さぼる理由
カンガルーを模した帽子をかぶっている体育会系の女の先生は、バムに一度投げ飛ばされて怒っている。
初心者であろう相手に攻撃を受け流されるだけでなく投げとばすことまでされてプライドに傷がついたのだろう。
「バムすごい!」
投げ飛ばした時には皆んなの歓声が聞こえた。
「はぁ……もういいわバム、見学席に戻りなさい。次、そこの優等生ぶった濃い緑の髪の子」
「攻撃を避ければいいんですよね?」
「えぇ」
濃い緑髪でワニの革ベルトを首に巻いてガムを噛んでいる少しチャラついた感じの男子生徒は余裕ぶった顔をして前に出る。
だが避けることすらできず蹴り飛ばされ遠くの壁にぶつかった。
全員が驚きの表情を浮かべた。
「はぁ!?」
男子生徒が真横すれすれを横切ったレゲインは硬直している。
「やばいって今の虐待だろ……当たってたら俺怪我してたぞ」
震えていて何かを呟いている。
「レゲイン?」
顔を覗き込むとレゲインは立ち上がりどさくさに紛れて出入り口に向かう。
先生は満足して周りが見えておらず、飛ばされた子にみんな気を取られてレゲインには気がつかない。
「ちょっとどこ行くの?」
「ゲレンデどうしたの?」
「げ、ゲレンデ? バム大丈夫? それよりレゲインが……」
レゲインはコソッとこちらを向いて答える。
「あんな奴に教えられて生きていられるか、俺はサボる」
身の危険を感じてこの場から逃げ出すつもりのようだ。というかサボると言ってしまっている。
飛ばされた子は失神しており、医療館へ運ばれた。きつい午前が終わりバムと美来がグループルームに向かっていると何処からかレゲインが戻ってきた。
「まぁ、動物だから私欲に走ることが多いし仕方ねーけど限度があるだろーが」
動物のレゲインが何を言っているのだろう。
「でも美来ちゃん災難だったね」
「え? 何のこと?」
「ほら、人間だからってバカにされて。先生が高いところに上がった時なんて、“ここまで上がってきなさい、あぁ、人間だから無理があるわよね”って」
「そうだっけ?」
美来は授業での出来事のほとんどを覚えていなかったので、バカにされていたとしても痛くもかゆくもない。
グループルームの近くに来た時、近くから聞き覚えのある声がした。
「イロカ! お前やりすぎなんじゃないのか?」
「何言ってるの? あの人間の子と絡んでるくせに私を投げるからいけないんじゃない!」
入院しているはずのカクランとさっきのカンガルーの女の先生の声だ。
「キツネの声だな、怒鳴るなんて珍しい」
レゲインはカクランを名前ではなく種族で時々呼ぶようになっていた。
確かにレゲインの言う通りカクランが声を荒げるのは珍しい。バムはグループルームの先に行き影からカクランと女の先生の様子をうかがっている。
美来、レゲインもこっそり覗き込む。
「はぐらかしたりはしないんだね、けれどイロカの突き飛ばしたディールスは人間じゃなくてワニだろ!」
「そうね、でもあなたの生徒だもの変わらないわよ」
カクランは怒っているのか松葉杖を握る手に力を込めている。
「それに、あなたの分際で私に注意をするのはやめたほうがいいんじゃない? 校長がどう動くか今度こそ死刑なんじゃない?」
イロカは馬鹿にした同情の目をカクランに向け階段を降りていった。
「グッ……」
カクランは歯を食いしばり怒鳴り散らすのを我慢して壁に額をぶつける。
唖然と見ているバムとじっと見ているレゲイン二人ともカクランを見て驚いていた。
「ねぇ、カクランに話しかける? 盗み聞きしちゃったけど……」
多分美来には空気というものがないのだろう。
「ってもよ、話しかけれる状態じゃねぇだろ?」
バムは何度も頷く。珍しくレゲインと意見があっていた。
だが下からソテが階段を上がってきた。
「あ、ソテが来たよ」
「えっ? ソテーが?」
「先生、大丈夫ですか?」
「えっ、あぁ、うん大丈夫だよ明日には治るかな?」
さっきあったことが嘘のようにカクランは明るく振舞っている。
「何? 僕を気遣ってくれるのかな?」
「はい」
ソテは受け流すのではなく笑顔で返事をしたものの、後ろにいた黒猫の女の子は容赦がなかった。
「ソテさん、それごますりですよね? この人は受け流すのが正解だと思いますよ?」
「クロ!? 全てバラしたら終わりじゃないの!?」
「あれ? ばれてませんでしたよ? 何バラしてるんですか?」
ソテは頬を膨らましている。
カクランは少しショックだったのか引きつった表情をしていた。
「いいよいいよ、僕は別に女の子ならゴマすられても構わないよ?」
「……ばれたのでやめます」
さすがのソテもドン引きしていた。
レゲイン、美来、バムは一瞬カクランと目があった気がして無言でグループルームへ入った。
「目……あったよねゲレンデ」
「は? レゲインなんだけど……ゲレンデって何? ばれたんじゃね?」
「ばれたって何が? 盗み聞きぐらいばれても大丈夫でしょう?」
美来に後ろめたさはないらしい。