まで直っている。一体どうやったのだろうか?
思えばこの世界に来て初めて苗字で呼ばれた気がする。
「あの、レゲインと知り合いなんですか?」
美来がそう聞くと笑い出した。
「あはは、そうだねー。そうだよーねぇ、レゲインちゃん」
そう言ってレゲインを見るがレゲインは軽く睨んで言った。
「余計な事言うなよヤギ、あとその魔女達と同じ呼び方するな!」
「あははは、レゲインちゃんちゃんと名前で呼んでよー。私が学生だった時に会ってね、いやー今じゃ可愛い後輩だよ」
ヤギと呼ばれた人は能天気のようだずっと微妙な笑い方をしている。
「所で逆井さーん、レゲインちゃんに抱きかかえられてきたって事はもしかして彼女?」
「はい!?」「はぁ!?」
「んなわけねぇだろ!勝手な勘違いするなよな」
「違います、そんな風に見た事ないですし」
その一言に美来とレゲインはきっぱりと否定する。
「冗談だよ冗談、こんな冷たいレゲインちゃんに彼女できるわけないもんねー、逆井さんは勿体無いしね」
一人でごたごた言い出したヤギを放ったらかして保健室から2人は出て行く。
「ここって、保健室と言うより医療館的な感じだよね……」
建物を見上げてレゲインは美来に言う。
「そりゃあそうだろ、学生同士で怪我をするような対戦があるんだから」
「えっ! た、対戦って?」
美来は不安になり聞いた。
「授業だよ、犯罪者と渡り合うにはそれなりに強くないと死ぬだろ? だからお前も戦わないといけない時があるんだよ」
それを聞いてさっきの出来事を思い出す。
「そっか、怖いな。私も戦うのか……」
切られた肩を触り俯いていた。
「そうだな、今の美来は戦闘力はゼロに等しいし、俺でも魔術を使わなくても倒せるな。他の奴と同じ時期に訓練しても大きな差が出るだろうな、どうするか」
レゲインはやけに真剣に考えてくれている。
「レゲインってそんなにも強いんだ」
美来が感心すると、
「いや、今のは男か女かの差だよ、魔術無しの俺は動きが軽いだけの奴だ」
ただ単に美来が弱い事を象徴させただけだった。
確かに、マンティコアに直接的な攻撃は全くしていなかった。
「あ、ぁぁ、そう……私そんなに弱いんだ」
美来でもさすがに少しショックだった。
「そうだな、さっきの事もあるしあいつなら脅して教えさせれるかもな」
「何で僕がレゲインまで鍛えないといけないんだよ美来は、手とr……」
カクランが言い終わる前にレゲインに顔を蹴り飛ばされた。
「美来を助けたのは誰だよ、しかもそれを陰で見てたのは誰だ?」
その様子をみて美来は戸惑っていた。
レゲイン、さっきは助けてないって言ったのにこっちの方が本当に聞こえる。
「いきなり蹴るとか酷くないか!?」
カクランはそう言っているわりに無傷のうえ痛そうではない。
「次、見かけてもお前は見殺しにすんだろ? 教えてくれてもいいんじゃねーの?」
レゲインは睨むようにそう言った。
「分かったよ、じゃあとりあえず美来は体力と持久力つけるためこの池を二十週走れ」
美来が驚いて焦っている。
「二十週も、私」
「美来は、想像者の世界からきたんだろ? そうすると体力、持久力、筋力などが二倍になるんだよ、これぐらい走らないと意味ないんだ」
カクランが丁寧にそう教えてくれた。
「俺も?」
「何言ってんだ? お前は動物的な体力だろ? 親が人間とかじゃない限りあ、お前は三十週な」
「! マジかよ……」
レゲインは明らかにショックを受けている。
俺、倒れねぇかな。
美来が二十週走り終わり休憩している中レゲインは倒れかけながら走っていた。
「はぁ……はぁ……し、死ぬ」
「頑張れーレゲイン、倒れたら保健室に運んでやるから、あと五週だぞー」
カクランはレゲインに呼びかけたが直ぐに美来のほうを向く。
「で、美来は、どんな能力使ってみたい?」
「あの、カクランは体術だけじゃないの?」
「僕ねぇ、そりゃあ体術だけじゃ敵わないから、僕は、これかな?」
そう言うとカクランの周りに三つほど青色の火の玉が現れた。
「! 人魂、それって」
美来がそう驚いているとカクランは苦笑いする。
「いやいや、狐火だから人魂なんて恐ろしい物使わねぇよ、これは霊力。ちなみに、レゲインは魔力を使ってるバムは、魔力、霊力、想像力を使ってるから多分、ほぼ体術がメインかな?」
「なんで、体術がメインなの?」
「それは、体内にある魔力、霊力の量は偏るからこの一つが尽きればあの能力は使えなくなるからね。ちなみに美来は、想像源と霊力が比較的に多いかな? 想像石を使えるぐらい」
そう話しているとレゲインが走り終え歩けず倒れこむ。
「ケホッケホッ、はぁ、はぁ、お、終わったぞ……」
カクランと美来はレゲインの元へ行き覗き込む。
「大丈夫? レゲイン……」
レゲインはうっすら目を開ける。
「だ、大丈夫に決まってんだろ、はぁ……はぁ……」
「お前母親はなんの種族だ?」
カクランがそう聞くとレゲインは身を起こす。
「知らねぇよどうでもいいだろ?」
「そうか、まぁ答えなくていいわ、事情があるだろうし」
そう言ってカクランはレゲインにタオルと水を渡す。
「とりあえず、二十分ぐらい休んでろ。で美来は、腹筋と腕立て伏せを百回ずつな」
「えっ!? は、はい……」
美来は言われた通りにする。
「レゲインは、休んだら百五十回な」
「殺す気か!」
それも終わるとカクランは美来とレゲインに聞く。
「それで、どうだった? 現実より疲れるの遅いだろ?」
「うん、普段なら二、三周走ったら息切れしてるけど六周まで平気だった」
「……いじめかと思ったよ」
カクランは二人の様子を楽しそうに笑って見つめていた。
「そんじゃあ、まぁまず軽い模擬戦でもやってみるか、こっちだ」
ついて行くと周りが無人の町に囲まれた巨大な建物についた。
「ここは、実戦訓練所中にも軽く小規模の地形が再現されてんだよ。それに加えて、リングに体育館みたいなところもあるから、まあ、体育館に入るか」
そう言い三階にある体育館風の場所に連れてこられる。
「まずレゲインかかってこい」
カクランは軽く挑発しながらそう言った。
「わかった、魔術なしでか?」
カクランはレゲインの問いに頷いた。
レゲインはカクランに走って寄り足で足をすくおうとするが避けられる。
「! くそっ……」
何度も殴りかかるが全て防がれたり避けられたりする
「どこでもいいから一発当てろ、僕も感覚よくわかんないから実際にやって身につける方がいいだろ? 美来は見てイメージてしろ」
カクランは話しながらも軽々と避けている。
「ぐっ! このっ!」
「元から素早いが持久力に劣るな……」
そう言うと横を通った腕を掴みレゲインを殴り飛ばした。
「うがっ!?」
レゲインは壁にぶつかり床に落ちた。
「はぁ……はぁ……何で当たんねぇんだよ」
「防御力はまぁまぁか、レゲイン、僕が美来を助けなかったのは自分が弱いからって思ってんだろ? 違うからな」
レゲインは起き上がりクッション性の壁を見る。
じゃあ、こいつ手加減してんのか? 今も俺に……。
「次、美来ね」
「あ、うん!」
美来はカクランにそう言われたので立つと「移動だ」と言われ何故移動するのか疑問に思った。ついて行くとそこは正方形のリングがあり周りに客席のような場所がある。
「ここってなんだ?」
レゲインはその広さに驚いている。
「ここは、闘技場だよ。美来、中央に行って」
言われた通りに中央のリングに入る。
カクランはそばの武器庫に行き軽い剣をとり美来のそばに投げる。
「わっ!?」
「美来、それを持て」
剣を持ち不安そうにカクランを見る美来に気がつき注意した。
「僕じゃなく前を向いていろ」
前を向くと扉が開くその中からは、黒い靄でできた猿型の魔物が出てきた。
「ひっ! か、カクラン?」
美来はそれを見て確実に怯えている。
「来るぞ! 前を見て防ぐんだ」
猿型の靄は美来に腕を振り下ろしてきた。美来は怖くて思わず逃げまわる。
「美来! ……おい! カクラン何でノワールブルイヤールと戦わせるんだよ!」
カクランは美来の様子を見ながらレゲインの問いに答えた。
「あの猿は攻撃力もそこまでないし、弱いほうだろ? 死にはしないさ」
いたって冷静だ顔は笑っているが。
「けどよ、美来が敵うのかよ!?」
レゲインは心配しているのだろう。
「……一度も戦闘経験がなくて消極的な子がいきなり動けって言われても無理でしょ? 自分の身が危なくなって動かない子なんていないだろ。まぁ度胸にもよるけど、動けてる分反撃もできるだろうし目の前でマンティコア見てんだろ? あいつに比べりゃあ、あの魔物はかなり弱いし」
「はぁ、はぁ、きゃっ」
美来は足がもつれてこけかけると偶然剣が猿の腕にあたり切れる。
「えっ! 切れた」
猿は何が起きたのかと切れた腕を見ている。
「美来! そいつは弱いからな!」
カクランはそう教えた。
すると猿はもう片手で美来を叩きにかかる。
「いやっ! ……あれ?」
そこまで痛くもなく少し痣になるぐらいだった 。軽く剣を振ると簡単に当たり首が切れ消えていった。
「! 美来が倒したあの猿」
「クスクスッ、そりゃあ作り出したものだから強さはこっちの自由自在だよ」
美来はリングから出て客席に座り水分をとる。
「……痣になってねぇか?」
レゲインが不意にそう聞く。
「え? うん。痛かったけど今の所大丈夫」
すると剣をしまってきたカクランが美来に問う。
「美来の能力、僕が決めてもいいかな?」
「え、いいの? じゃあ決めてほしいかな、決めろって言われてもよくわかんないし」
美来がそう言うと携帯を取り出し誰かに連絡をとる。
「あ、でたでた……寝てた? んな、寝る時間じゃないだろ。武器を頼みたんだけど、そうだな、軽い銃とナイフだ、霊石と想像石を使ったやつよろしく」
親しい人と話していたらしい少し口調が変わっている。
「じゃあ美来の技とかについては明後日ぐらいかな。今日はここまで、また明日ね」
バムは美来とはぐれ一人でカフェにいた。
「美来ちゃんどこいっちゃったんだろ? ゲレインも居ないし。あー! スペルに気を取られすぎたよ!」