迎合(3)
王都オースガードの中心やや北側、世界有数の図書館であるオースガード王立図書館において本を読み漁る男がいた。
本来、この図書館は高貴な者しか入ることを許されない。また、高貴な者は図書館などで時間を潰している暇など無い。ここに集まるのはほんの一部の物好きのみであった。
そうであるはずの図書館に、明らかに場違いな男がいるのだ。その男はコネで入ってきた余所者だった。図書館の司書はため息をつきながら利用者名簿を眺めた。ここ数日はシューイチという名前が並んでいる。
また来訪者が来た。司書は慌てて顔をあげる。現れたのは晴れた空を思わせるような爽やかな男であった。その男は名簿にスラスラと名前を書くと、颯爽とした足取りで入館した。名簿にはシン・ノフィアの名が。司書は驚き、男の方を見た。その背には円形の物が背負われていた。
シンはこの王都に訪れた際は必ずここに来た。静かで、他に誰も居ない。だが今日は違った。同じ年だろうか、全体的に緑色をした眼鏡の青年が、紙に何やら書きながら本を読んでいる。
シンは少し興味がわいて、話しかけることにした。近づいてから、この青年にはついこの間会ったことに気づいた。冒険者ギルドの入り口でうずくまっていた男だ。
「やあ、ちょっと良いかい?」
小声で話しかけると、眼鏡の青年は振り向いた。返事より先に怪訝な視線を向ける。シンは彼のことを覚えているが、彼はシンのことを覚えていないであろう。何せあれだけ酔っていたのだ。
「ちょっと珍しくて声をかけてしまったんだよ。僕はシン。いつもこの場に居るのは僕くらいなのに、今日は人がいたからね。」
「えーっと、退いた方がいいっすか?」
この青年はネガティブに解釈したようだ。シンは落ち着いて返す。
「そうじゃないさ。どんな本を読んでいたのか気になって…。
ああ、それか。その魔法解説書は僕も読んだよ。それ、上巻になってるけど、下巻は存在しないんだ。」
青年は露骨にショックを受けたようだ。
「『古代魔法の真実に触れる』なんて序文に書いておきななら、上巻では四元魔法と体系的な話にしか触れなくて、『詳しくは下巻で』って結びで終わるんだよね。
でも下巻は世に出回って無いみたいなんだよ。」
「そんな…。」
「古代魔法に興味があるのかい?僕も同じさ。
そうだな……僕らしか居ないとは言え、図書館で話すのはあまり良くない。もしよければ僕の今までの研究を見てくれないか?」
眼鏡の青年は視線を落とし、しばし沈孝した。そして視線を戻す。
「いいですね。行きましょう。
俺はシューイチ、歌いながら旅をしています。」
周一は手荷物を楽器に仕込まれた収納魔法にしまい混むと、立ち上がった。こうしてお互いの本当の招待を知らぬまま、彼らは出会った。




